近年、環境と平和の関係に関する議論では、いかに資源不足や気候変動のような環境問題が紛争を誘発したり悪化させたりするかということに焦点がおかれてきた。気候変動による気温上昇と増加しつつある紛争を結びつける議論が現れはじめたことがその傾向を示している。
その一方でエコ外交における別の理論は、環境イニシアティブが平和を促進しているという側面に焦点をおいている。しかし、昨年のCOP15で見られたとおり、気候変動に関する国際交渉プロセスなどの外交メカニズムは、せいぜい国家間の善意を促進する程度しか達成していないではないかと主張する人もいるだろう。
それでもサリーム・アリ教授はエコ外交を通じ前向きなダイナミクスを生み出し、2つの望ましい目標 ―環境保全と平和― を達成することは可能だと考えている。
アリ氏はバーモント大学環境資源学部の環境計画の教授である。この雄弁なパキスタン系アメリカ人は、国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)が主催したセミナーで講演を行い、最近注目を浴びるようになったエコ外交の形について語った。平和公園についてである。
平和公園とは?
国際自然保護連合のTransboundary Protected Areas Network(国境を越えた保護区域ネットワーク)は、平和公園を「生物多様性、天然資源とそれにかかわる文化資源の保持と平和と協調を促進する目的で正式に認定された、国境をまたぐ保護区域」であると定義している。
反感を持つ団体同士でも、生態系の劣化があらゆる面で不利益を生じさせると認識すれば、協力しあう場合が多いのです。
「私たちが目指すのは、環境劣化をそれぞれの団体の共通の問題としてとらえてもらい、協力を促すというものです。反感を持つ団体同士でも、生態系の劣化があらゆる面で不利益を生じさせると認識すれば、協力しあう場合が多いのです」アリ氏は言う。
「この方法の利点は、このようなエコ外交のやり方が環境とは関係のない紛争においても使えるというところです」
一般的に領土主権に関する問題は交渉が難しく、紛争における主な障害となっている。アリ氏は平和公園を「環境の主権」を共有する場であると述べる。そこは科学に基づいた政治色のない場であり、経済資源の奪い合いなど厄介な問題があるエリアでも別の形の協力体制を作ることが可能だからだ。
複数の政府や外国の援助団体が率いる交渉プロセスを通して、紛争中の団体同士を結びつけ国境を越えた保護区域(現在227ある)を発展させることは可能だ。タンザニアとモザンビークの両国境付近に広がるセルース・ニアサ野生動物保護区のように、地元の科学者や地域が援助団体の支援を得てボトムアップ型交渉を率先することも可能である。国境を越えた保護区域を平和公園に変貌させるカギとなるのは、その区域を協力と信頼を得るための有益な手段として使えるかどうかだ。
平和公園がどの程度紛争を解決したり防いだりできるかについてはアリ氏の著作「Peace Parks: Conservation and Conflict Resolution(平和公園:環境保全と紛争解決)」(2007年)の中で評価されている。この本はこの議論を総括的に述べた初めてのものである。
国連の統一
アリ氏はまた、エコ外交がいかに環境や平和構築努力を行う国連の各機関をまとめつつあるかという点を指摘している。「気候変動に関する政府間パネル」や「生物多様性及び生態系サービスに関する科学政策プラットフォーム」(IPBES)などのような環境関連のプラットフォームは、現在平和構築のための具体的なプログラムに取り組んでいる。
一方、国連の平和維持活動局(DPKO)の業務は拡大している。リビエラのような紛争後の地域では、国際連合環境計画と協力しDPKOの植林活動が行われているが、それをさしてアリ氏は「ブルー(国連平和維持隊の象徴カラー)からグリーンに」と表現している。
ここ朝鮮半島には、軍の役割を転換するなどして平和を促進する機会があります。(バーモント大学サリーム・アリ教授)
アリ氏は日本人研究者や政策立案者を対象としたプレゼンテーションで、不安定な非武装地帯(DMZ)、すなわち「いまだに戦争状態の」韓国と北朝鮮の国境に計画されている平和公園について語った。
「朝鮮半島では紛争のおかげで非武装地帯ができたため、過去に損害を被った生態系が、再びよみがえりました」
「ここには、軍の役割を転換するなどして平和を促進する機会があります。必要なのはエコロジー政策をより効果的にすることです」とアリは説明する。
この例やその他の平和公園イニシアティブとして、ツーリズム(彼はこれを「世界で最も成長が著しいサービス部門」と呼ぶ)の中でも特にエコツーリズムが紛争中の国家間に信頼と経済的恩恵をもたらしてくれる可能性が高い。
平和を構築する環境科学者
アリ氏は環境科学者や教育者が紛争解決において前向きな役割を担っていると堅く信じている。しかし、平和構築に関わる多くの人々(彼らの姿勢を非難して「peace racket(弱腰の平和主義)」と呼ぶ者もいる)は、環境科学者が平和に対して貢献できるかどうか疑わしいと感じている。
アリ氏は2007年の著作でこのような疑いを「環境問題と紛争を関連付ける経験的証拠不足」によるものであると述べている。
彼はさらに続ける。「批判的な人々は重要な点を問題として取り上げていない。紛争地域で平和構築を独立して行える環境保全活動には、何かカギとなる特質があるかどうか、という点だ」
これまでの自然科学や社会科学間の学術的区分をまたぐアリ氏の取り組みはUNU-ISP のような複合学術系のシンクタンクにとって良い手本である。このようなシンクタンクは、持続可能な発展など明らかに多様な学問的情報が必要な問題を取り扱っているのだから。
未来の学者の姿?
「ナショナルジオグラフィック」でEmerging Explorer(新たなる探検者)として取り上げられたように、アリ氏は同業者のみに読まれる深遠な研究(それはそれで価値あるものではあるが)を提供するだけではない新しいタイプの研究者の象徴かもしれない。彼のブログやアメリカとパキスタンでの新聞の意見記事は、格式高い学問がインターネットを通していかに一般市民や外国の人々の間に広がり得るかを示す好例である。
アリ氏は環境科学者や教育者が紛争解決において前向きな役割を担っていると堅く信じている。
アリ氏は現在、政府、企業、市民社会団体のコンサルタントの役割を務めているが、その業務を通し、環境管理イニシアティブに民間部門を巻き込むなどして平和構築を目指すため全く臆することなく状況にあわせて柔軟かつ実利的な対応をしている。
彼の次なる使命の1つは、生物の多様性に関する条約(CBD)の議定書を通し、国境を越えた環境管理に関する国際協定を結ぶ手助けをしようというものである。
「すでにCBDのプログラム内には各国による国境を越えた保全に関するいくつかの約束が存在します。しかしながら、実質的にそれらを導入するためのリーダーシップをとろうという者があまりいません。北アジアでは国境を越えた問題が切迫しているので、名古屋でのCOP10会議は、変革をもたらす機会となるかもしれません」
持続可能な平和と持続可能な発展という2つの課題に対処しなければならない現在の世界情勢の中、アリ氏の取り組みは、彼の言葉を借りれば「環境科学者は科学を使い平和を構築するボトムアップ型教育者たち」であることの証明である。
翻訳:石原明子