熱帯地域での森林破壊は、世界が1年間に排出する温室効果ガス(GHG)の18パーセントをも占めている。これは世界全体の輸送部門の排出量よりも多い。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の2007年評価報告書は、森林破壊の削減はGHG排出の世界的なレベルを削減する第一歩として最も重要で直接的な方法であると強調している。
実際に、国際連合気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国は、森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減(REDD)プロジェクトが、世界的なGHGの大気濃度を維持あるいは低減する一助として重要な気候変動の緩和メカニズムとなるべきだとして合意している。
REEDプロジェクトの目標は、大気中の炭素を吸収し貯蔵する能力に基づいて森林に金銭的価値を割り当て、GHG排出を削減することである。REDDプラスのプロジェクトは、生態系サービス、生物多様性の保護、地域住民の生計手段といった森林の追加的な価値源の統合を目指す。
REDDとREDDプラスのアプローチは共に、炭素市場に関連している。炭素市場は先進諸国のGHG排出量の多い企業(例:発電のために化石燃料を燃焼する)から多大な資金の流れを生むと考えられており、そうした資金を開発途上諸国での汚染の少ない、カーボンニュートラルあるいはカーボンネガティブな活動(例:コミュニティが管理する林業)に充てるのが狙いだ。世界の森林の炭素をベースとした市場は年間300億USドルを創出すると予測されている。
さらに先住民族やコミュニティが先祖から受け継いだ森林地を守り続けることに対し、炭素市場がかなりの金銭的報酬を提供すると期待される。2008年以来、75億USドル以上がREDDプラスのプロジェクトに投入されており、今後はさらに増える見通しだ。REDDプラスの主要な世界的データベースには現在、40カ国での647プロジェクトが登録されており、その総額は33億2000万USドルに上る。
こうしたプロジェクトのほとんどは、先住民族の人々が住む土地で行われている。なぜなら世界に現存する森林の11パーセント以上は、法的に先住民族の人々が所有しているからだ。彼らの伝統的所有権と土地保有権を合わせると、さらに広い地域を包括しており、その地域が地球の陸生生物多様性の80パーセント近くを支えている。
REDDプラスのプロジェクトの支持者には、こうしたプロジェクトは世界の生物多様性を守りながら地域の文化やコミュニティを維持する助けになると主張する者もいる。その一方で、より慎重な支持者は、そういった成果は、先住民族の権利に関する国連宣言(UNDRIP)でうたわれているような、集団的および個人的な土地所有権や先住民族の慣習法が適切に認識される場合に限って達成できると指摘している。しかし現在のところ、多くの先住民族のコミュニティは政府に承認されていないままであり、UNDRIPの肝心な要点(例:自由で事前の情報に基づいた同意、すなわちFPIC5)はREDDプラスのプロジェクトに欠けている。
市場に基づく緩和策の賛否をめぐる議論は、地域や国や国家間のレベルで引き続き行われている。まず、一部の先住民族コミュニティは、炭素取引プロジェクトは地域的な経済効果をもたらす可能性があると考えている。特に低炭素型の伝統的な暮らしが支援される場合だ。いくつかの先住民族コミュニティ(例:ブラジルのパイタル・スルイ族)はプロジェクト設立に積極的に参加し、炭素取引制度や生態系サービス(世帯やコミュニティや経済に対する自然の恩恵)への支払い制度から恩恵を受けている。このような制度は、先住民族が水の浄化、洪水の軽減、炭素の隔離といった自然の働きを維持あるいは強化することに対し、補償する。
しかし、その他の先住民族の団体からは反論も出ている。つまり炭素取引を通じて、環境に悪影響を及ぼす1つの行動(その土地に暮らす先住民族や地元のコミュニティにとって有害であることが多い)を、別の場所での悪影響の少ない行動や「環境に有益な」行動で「相殺すること」は、FPICの達成を不可能にしてしまうという主張だ。さらに、先住民族の世界観は地球の金銭的価値よりも、尊敬と相互関係と母なる地球への畏敬の念に基づいており、炭素取引という行動はその世界観に反しているという(例えばカリオカ2宣言に明言されている)。
従って、多くの先住民族はこうした取り組みに反対している。彼らは、コミュニティが管理する資源に市場価値を割り当てれば、生物学的および文化的多様性は破壊され、地域の社会生態学的システムが持つ柔軟な強さは損なわれてしまうと主張している。
REDDプラスの実験規模と、その性質が経験的でコミュニティに基づいたものではなく、野心的で技術的であるために、かなりの問題が生じ、実施は遅れている。REDDプラスのすべての段階に、先住民族や地域コミュニティが公平に、尊厳を持って参加しなければ、こうした課題は克服できない。
最近、国連大学高等研究所の伝統的知識イニシアチブ(UNU-IAS TKI)とIPCCによって、Expert Workshop on Climate Change Mitigation with Local Communities and Indigenous Peoples(コミュニティや先住民族との気候変動の緩和策に関する専門家ワークショップ)が開催された。2012年3月、先住民族に関する専門家や研究者が世界中からオーストラリアのケアンズに集まり、REDDプラスのプロジェクトにおける諸問題を下記のように強調した。
- 各国政府、国際社会、民間部門および国際機関は、先住民族や地域コミュニティのFPICを認識しなければならない。このことは、先住民族や地域コミュニティが自分たちの森の利用について交渉し、REDDプラスのようなプロジェクトから恩恵を得るための前提条件である。
- REDDプラスのより大きな目標に関して地域での理解が欠如していることが、プロジェクトの実施を妨げている。こうした話題に関するコミュニケーションは、政府だけでなく、地域コミュニティが関与する連続的プロセスでなくてはならない。
- REDDおよびREDDプラスのメカニズムを実施する際の国内での法的枠組みと、慣習的な土地保有あるいはコミュニティの土地所有権の相互作用は、炭素クレジットの所有権という観点では、必ずしも明確に区別されるものではない。
- REDDプラスの実施を統括する枠組みや組織は、多国間での国を中心とした取り組みから、2国間の合意、任意的な認証制度まで、様々である。それらは、先住民族や生物多様性や文化遺産に関連する国際法と関連したり、国や地域や地方、先住民族のガバナンスに関する取り決めと関連したりするかもしれない。
- REDDプラスを統括する多くの枠組みは、先住民族や地域コミュニティの権利に対応する保護対策や方針を含んでいる。しかし、こうした枠組みの実施段階には、監視体制や説明責任はほとんどないことが多い。
REDDプラスのプロジェクトがGHG排出を大幅に削減しながら、先住民族に害を与えず、可能な場合には恩恵を与えるためには、法律、社会、環境、説明責任といった側面での保護対策を開発し、実施することが重要である。社会的保護対策を整備し、先住民族とコミュニティの有意義で公平な参加を実現するために開発されるアプローチは、先住民族の世界観を統合しなければならず、REDDプラスのプロジェクト開発と実施におけるすべての段階で注意深く監視されるべきだ。
こうした諸問題の重要性を認識し、国連先住民族問題常設フォーラム(UNPFII)は、REDDおよびREDDプラスのプロジェクトにおける先住民族の権利や保護対策の評価を行うことを確約している。その報告が、2013年の同フォーラム第12回会合で発表される予定だ。世界各地の代表団や先住民族がREDDプラスの提案について、想定されるメリットとデメリットをより深く理解するために、UNU-IAS TKIはUNPFIIに協力し、REDDおよびREDDプラスの報告書(2013年3月に発表予定)の準備に携わっている。
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本稿に掲載された写真は、ニコラ・ヴィヨーム氏/Conversations With the Earthによって提供されました。CWEの活動についてはTwitterとFacebookをご覧ください。
翻訳:髙﨑文子