ジョナサン・ワッツ氏はガーディアン紙のアジア環境を担当している記者である。
中国の環境改善を目指すあらゆる試みの中でも、牛文元氏が開発している統計の再評価ほど奥深く、潜在的に重要なものは他にないだろう。
上級エコノミストで政府顧問でもある牛氏は、データを基に少しずつ、汚染された自国のクリーンアップを図り、その過程で政治的リーダーたちをGDP成長への執着から脱却させようとしている。それは困難な課題である。8年前、牛氏は環境負荷を中国の経済発展の評価に組み込む「グリーンGDP」を導入しようとして失敗した。
彼の提案は地方のリーダーたちにつぶされた。彼らは、環境への損害コストが評価に取り入れられた結果、管轄地域のGDPの伸び(そして出世の可能性)が損なわれることを恐れたのだ。くじけることなく牛氏は、新しい「GDPクオリティー指数」とともに再び戦いに挑んだ。この指数は、経済を規模によってではなく、持続可能性、社会的公平性、生態学的影響によって評価するものだ。
この指数は今年の夏に発表され、今のところ政府の優先事項というよりは、学術的な試論である。しかし、牛氏が国務院(中国の内閣)の参事、中国科学院の主席科学者、Chinese Ecological Economics Society(中国生態経済学学会)のディレクターという肩書きを持つ影響力の強い人物であったため、同指数は激しい論争を巻き起こした。
GDPクオリティー指数は政治的圧力を受けています。中央政府による圧力ではなく,地方レベルからの圧力です。最近、地方省長の事務局から,なぜ自分たちの省は低いランキングなのか問い合わせる電話がたくさんかかってきます。(牛文元 氏)
数人の上級幹部たちは、評価要因が増えると自分の管轄地域の経済成績がかなり色あせて見えてしまうことに憤慨しているが、恩恵を受ける者もいる。GDPを量ではなく質でランキングしたところ、広東省が1位から3位に降格した一方で、浙江省は4位から1位にランクアップした。
「GDPクオリティー指数は政治的圧力を受けています。中央政府による圧力ではなく、地方レベルからの圧力です」と、牛氏は中国科学院の自室でガーディアン紙に語った。「最近、地方省長の事務局から、なぜ自分たちの省は低いランキングなのか問い合わせる電話がたくさんかかってきます」
牛氏の理論には次の5つの要因が含まれる。経済的クオリティーは、GDP1万元を産出するために必要な資源とエネルギーの量を検討する。社会的クオリティーには、破壊的暴動につながりかねない貧富の収入差が含まれる。環境的クオリティーは、経済活動1万元あたりで排出される廃棄物と炭素の量を評価する。クオリティー・オブ・ライフは、寿命やその他の人間開発に関する指標によって評価される。管理クオリティーは、治安のために用いられた税収の比率、インフラストラクチャーの耐用年数、総人口に対する官僚の比率を測る。
一見複雑に見えるかもしれないが、牛氏によれば、これらのクオリティー指数は政府による既存の統計に基づいているため、不運な結果に終わったグリーンGDPに比べると理解しやすく計算しやすいという。対照的にグリーンGDPでは、官僚が新規にデータを集めなければならなかった。
こうした事情により、グリーンGDPをいくつかの省で試算した時、複雑すぎるとの言い訳をする機会を官僚たちに与えてしまった。グリーンGDPの統計は引き続き政府が蓄積していると考えられているが、政治的配慮から非公開とされている。
「2006年、私達はグリーンGDPを発表したかったのですが、うまくいきませんでした」と、同計画でも政府の主席顧問を務めた牛氏は言う。「原因の1つは政治的圧力でした。地方政府の官僚たちは、グリーンGDPが出世の可能性を損なうのではないかと懸念を抱いたのです。もう1つの原因は、あまりに複雑だったために一般大衆が理解できなかったことです。そこで私たちは理論を単純化しました」
GDPクオリティー指数は、環境劣化を覆し、持続可能な価値観を広めるために経済理論を利用するという、世界各国で提起されている方法の1つだ。そのような評価方法を採用した政府はほとんどないが、来年開催される国連持続可能な開発のための世界会議(Rio+20)9において後押しされる可能性が高い。インドは昨年、国の「自然財産」に関する報告を世界に先駆けて発表できるように尽力すると発表した。
牛氏は、自身の評価方法を向上させなければならないと認めている。1つの欠点は、消費よりも生産を重視しすぎている点である。そのため、都市生活者は資源の究極的な消費者であり廃棄物を排出する原因であるにもかかわらず、北京や上海といった都市が内モンゴルのような工業地域よりも優れた順位になってしまうのだ。
今後はこの点をより重視していくつもりだと、統計の改革者である牛氏は語る。彼は変化と教育を推進するために、毎年GDPクオリティー指数を発表していく予定だ。
牛氏のオフィスの壁には、胡錦涛国家主席、温家宝首相、そして共産党幹部の官僚たちと一緒に写った自身の写真が掛かっている。政府はまだ彼の新しい指数を採用してはいない。しかし社会的および環境的コストを取り入れた指数は、「調和」「科学的発展」「自然との共生」を擁護する立場を宣言した国のリーダーシップにとって、おあつらえ向きのように見える。ところが、今のところ中国での現実はまったく異なる。
牛氏は、中国の国民が彼の指数に関して最終的な審判を下すだろうと話す。
「国民は真実を知りたいのです。私たちのGDPは本物なのか、あるいは違うのか? 私たちは1つの答えを提供したのです」と彼は言う。「私たちはGDPを崇拝すべきではないし、安易に切り捨てるべきでもありません。私たちの目的は、自然資源の消費を抑え、環境へのダメージを少なくし、社会的管理コストも抑えられるようなGDPを目指すことです。理にかなった本物のGDPを望んでいるのです」
では、不満を抱いた地方の省長たちが、経済の焦点を変えようとする彼の提案を再び握りつぶそうとしたら?「そういう心配はしていられません。私は研究者です。私たちは政府の統計を利用し、それを理論に応用するだけです。どの省がトップにくるのか、私が決めるわけではありません。数字が決めるのです」
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この記事は2011年9月16日金曜日、guardian.co.ukで公表したものです。
翻訳:髙﨑文子
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