中国ワインブーム、パンダと農家は恩恵わずか

1985年、Li Hua(リー・ホァ)氏はチベット高原の麓にひろがるある峡谷を訪れた。同地域はジャイアントパンダの生息地として知られていたが、ワイン醸造学者のリー氏は、標高、日照時間、砂質土、降水量の少なさからブドウ生産にとっても理想的な環境だということに気付いた。

リー氏のこの発見を契機として、地方政府当局はこれまで10年間にわたって、四川省アバ・チベット族チャン族自治州小金県を中国のボルドーにする、という野心的計画の実施に着手してきた。

アバ州には現在1,000ヘクタール(2,500 エーカー)のワイン畑が広がっているが、2020年までに6,700ヘクタールに拡大する計画が、12月に地方政府から発表されている。

だが、ブドウ畑の拡大計画が検討にのぼると、自然保護活動家から懸念の声が上がり始めている。同地域で近年実施された土地保有制度の改革は、サイエンス誌に発表された調査によれば、ジャイアントパンダやアカパンダ、キンシコウ、クチジロジカなど 絶滅の危機にある動物たちの生息地を脅かす恐れがある。改革によって、 農家 は土地耕作権を外部企業に譲渡することが可能になるが、それによって、木材会社やワイナリーなどの企業にとっては、それまで野生生物の聖地となっていた350,000ヘクタールの森林の開発が可能になる。これらの森林は、ジャイアントパンダの生息地の15%にあたる。

「まだ農地に転換されていない高台に僅かに残っている生息地に、パンダ達が押し込められることになります」と、米国拠点のNGO コンサべーション ・インターナショナルでシニア・サイエンティストを務めるリー・ハンナ氏は指摘し、「既に生息地の多くを失っている動物たちにとって、これ以上の損失は死活問題です」と述べている。その一方で、既に農地となっている地域でブドウを栽培するのであれば、パンダにとっての新たな脅威は最小限に留まるだろう、とも述べている。

中国の ワイン 産業はまだスタートしたばかりで西洋の基準からは小規模にすぎないが、ワイン消費量と生産量は未曽有の勢いで伸びている。調査会社ユーロモニター・インターナショナルによれば、昨年のワイン売上高は、2011年から20パーセント増加し270億ポンドに達している。

拡大する中流層は新たな美食経験を求めており、そのため中国はグローバル・コングロマリットにとって最重要市場となっている。昨年度のワイン販売高の45パーセントを輸入が占めていたが、中国産ワインの割合は急速に拡大している。イギリスの酒類市場調査会社International Wine and Spirit Research(インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・リサーチ)によれば、2016年までに中国はオーストラリアを抜いて世界第6位のワイン生産国になると予測されている。だが、欧州ブドウの生産に適した地域は極めて限られており、これら生産地に対する需要は益々高まっている。

小金県の渓谷でうだるような暑さとなったある日、12人の農夫達が真昼の暑さを逃れリンゴの木の下にたむろしていた。深紅色に塗られた農家の軒先には白い円模様が描かれており、これはチベット人が多く住むこの地域の典型的なスタイルで、門戸にはチベット仏教のマニ車とハスの花が鮮やかなフレスコ画で描かれている(ここ数年にわたり同地域はダライ・ラマ追放と中国政府支配に対するチベット僧侶達を中心とした自己犠牲の抗議運動の中心地となってきた)。

小金県は山岳地帯で肥沃な土地は少ない。農家は数世紀にわたってトウモロコシやジャガイモなどの換金作物を栽培し生計を立ててきたが、今日ではブドウの蔓を絡ませるトレリスの材料となるコンクリート柱が村道をふさぐように山積みされている。Huang Nonghai(ファン・ノンハイ)という一人の農夫が、ブドウ畑にフェンスを設置するための金属棒に鋸をひいていた。

昨春ファン氏と仲間の村人達は、Jiuzhaigou Natural Wine Industry Company (九寨溝ナチュラル・ワイン・インダストリー・カンパニー)と20年間の栽培契約を結んだ。村人達は皆将来について楽観的であり、ファン氏も「九寨溝社は村により多くの富をもたらしてくれると期待しています。それによって、私たち皆がワイン産業の発展による利益を分かち合うことができます」と話していた。

だが、野心を抱く開発者を常にコントロールできるかは問題である。九寨溝社の会長であるZhang Zhengqiao(チャン・ジェンチャオ)氏によれは、『次なるステップ』は、ユネスコの世界遺産に指定されたパンダの生息地である臥龍と四姑娘の両山麓でのワイン畑の開発である。「2012年には約100万本のワインを販売し、売上高は1億2000万元[1300万ポンド]に達しています。私の目標としては、総売上高を20億元に拡大したいと考えています」とチャンは語っている。

2001年に創設された九寨溝社は、小金県で唯一のワインメーカーであり、チベット風のシャトーを本社として、10ポンドのメルローから240ポンドのカベルネ・ソービニヨンに至るまで8種類のワインを生産している。その大半は、政府高官を顧客として贈答用や宴会用に販売されている。

生産規模拡大のために、同社ではより多くのリンゴ農家に対してブドウ栽培への転換を求めているが、時として抵抗に会うこともある。チェン氏は、「ですが、農地は国有であり、農家には所有権はありません」と語る一方で、九寨溝政府は同地域の農業に関してトウモロコシなどの作物栽培からの転換を促す意向だとも指摘して、「当社向けのブドウ畑にした方が、利益になりますよ」と語っていた。

12年前に九寨溝社が最初に設立された当時、Wu Qiyun(ウー・キユン)氏と妻は、1エーカーばかりのりんご園をワイン畑に転換した。殺虫剤のプラスチック容器を背中にくくりつけたウー氏はブドウ畑に目をやりながら「ブドウ畑にした方が、利益が得られると思ったのです。ですが、過去10年間でリンゴ価格は上昇し、実際のところブドウ栽培は思ったほど儲かりません」と話してくれた。昨年にウー夫妻がぶどう栽培で得た収入は20,000元であったが、リンゴ栽培を続けていたら、その倍の収入が得られたはずだった。

ウー氏にとって2人の子供を養うことが厳しい状況が続いていた。農家達は昨年、九寨溝社から提示されるブドウ価格の低さに抗議して、隣県のワインメーカーに収穫したブドウを販売し始めた。結局、当局が介入し、九寨溝社は買い取り価格を0.5キロ当たり3元に値上げせざるを得なかった。

小さな勝利を得ることにはなったが、ウー氏はもはや幻想を抱いてはいない。小金県でワイン産業から利益を得ているのは誰かについて、「私たちのワイン畑から最も利益を得ているのは九寨溝社です。そしてその次に、企業からかなりの利益供与を受け公費の宴会でワインを楽しんでいる政府高官達です。私たちのような農家はワインなんて決して口にすることはありません」とウー氏は話していた。

追加レポート by Xia Keyu(シャ・ケユ)

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この記事は 、2013年7月26日に guardian.co.uk に掲載されたものです。

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著者

ニコラ・ダヴィソン氏は上海を拠点とするフリーランスのジャーナリストである。彼女は時事問題、アート、そして特に中国を主な執筆対象としている。