都市と生物多様性とガバナンス

1992年にブラジルの地球サミットで採択された生物多様性条約(CBD)は、生物多様性の保全、その構成要素の持続可能な利用、そして遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分、という3つの意欲的な目標を掲げている。

生物多様性を保全していく上で鍵となるのが、生物の生息環境の保護だ。2002年に開催された持続可能な開発に関する世界サミットにおいて、参加国は「現在の生物多様性減少率を地球、地域および国家規模で2010年までに大幅に削減し、貧困緩和と地球上のすべての生物の利益に貢献する」ことを条約の目標に設定した。しかし、2010年となった今でもこの目標は達成されておらず、止まらない生態系の退化が生物多様性を脅かし続けている。

世界の資源の多くは都市によって消費されていく。このため、生物多様性の保全や社会における利益分配は、都市がどのように発展するかに確実に影響を受けることになる。

生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)と同時に開催され、230の地方自治体・国際機関から500の代表団が参加して行われた生物多様性国際自治体会議において、地方自治体による協議が条約実施への極めて重要な一歩となった。地方政府の重要性が正式に認識されたCOP9での決定を基に、サブナショナル政府、都市、その他の地方自治体による生物多様性のための行動計画(2011-2020年)が採択されたのだ。

本計画の採択は、条約締結国と各地方自治体が協調して条約目標を達成することを求めている。行動計画、そして計画に基づく条約実施の進捗状況が、2012年にインドで開催される次回のCOPで報告されるだろう。

東京都を流れる野川 撮影・藤井大洋

東京都を流れる野川 撮影・藤井大洋

都市が生物多様性に与える影響

このような前進にも関わらず、都市と生物多様性の相互作用プロセスは、理論的にも現実的にも十分に理解されていないままだ。条約の実施を前進させるためには、この概念的な溝を埋めなければならない。現在、世界人口の半数以上が都市に暮らしており、将来的にはさらに都市人口が増加することを考えれば、これは急を要する課題である。

さらに、生物多様性の行方を左右する決断を下す政策立案者も同様に都市に暮している。都市生活者が行う多くの決定が、都市やその周辺地域の生物多様性に直接的な影響を与えているのだ。都市と生物多様性の相互関係を理解しなければ、都市と生物多様性が互いに与え合う影響を管理する効果的なガバナンス機構を築くことはできない。

生物多様性国際自治体会議において、私たち国連大学高等研究所は、世界、国家および地域政策の基礎構築の支援を目的とした政策報告書を提示した。(補足記事をご参照下さい)この報告書は、都市、ガバナンスおよび生物多様性の関係基盤強化について述べると同時に、都市が生物多様性に与える影響をより深く理解する上で必要な概念的枠組みを、3段階で提示している。

都市と生物多様性の相互作用プロセスは、理論的にも現実的にも十分に理解されていないままだ。条約の実施を前進させるためには、この概念的な溝を埋めなければならない。

まず始めに、都市と生物多様性は都市構造の中で互いに影響し合っている。都市の境界線の内側には様々な種が生存しており、この状態を「都市における生物多様性」と呼ぶ。その中には、ネズミや鳩のように都会の条件にうまく適応している種もいる。この都市における生物多様性は、街のあり方やそこに住む人々に影響を与える。都市開発もまた、直接的に都市における生物多様性に影響を与え、生物多様性が社会の様々なグループの中でどのように分配されるかを左右する。都市の生物多様性は今のところ最も研究の進んだ分野だろう。

次の段階は、都市が周辺地域の生物多様性に与える影響であり、「地域生物多様性への影響」と呼ばれる。都市の生活からは汚水、固形廃棄物、空気汚染が生まれ、隣接する地域、例えば河川や海洋および陸地などの生物多様性に影響を及ぼす。都市の空間的および経済的な拡大は、その周辺地域に多大な影響を与える。さらに、都市で必要とされる資源(材料、水、食糧など)も生態系サービスとして近くの環境から供給されているのだ。

現在進行中のいくつかのイニシアティブは、これらの事実を踏まえた上で都市を運営していくことを目的としている。一部ユネスコの支援を受けるURBISイニシアティブが、持続可能な開発のために社会と生態系を結びつけようとする一方、持続可能性を目指す自治体協議会(ICLEI)は、地方自治体による持続可能な開発に向けた取り組みを推進している。より的確に言えば、彼らは地方自治体による生物多様性ロードマップを作成しているのだ。

3つ目の段階は見過ごされがちである。都市は遠くの場所から運ばれてくる資源を大量に消費しており、これらの土地の生物多様性に大きな影響を与えているということだ。これを「世界的な生物多様性への影響」と呼ぶ。例えば、世界中の都市で無制限に使われている木材は、アマゾンやボルネオなどの遥か遠くの森からやってきたものだ。同様に、一部アジアの都市で需要の高いクロマグロなどの海洋生物も危機に直面している。

しかし、多くの市場でグローバル化が進んでいる現在、影響の程度も様々だ。つまり、特定の都市が世界の様々な地域にどの程度の影響を与えているかを正確に把握するのは困難である。

生物多様性が都市に与える影響

都市と生物多様性の相互作用を検証するには、問題を逆の視点から見てみる必要がある。つまり、生物多様性は都市やその生活者にどのような影響を与えているのだろうか?生物多様性は都市に(生態系サービスと呼ばれる)様々な恩恵を与える。その中には、直接的に目に見える水供給やレクリエーション施設(公園)などから、病気治療に役立ち、長期的な気候安定性をもたらす植物など、目に見えにくいものもある。

生物多様性が都市にもたらす恵みは、都市計画における重要な要素であり、都市のデザインだけではなく、市民や地元政治家から生物多様性条約実施の重要性に対する理解を得る上でも大きな意味を持っている。しかしながら、生態系サービスや、これらの恩恵を保護していくために必要な費用は、同じ街にある様々な市民団体、もしくは都会と地方、複数の都市や国家の間で公平に配分されていないのが現状だ。生物多様性が都市にもたらす主な恩恵に関して概念的理解を深めていくことで、政策を正しい方向に導くことができるだろう。

どの生物多様性か?

では、私たちは一体どの生物多様性を保護していくべきなのか?この複雑な問題も検討してかなければならない。都市は様々なタイプの自然環境に囲まれている。このため、様々なレベルで生物多様性の影響を受けたり、逆に影響を与えたりしている。都市における生物多様性は、その周辺にある自然のままの生物多様性には適応しないかもしれない。自然界の生物多様性は、都会の環境や都市生活者の利益とは相容れないこともあるからだ。

例えば、ブラジルのマナウスはアマゾンのジャングルに囲まれているが、その市民は地域に生息する大蛇やピラニアなどの動物と日々の生活環境を共有することはない。地元原産の木々の中には、自然の制約(成長空間、きれいな空気や水、生存に必要なある種の生物など)や管理上の問題(限度を超えるほど頻繁な手入れの必要性)のために都会の環境に適さない種もある。実際、都市から蚊などの特定の種を排除することで、市民の生活の質を向上させることができる場合もある。

このように、ガバナンス(都市設計、計画および管理)は、都市が生物多様性に与えるあらゆるレベルの影響が、どのような結果をもたらすかを決定づける重要な要素である。

従って、生物多様性を保護していく上で都市が担うべき役割は、それぞれの状況によって異なる。ある都市では、都市における生物多様性とその周辺地域の生物多様性に互換性があり、外界に扉を開いておけるかもしれない。この場合、都市構造は地域の生物生息地と関連し合う形で存在するだろう。しかし、(マナウスの例に見られるように)他の都市にとっては共存が不可能な場合もあり、少なくともいくつかの種は受け入れることができないだろう。

都市はまた、生物多様性条約に言及されている他の側面にも影響を与えている。都市はバイオセーフティーに対する脅威になり得るのだ。都市では多くの遺伝実験が行われ、外来種が生息している。さらには、都市からこれらの種が自然環境に容易く入り込んでしまう可能性もあるのだ。遺伝子操作された植物や外来種が規制されずに広まってしまえば、都市のみならず、周辺も含めた地域全体の生物多様性に問題を起こしかねない。このような問題を引き起こす一因が、外来種のペットの投棄だ。例えば、フロリダ州エバーグレーズでは、ビルマニシキヘビという侵入種が問題となっている。この蛇は、人間にはほとんど害を与えないが、キーズ地域に生息するワニなどの生物にとっては大変な脅威だ。

都市による生物多様性条約へのさらなる貢献

このように、ガバナンス(都市設計、計画および管理)は、都市が生物多様性に与えるあらゆるレベルの影響が、どのような結果をもたらすかを決定づける重要な要素である。生物多様性を効果的に保全するためのガバナンス機構を理解することが、生物多様性条約の条項を実施していくための鍵となる。しかし、都市や生物多様性の計画を進めていくために必要な役者、道具、そして手順はまだ十分に理解されていない。

私たちが作成した報告書は、地方自治体がその境界線の内外の生物多様性から得られる資源の規模を理解し、管理していくための手引きになると信じている。また、地方自治体が生物多様性に関する政策を推進していく上で役立つ実践的な見解を示している。それは、都市による生物多様性条約への貢献度を増やしていくための6つの手段であり、都会の緑地と水性生息地のネットワーク構築や、都市における生物多様性を持続可能かつ生産的な方法で活用し、その保全を奨励していく方法などが含まれている。

また、報告書には、緑地のネットワークや生物多様性の持続可能な活用などのアイデアに関連して、都会における農業生態学に基づいたマネジメントの重要性が強調されている。都市における農業生態学的マネジメントは、環境改善の基盤作りや、地元製品の供給によるエコロジカルフットプリントの削減を推進していく上で役立つだろう。

翻訳:森泉綾美

Creative Commons License
都市と生物多様性とガバナンス by アレクサンドロス・ガスパラトス, オスマン・バラバン, ラケル・ モレノ・ペナランダ, デルジャナ・イオシフォヴァ, 諏訪 亜紀, クリストファー・ドール and ジョゼ・A・プピン・デ・オリベイラ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

日本学術振興会の国連大学高等研究所(UNU-IAS)博士修了研究員。国連大学高等研究所に入る前、スコットランドのダンディー大学の研究員時代に博士号を取得している。専攻は、化学、環境科学、エコロジー経済学。エネルギー安全保障、食糧安全保障、エコロジカル・サービス、環境維持といった分野がお互いに関わりを持っている点に興味を持ち研究している。

オスマン・バラバン氏は、トルコのアンカラにある中東工科大学(Middle East Technical University、METU)で都市計画の博士号を取得した都市設計家である。2009年9月より博士研究員として国連大学高等研究所(UNU-IAS)に勤務している。現在は気候変動の緩和と都市における適応戦略の研究を進めており、とりわけ都市再生のための政策および実行に取り組んでいる。UNU-IAS以前には、METUの都市・地域計画学部で指導していた。

ラケル・モレノ・ペナランダ博士は国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニットのリサーチフェローである。主な研究領域は、都市と農村における持続可能性と幸福の関係に注目した、持続可能な自然資源の管理である。彼女はコンサルタント、アドバイザー、リサーチコーディネーターとして、地方自治体や国際的な環境NGOや市民社会組織や多国籍開発機関との多くの経験を持つ。母国スペインでは生物学で学位を修め、カリフォルニア大学バークレー校ではエネルギーと資源の博士号を修得した

デルジャナ・イッシフォヴァ氏はウェストミンスター大学の建築・構築環境学部の研究員であり、ノッティンガム大学にて建築と都市計画を指導している。現在、構築環境における欠乏と創造性(Scarcity and Creativity in the Built Environment)と呼ばれるHERAからの資金援助を受けたプロジェクトに携わっている。チューリヒ工科大学で建築学を学び、東京工業大学にて社会工学(公共政策設計)の博士号を取得した。また、国連大学の我ら共通の未来(Our Common Future、フォルクスワーゲン財団)および国連大学高等研究所(UNU-IAS)の博士研究員(持続可能な都市開発計画)である。

諏訪亜紀氏は、国連大学高等研究所(UNU-IAS)のポストドクトラルーフェローである。ロンドン大学インペリアル・カレッジ理工医学系大学で理学修士を取得、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジで都市エネルギー政策の博士号を取得した。再生可能エネルギーの政策分析に精通しており、主な研究分野は、再生可能エネルギー開発の社会的および経済的関係や、環境保全と再生可能エネルギー促進の相互作用である。

クリストファー・ドール氏は2009年10月に、東大との共同提携のうえ、JSPSの博士研究員として国連大学に加わった。彼が主に興味を持つ研究テーマは空間明示データセットを用いた世界的な都市化による社会経済や環境の特性評価を通し持続可能な開発の政策設計に役立てることだ。以前はニューヨークのコロンビア大学やオーストリアの国際応用システム分析研究所(International Institute for Applied Systems Analysis)に従事していた。ドール氏はイギリスで生まれ育ち、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジにてリモートセンシング(遠隔探査)の博士号を取得している。

ホゼ・A・プピン・デ・オリベイラ氏はゼッツリオ・ ヴァルガス財団(リオデジャネイロおよびサンパウロ)の教員であり、復旦大学(上海)およびアンディーナ・シモン・ボリバル大学(キト)にておいても教鞭を執っている。クアラルンプール拠点の国連大学グローバルヘルス研究所(UNU-IIGH)およびMIT Joint Program for Science and Policy for Global Change(グローバルな変革に向けた科学政策のMITジョイントプログラム、ケンブリッジ)の客員研究員である。以前、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)のアシスタント・ディレクターおよびシニア・リサーチフェローを務めた。

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