ジンタナ・カワサキ博士はタイと日本両国で教育を受けた。東京農業大学において国際バイオビジネスの博士号を取得。他の生産システムと比較した有機野菜農業の持続可能性について研究した。カセサート大学(タイのバンコク)経済学部では農業経済の理学修士号を取得。2009年国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)に加わる以前はカセサート大学とコンケン大学農業経済学部にて講師を勤めた。UNU-ISPではタイでの気候変動による米の収穫高への影響と、経済予測に焦点を絞って研究を行っている。
米は長い間タイの伝統的な食用作物であり、主な輸出品であり続けてきた。相対的な重要性は減りつつあるとはいえ、いまだに耕作地の55%を米が占めている。タイの総人口の8割以上が米を主食とし、1人当たりの年間消費量は100.8キロにもなる。
世界もこの国の米に依存している。最近の不安定な政情にも関わらず、国連食料農業機関のコメ市場報告によるとタイは現在も世界一の米輸出国である。2010年の米総輸出量は900万トンを超えると予想されている。
そんなタイだが1989年から2002年にかけて洪水、嵐、干ばつ によって17億5000ドルの経済損失を被ったとアジア開発銀行の報告は示している。その内訳の大半(12億5000ドル)が穀物生産の減少によるものだ。
タイでは雨季に雨が降らず若い植物をいためてしまったり、雨季の終わりに洪水が来て収穫を妨げたりということが起こるだろう。
米の成長に影響を与える予測不能な事態(雨量分布と気温の変化、害虫や疫病の種類と頻度の増加など)が気候変動により今後数年でますます増えるとみられている。つまりタイでは雨季に雨が降らず若い植物をいためてしまったり、雨季の終わりに洪水が来て収穫を妨げたりということが起こるだろうという意味だ。
この状況の中、気候変動に適応させた米生産は極めて重要だ。
タイ政府は世界温暖化軽減のための行動計画を実践し始め、気候変動に対する意識を高める情報提供も行っている。しかし当の農民たちが気候の変化に影響を受けた農場を効率よく運営していく方法について十分な知識を持っていない場合が多い。
伝統的に農家では家庭内での消費用に種や苗木を使って米を育てていた。それらは害虫や疫病に強い。
行動計画の一部として、タイ政府は深水米の遺伝子組み換え(GM)種(再利用不可)を推奨している。これは50センチ以上の水の中でも1カ月はもつという品種だ。また干ばつに強い品種―もち米はRD12、それ以外はRD33—もDNA工学の応用によって生産されており、干ばつの影響を受けた地域で流通している。
とはいえ全国すべての農民に政府の米を分与するわけにはいかないため、民間企業もこのような品種を生産し出している。その結果、経済的に余裕のある農家は従来の品種より高い収穫高が見込まれる新種米に興味を示すようになってきた。
新種を買う余裕のない農家における気候変動への対応策として一般的なのは、収穫のパターンと時期を変えて農業経営を改善するやり方だ。また政府は洪水から田を守るため護岸工事も行っている。リスク転移する方法は国家レベルから一般家庭レベルまでの様々な適応戦略に組み込まれるべきである。作物への保険や、より多様性に富んだ生活方法である。例えば食料を生産する土地の持続性や水の供給の変化に対応するため、水産養殖・農業を統合したシステムだ。
統合的な農業を行えば短期的には各種作物収穫高が改善し、長期的には農業システムの持続性が増すという利点がある。地元の人々がそのような適応の方法で実験している好例は既にいくつも存在し、「Vulnerability Assessment of Climate Risks in the Lower Songkhram River Basin of Thailand.(タイのソーンクラン下流域における気候リスクに対する脆弱性評価)」という報告書のケーススタディに示されている。
その一例としては、ナドクマイでは、大きな洪水が来た場合には住民の10%が作物をすべて失うだろうと予測されている。しかし8割の住民は氾濫原と高地の両方に水田を持っているので、たとえ氾濫原の田が被害を受けたとしても、自宅で食す分は高地でとれた作物で対応できる。
タイ東北部のコンケン県では、2007年の米の作付け面積は約40万4432ヘクタールあり耕作地の64%を占めており、気候変動への適応策も既に行われている。この地域の小規模農家は乾季中に厳しい干ばつに遭ったり、雨季の初めに洪水に見舞われたりしている。それに加え最近は世界的経済不安から米の値段の変動が激しく、農民が収入増を見込める可能性は限られている。
コンケンでのリサーチでは、2010年2月から3月にかけて11の地区で約300の小規模農家を対象にモデリングと調査を行った。県全体の気候変動性を反映できるよう、それぞれの農業気候地域が調査対象地区に選ばれた。
調査によると、この地域の農民たちは数世代に渡って農業を続けてきているため気候変動を体感しているという。
モデリングの結果、10年で0.1度から0.3度の気温上昇傾向があれば、降雨と蒸発量が変動して洪水や干ばつ、害虫の大量発生により米の収穫が約10%減少すると計算された。しかし2047年にはより効率的な土地活用技術によって2027年と比べて単位面積当たりの米の収穫量は増えるとも計算された。
調査によると、この地域の農民たちは数世代に渡って農業を続けてきているため気候変動を体感しているという。彼らの多くは米生産を補うために単一栽培のキャッサバまたはサトウキビ、あるいはその両方を育てるようになっており、米の価格変動に対応している。
対象となった地域の70%以上の農場(面積の平均は2.5ヘクタール)は総合農場だった。農業収入の大部分はいまだに米の収穫によるものだが、農民たちはティラピア(アフリカ原産の淡水魚)、キュウリ、ジュウロクササゲ、スプリングオニオンなど他の作物を組み合わせることで十分な収入を得ることができていた。
また稲わらや野菜くずなどは一般的には、牛、豚、ニワトリなど家畜の排泄物とともに堆肥として利用されている。農民たちは池や乾季の作物に投資をするようになり池の魚はたんぱく源でもありながら、新たな収入源ともなっている。様々なライフサイクルのものを生産することで経済的なリスクを最小限に抑え生物多様性を保つことができるのだ。
それでも季節の変化を予測したり新しい気候条件に行動を適応したりすることができない場合は、村の住民たちの生活には否定的な影響が現れる。米農家のうち、適応力のある新種を買う余裕のある2割の農家では、短めの栽植季節を採用している。現在、政府から種を受け取っているのは1割に過ぎず、残りの7割は前年の種を使っていることになる。
様々なライフサイクルのものを生産することで経済的なリスクを最小限に抑え生物多様性を保つことができるのだ。
将来の気候変動と現在の不安定な気候によるリスクを軽減するための適応対策には対策を講じたり導入したりするための追加資金が必要で、タイ政府と国際的支援者による財政的、技術的な援助が必要である。
田植えの時期を変えたり適切な米の品種を使用したりして生産技術を変えれば、気候変動は米の収穫高に良い影響を与えることも確かである。その一方で、世界市場の米輸入国は伝統的な有機栽培のように環境に優しい農業システムで生産された米を求め出しているのも事実だ。2007年にはタイの米だけで30万トンもの窒素肥料を必要とした。それに加え、水田は高い温室効果を示すメタンの発生を増加させる。実際、タイで放出された9160万トンのメタンのうち半分が稲作によるものだった。
タイ政府は、収穫高を増やすだけではなく、環境に優しく国民の気候変動に対する意識を高めるような生産過程に重点を置くべきである。
翻訳:石原明子
タイの米農家の気候変動対策 by ジンタナ・カワサキ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.