東南アジアと気候変動:現状と向かう先

世界中のあらゆる場所で、地球温暖化や環境被害によって人々の健康や幸福が脅かされていることが、ますます明白になってきている。異常気象事象や海面上昇、深刻化する水不足、干ばつ、高気温はいずれも、生物多様性の喪失や土壌侵食やサンゴの白化現象など生態系の退化を示す事象とともに、人類による自傷行為の特徴であり、地球は、人類社会にとってますます住みにくい惑星になりつつある。

2015年のパリ協定では、地球温暖化を抑制すべく、産業革命前と比べて気温の上昇を1.5°C以内に抑え込むとの目標を定めた。現在までの気温上昇は1.1°Cである。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の特別報告書では、気温上昇が1.5°Cに達した際に我々が直面するであろう、厳しい将来像が描かれている。

決定的なことは、1.5°Cの温暖化を防がない限り、地球はいくつもの臨界点を超えてしまう。温暖化が加速し、取り返しがつかなくなる。また、それによって生じる様々な連鎖反応(例えば、極地の氷冠の融解や広大な面積のアマゾン熱帯雨林の消失)により、数十億人もの人々が生存の危機に直面することになる。

このような懸念は、杞憂でも誇張でもない。過去数か月の間に発表されたIPCCの直近の評価報告書では、我々が窮地に陥っていることを示す明白なエビデンスが提示されている。IPCCの推定では、平均地球表面温度は、2040年までに産業革命前と比べ1.5°C上昇する。

今年の世界環境デーのテーマ「Only One Earth(かけがえのない地球)」は、全人類がたった一つの惑星に依存して生きていることを的確に指摘するものである。我々が現在直面しているのは地球規模の危機であり、これ以上に全世界的な連帯、国際協調の必要性を象徴するものは無いだろう。しかしながら、影響の大きさや危機を回避するために成しうる貢献という点では、地域的な差異が存在する。

それでは、東南アジアについてはどうだろう?

第一に、地球温暖化傾向や増え続ける温室効果ガスの排出に伴い、東南アジア地域では、1960年代以降、年間の平均気温が10年ごとに0.14°Cから0.20°Cずつ上昇を続けている。同地域は以前より暑くなり、気温は今後も上昇すると予測されている。また、東南アジア地域を襲う熱波も、その頻度が増すと予測される。

同地域の高い湿度は、高い気温と相まって、熱中症や暑熱関連死を増加させる。ある研究によれば、タイ、ベトナム、フィリピンの暑熱による死亡者は、1990年代以降、すでに61パーセントも増加している。

東南アジアでは2019年の時点ですでに、960万人がサイクロンや洪水、台風により地域内で避難している。この数は、同じ年の全世界の避難者数のほぼ30パーセントにのぼる。

気温上昇が3°Cの場合、高気温と熱ストレスにより、農作業能力は最大50パーセント損なわれ、農業の生産性、食糧生産が減少する。ある研究によれば、これによる人件費の上昇と生産量の減少に伴い、農作物の価格は5パーセント上昇する。

他の地域における食糧生産にもストレスがかかることもあり、同地域では栄養不良の人の割合が増加すると見込まれる。2015~2016年にかけて東南アジアを襲ったエルニーニョ現象によって引き起こされた干ばつは、その一例である。これにより、2016年には2,050万人もの人が深刻な食糧不足に陥り、590万人もの子供たちが低体重になった。大気中の二酸化炭素レベルが上昇することで、特定の作物の栄養価が損なわれ、これによって微量栄養素欠乏症が増加する可能性が高くなる。

地球温暖化により大気中のエネルギー・レベルや湿度が高くなると、降雨パターンにも変化が生じる。マレーシアやベトナム、南フィリピンの各地では、すでに年間平均降雨量の増加が観測されている。

矛盾のようではあるが、東南アジア地域の一部の地方では、雨天の日の日数がむしろ減っている。IPCCによれば、フィリピンを襲った熱帯低気圧の数は減っているものの、その勢力はより強くなり、被害も甚大化している。

水の循環に変化が生じれば、利用可能な淡水に影響が及び、同地域の水の安全保障が損なわれる。そうなれば、公衆衛生の水準が下がり、健康問題が生じることになる。

メコン川流域では、気候変動に加え、使用水量が持続不可能なレベルに達していることもあり、地下水貯留が最大で1億6千万立方メートル減少すると推定されている。また、それと同時に三角州の侵食や海面上昇も起きるだろう。バンコクやホーチミン市などの沿岸都市に影響が及ぶことになる。

東南アジアの4分の3の都市は、より頻繁に洪水に見舞われることになるだろう。2030年までには毎年、数千万もの人々が被害にあう可能性がある。東南アジアでは2019年の時点ですでに、960万人がサイクロンや洪水、台風により地域内で避難している。この数は、同じ年の全世界の避難者数のほぼ30パーセントにのぼる。

気候変動や異常気象事象によって、心を病む人も増えるだろう。子供や若者、女性、高齢者は特に不安や鬱に陥るリスクが高い。また、異常気象事象や家などの資産の喪失により、心的外傷後障害に陥る場合もある。

2020年にユニセフ・マレーシア事務所が行った全国調査によれば、すでに若者の92パーセントが、気候危機に対し不安感を抱いている(エコ不安)。

これらの予測から明らかなことは、温室効果ガスを削減し、必要不可欠な生態系サービスを保全することの重要性である。しかしながら、東南アジア地域全体で、このための取り組みはいまだ不十分である。2010年から2019年までの間に同地域では炭素集約度が毎年、平均して1.8パーセント上昇した。また、エネルギー部門の二酸化炭素排出量は、2015年から2019年までの間に5.1パーセント増えた。

IPCCによれば、それでも一筋の希望が存在する。それは、エネルギー需要の減少や建築部門のエネルギー効率の改善により、2050年までに43パーセントもの温室効果ガス排出量削減を実現しうる潜在能力を東南アジアが有しているということだ。

運輸部門についても、東南アジア地域の一人当たりの二酸化炭素排出量は、他のどの地域よりも急激に増えている(4.6パーセント/年)。同地域の森林被覆は、1990年から2015年までになんと13パーセントも減少し、2000年から2012年まで年間0.39パーセントの割合でマングローブ林が失われた。

IPCCによれば、それでも一筋の希望が存在する。それは、エネルギー需要の減少や建築部門のエネルギー効率の改善により、2050年までに43パーセントもの温室効果ガス排出量削減を実現しうる潜在能力を東南アジアが有しているということだ。脱炭素化に向けてより多くの投資や研究が行われれば、さらなる温室効果ガス削減も可能である。

事態は危機的である。もし世界が、地球温暖化を1.5°Cに抑え込む十分な可能性を得ようとするなら、遅くとも2050年までには二酸化炭素の排出をゼロにしなければならない。しかしながら、現在のところ、政策立案者らや政治家らは、問題を十分、真剣に受け止めていないか、あるいは、ASEANのある報告書に示された通り、化石燃料への依存から脱却することは不可能であると感じているかのいずれかである。同報告書は、現在の各国の取り組みと、必要な温室効果ガス削減量との隔たりを示している。

同様に、現在の土地の取り扱いや利用の在り方についても抜本的な見直しが求められているが、そのような見直しは、社会の能力を超えているように思われる。

昨年、グラスゴーで開催された前回の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)には、120カ国の首脳らが集まり、各国政府による歓迎すべき取り組みが示された。例えば、森林伐採と土地利用変化により世界最大の二酸化炭素排出国の一つとなっているインドネシアが、「森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言」に署名した。

多くの国々(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、ベトナム)が2030年までにメタンを30パーセント削減するとしたグローバル・メタン・プレッジに署名した。一部のASEAN加盟国(ブルネイ・ダルサラーム、インドネシア、フィリピン、シンガポール、ベトナム)は、「石炭からクリーンな電力への移行に関する声明」に完全あるいは部分的に署名した。これらのプレッジや声明は、今後、実行されなければならない。しかし、たとえこれらが実行されたとしても、さらに迅速で抜本的な変革が必要である。

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