気候・食料・接続性のパラドックス

地球の表面温度上昇を引き起こす気候変動は、最も根本的なレベルにおいては、化石燃料からの大気中へのCO2排出量の増加が原因となっている。化石燃料からのCO2排出総量は、まず人口、一人当たりの国内総生産(GDP)、そして単位GDP当たりの炭素強度といった主要変数によって求められる。

気候変動の程度を計測しその対策を考える上では、こうした要因とその関連性を理解することが重要だ。オーストラリア科学産業研究機構(CSIRO)の複雑系科学センターのディレクター、ジョン・フィニガン博士が先日、国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の大学院プログラム「気候変動に対する回復力の構築」に参加している若い科学者たちに向けてテレビ会議で強調したのもこの点だった。

「気候変動の主な要因は何かを我々は自問すべきです。気候変動を実際にもたらしているのは人間であり、人間の豊かさと欲望なのです」とフィニガン博士は主張している。

気候変動と人間との社会経済的な接続性を示すものとして、フィニガン博士をはじめとする多くの科学者たちは日本の科学者、茅陽一博士が開発した茅方程式を引用している。茅方程式は下記のように表わされる。

CO2排出量=人口x一人当たりGDPxGDPの炭素強度

下記のグラフが示すように、1980年代以降、世界の人口増加と生活水準の向上が世界の排出量を大幅に増加させてきた。同時に、GDPの炭素強度は減少している(GDP一単位の生産で排出される炭素量は減少している)。言い換えれば、豊かさを創出し、人々を貧困から脱却させるのに要するCO2排出量は少なくなっているのだ。

出典:Raupach et al. (2007): 2006年までのIEAのデータに基づきPNASを改訂

出典:Raupach et al. (2007): 2006年までのIEAのデータに基づきPNASを改訂

気候システムの4大要因

フィニガン博士は、気候システムには変動をもたらす4つの主要要因があると述べている。その増加を見ることで、予測されている気候変動が今後数十年の間にどれほど現実化するかが分かる。下記がその4大要因である。

  1. 人口
  2. 欲望
  3. 接続性
  4. 生物地球化学的変化

まず、人口に関しては、2050年には世界人口が約90億人にまで増加するというのが一般的な見方だ。地球の人口は急速に増加しているが、上昇率は低下している。この傾向は人類の長寿化と少子化という「人口動態の変移」による。先進国で見られたこの人口動態の変移は開発途上国でも同じことが起こるという見方が広く受け入れられている。

これに関連して、その因果関係には異論もあるものの、GDPの増加と出生率の低下の相関関係も証明済みだ。現実の数字でみれば、一人当たりGDPが5000米ドルあたりになると、出生率は女性一人当たり2.1人になる。

同時に、すでに世界人口の50%以上は都市部に居住しており、必要な電力、食料、水の生産や供給、さらには廃棄物の処理については周辺地域や多くの場合は地方に依存している。

2つ目の主要因は、特に第二次大戦後に顕著になった欲望の変化だ。大まかな言い方をすれば、富は世界の人口のごく一部、特に北米や西欧、太平洋沿岸圏の一部など北半球に集中している。しかし、この20年間、特にベルリンの壁の崩壊と中国の市場開放後、富裕層はブラジルやロシア、インド、中国、南アフリカ(BRICS)その他といった、より東や南の地域に移っている。

第三の主要因である接続性は、最も理解されていない変数である。接続性は人口や富の増大と同様、第二次大戦以降に急増している。この接続性については、後で詳しく述べる。

最後に第4の主要因は生物地球化学的変化だ。この変化には、やはり1950年代以降に特に顕著となった大気中の温室効果ガス(GHGs)濃度の増大、オゾン層の減少や生物多様性の損失といった主な生物物理学的指数の悪化傾向が含まれる。将来の予測に際しては、その影響を遅らせるために今になって何をしようとも、生物地球化学的変化の多くは今後20年、30年、またはそれ以上にわたって現実のものとなることを認識することが非常に重要だ。

「今、CO2の排出をストップしたとしても、ある程度の地球温暖化は免れないのです。生態系は、影響を受けた後、しばらくは変化を続けるのです」とフィニガン博士は説明する。

明るい側面を述べるとすれば、制度や技術の改善によって、前向きな変化がシステムに起こることもまだあり得る、ということだ。研究者や政治家、実業家の多くは遺伝子操作作物、CO2捕捉・隔離技術といった脱化石燃料技術に期待を寄せている。とはいえ、フィニガン博士は下記のように警告する。

「我々が過去に与えた影響に生態系が適応しようとしている中、我々はさらに急速に生態系に影響を与えているのです。その帰結がどうなるかを知るのは極めて困難です」

接続性のパラドックス

フィニガン博士によれば、第3の主要因である接続性を理解すれば、気候変動その他の課題への視野が広がるのだという博士による下記の5つのグラフが示すように、システムを接点とその接点を結ぶリンクとみることで、接続性の仕組みは理解しやすくなる。

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今日までの歴史における世界経済システムに例えれば、接点は都市、町や企業を示し、リンクは貿易や通信のルートを示す。最初の数グラフ(A-C)は、各地が接続されていない初期の文明から地域的な帝国へ、そして植民地化から産業革命への進行を示している。グローバリゼーションへの動きは特に第二次大戦以降に強まり(D)、より多くのリンクが生まれ、より多くの接点が互いに接続しあい、世界の貿易ネットワークが完全に接続された今日の時点(E)に至っている。

ここで興味深いのは、おそらく予想されていなかったことでもあるが、第3のグラフが示すように、リンクの数が接点の半数程度になったところで、接点から接点への接続が急増しだすことだ。最終的には、世界経済と同様に、システムが完全に接続されるまで接続性は拡大していく。

「今日では、世界のシステムは完全に接続されています。数学者にとって、それが意味するところは、どのリンクをたどっても、ほぼどの接点にもたどりつけるということなのです」とフィニガン博士は説明する。

近年問題となっている世界の食料貿易に関しては、高い接続性が燃料や肥料といった農業に必要なインプットの供給を可能にし、そのために世界人口のほとんどが必要な栄養を摂取できている。一見すれば、麦やトウモロコシ、米といった主食穀物や石油などの必需品を欠く国々がそれらを容易に輸入できるという意味で、世界の相互依存性は有益にみえる。

「世界中の人々が食べるために、そして必要な物資の供給を世界中で維持するために、現在の世界の食料貿易は絶対に欠くことができないものです」とフィニガン博士は指摘する。

だが、特に世界金融危機以降、接続性の高いシステムが小さなショックにも弱く、「システム内に予想不可能なフィードバック」を誘発しかねないことが明らかになってきている。最近の北アフリカでの反政府運動は世界の石油価格をさらに高騰させ続け、すでに史上最高値の食料価格指数を押し上げる結果となっている。

世界の貿易ネットワークの構造は、そもそも2つの異なる、そして補完的な点において不安定だ。第一に、接続性が高いということは、石油価格の上昇や、世界のトウモロコシ生産の一部をバイオ燃料生産に転換するといったシステムへのショックが起これば、それが波及し、価格と供給に予期せぬ大規模な波紋を拡げかねないことを意味する。エネルギー価格の上昇と作物のバイオ燃料への転換、市場の投機志向の相乗効果で起きた2008年の食料価格急騰がその一例だ。

第二に、世界の貿易の流れの多くは、ごく少数の大規模な接点やハブ、または大量輸送のリンクで結ばれている。フィニガン博士によれば、リンクのたった10%がシステム内の流れの半分以上を担っている。重要なリンクがひとつでも分断されたり、ハブへの流れが滞ったりすれば、貿易ネットワークの大部分が影響を受ける。

下記の最初の図が示すのは、不安定なハブ(ロンドンやニューヨーク、東京を想像してみればよい)が密接にリンクしているために脆弱になっている世界の貿易ネットワークである。逆に2つ目の図は、分離していることで、他のハブに影響するようなショックに耐えうる安定したハブを示している。

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重要なリンクの一例として、フィニガン博士は、欧州連合にガスの25%を供給しているロシアと、ロシアからのガスを欧州の顧客に輸送するウクライナの間で毎年のように起こる悶着を挙げる。両国間の関係は、ほぼ一夜にして数千キロ離れた地域に住む人々のエネルギー・コストを急騰させるのだ。

接続性が世界的な問題を防止も助長もするという状況が導くのは、「接続性のパラドックス」だ。肯定的にみれば、主要な接点を結ぶリンクがそれだけ多ければ、いくつかが切断されても、システム内の他の接点を通じて流通は再開され、全体として再調整されることも期待できるかもしれない。だが否定的な側面をみれば、ネットワークの構造上、食料の価格と供給への予期せぬ波紋は不可避で、それは収入の大部分を食料に費やす世界の貧困層に特に大きな影響を与えることになる。

より良いネットワークのデザイン

食料問題だけではなく、人口増加を抑制し最終的に削減するには、目下のところ世界の経済生産のごく僅かな部分しか担っていない世界人口の大半の人々の生活水準の引き上げが必要だ。そのためには、経済を成長させるだけでなく、経済活動を世界の重要システムへの悪影響から隔離する必要がある。さらにそれには生態系と世界経済・社会システムの相互関係をより深く理解しなければならない。

複雑系科学を専門とするフィニガン博士は、各分野におけるマクロレベルでの分析が重要で、それが複雑な世界の問題に対処するための計画策定に役立つ、と強く感じている。そのためには経済学と社会科学が自然科学と協力しあい、世界の仕組みについてより統合的に考えていく必要があるのだ。

世界の貿易ネットワークの不安定性について私たちが指摘した問題は、金融や情報のネットワークにも、より大きな影響を与える。こうしたシステムの重要なリンクと接点の多くには個人と集団という人間の行動が関わっている。続く世界の人口増加、都市化、経済成長により、世界のネットワークは拡大し複雑化しており、そのネットワークの仕組みが現代世界を支えていることを私たちが認識しない限り、やがては深刻な問題を導くことになるだろう。

将来起こりかねない予期せぬショックへの抵抗力をつけるには、短期的な経済効率よりも、長期的な安定と軟着陸の能力を有するシステムをデザインする必要がある。デニス・メドウズといった主要な論客の多くは、狭義での盲目的な経済効率の推進は抵抗力を弱め、食料不足の危険を増大させる、と指摘している。

しかし、それなら私たちは気候変動の抑制と食料安全保障に向け、単に貿易を排除し、地域ベースの解決策に移行すべきなのか?

フィニガン博士は、接続された世界が人々を貧困から脱却させ、人口増大を低速化させられる可能性を改めて指摘する。さらに、供給システムは不安定とはいえ、国際的な貿易と食料供給に依存する多くのコミュニティにとっては、グローバル化した世界からの撤退は選択肢にはなり得ない。では、今後、私たちはどうすれば良いのか?

「改善できることがあるのは確かです。ネットワークのダイナミクスの役割を認識すれば、ネットワークの利点を活用しつつ、その欠陥を補うよう機関や規制を各国で、そして国際的にデザインできます。大きな波紋を回避できるような大規模な相互接続のネットワークは可能ですが、最初からそう設計しなければならないのです」とフィニガン博士は語っている。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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気候・食料・接続性のパラドックス by マーク・ノタラス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

マーク・ノタラスは2009年~2012年まで国連大学メディアセンターのOur World 2.0 のライター兼編集者であり、また国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の研究員であった。オーストラリア国立大学とオスロのPeace Research Institute (PRIO) にて国際関係学(平和紛争分野を専攻)の修士号を取得し、2013年にはバンコクのChulalpngkorn 大学にてロータリーの平和フェローシップを修了している。現在彼は東ティモールのNGOでコミュニティーで行う農業や紛争解決のプロジェクトのアドバイザーとして活躍している。