気候正義:気候変動訴訟は打開策となるか

長年にわたり、気候正義の概念は、地球温暖化に最も寄与していない国々やコミュニティーが気候変動の影響を不当に多く受けている、という理解の上に成り立ってきた。

例えば、開発途上国は、既存の脆弱性や対応能力の限界から気候現象の影響をより多く受けてきた。2000年から2019年までに異常気象の影響を最も受けた上位10カ国のうち8カ国が開発途上国であり、うち6カ国がアジアの国であった。

公平の原則に基づき、気候正義は「汚染者負担」の原則や「共通だが差異ある責任と各国の能力」の原則を通じて1992年の国連気候変動枠組条約に組み込まれ、気候変動に対処する責任は先進国が負うことになった。

しかし、こうした原則を運用可能にする効果的なメカニズムがないことが、今日に至るまで課題として残っている。先進国が気候変動対策資金を提供し、気候変動対策において脆弱な立場に置かれた国々に対し支援する、という約束を果たしていないことを受け、第27回気候変動枠組条約締約国会議(COP27)では「損失と損害(ロス&ダメージ)」に関する議論が再燃した。

現在のところ「ロス&ダメージ」という言葉に明確な定義はないが、基本的には、歴史的に化石燃料への投資から利益を得てきた国々が、主に開発途上国において気候変動が自然や人間社会にもたらした残留する影響や、恒久的な被害を賠償するという義務を指し、この概念は多くの議論を呼んでいる。

ロス&ダメージには、経済的・非経済的損失の両方が含まれる。経済的損失は資源、物的資産とサービスへの損害を対象とする一方、有形や無形の非経済的損失はロス&ダメージのより大きな割合を占め、個人(人命や健康、可動性の喪失)、社会(文化遺産、アイデンティティー、先住民の知識の喪失)、環境(生物多様性や生態系サービスの喪失)への影響が含まれる。

気候正義と健康への権利

健康は人間にとって最も基本的な財産である。しかし、特に開発途上国の貧しいコミュニティーをはじめとする人々の健康が、気候変動に伴う環境や社会の変化によってますます脅かされている。そのため、人権のレンズを通して見た気候正義は異なる展望を呈している。

健康は、空気、水、食料、住居や開発などのさまざまな社会的・環境的決定要因によって支えられているため、気候変動がこうした決定要因に及ぼす影響は、健康に対する基本的人権を侵害している。

1946年の世界保健機関(WHO)憲章は、「人種、宗教、政治的信念又は経済的若しくは社会的条件」の差別なしに「到達しうる最高基準の健康」を享有する平等な機会を得る権利を強調する一方、気候変動が構造的な社会階層にまたがる既存の健康格差と脆弱性を深刻化させているため、到達しうる最高基準の健康の段階的実現は一層困難となっている。これは特に、伝統的に差別を受け、疎外されてきたコミュニティーの間で顕著である。

例えば、気候変動はあらゆる人に対し影響を及ぼすが、先住民コミュニティの健康は、自然との密接な(多くの先住民は今なお基本的な生活必需品を自然に直接依存している)関係や、社会的・経済的に疎外されている背景から、気候変動の影響に対し特に脆弱である。

さらに、先住民コミュニティーは環境の変化によって伝統的な領地を失ったり、そこからの移住を余儀なくされたりすることで、彼らの文化やアイデンティティー、主権が脅かされ、精神的苦痛を感じていることを示す証拠も出てきている。

同様に、気候変動の影響は男女間で異なり、女性はより大きな健康リスクと脆弱性に直面する。その要因として、女性特有の健康上のニーズ(妊産婦の健康、リプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)など)、家事労働者や介護者としての役割(水や食事の準備など)、そして特に農村部や遠隔地において気候変動に効果的に対処する能力に影響を及ぼす、資源や重要な情報といった支援へのアクセスにおける根本的なジェンダーギャップが挙げられる。

子どもや高齢者もまた、特有の生理機能のために、気温、大気質や食料源に対する気候変動の直接的・間接的影響を不当に多く受けている。

先住民や女性などの疎外されたグループは、自身の健康と福祉に影響を及ぼす可能性のある気候行動に関する意思決定プロセスから排除されることが多かった。それでも、こうした人々は、気候変動の緩和と適応における健康の公平を推進すると同時に、重要な変化の担い手となる可能性がある。

例えば、環境の持続可能な管理と保全に関する先住民の知識は貴重な資源である。気候行動におけるジェンダー平等に対する認識が高まり、気候変動対策資金に組み込まれる一方、若者は将来の福祉に対する世代間の権利のために闘う気候アドボカシーの最前線に立っている。

気候変動訴訟:打開策となるか

この問題に関して、世界中の気候行動を加速させるためのさまざまな取り組みが行われてきた。ここ数年、アドボカシーキャンペーン、ストライキ、街頭デモ、活動家による抗議活動がメディアを通じて報道される機会が増え、各国に対し、気候変動に関する誓約を果たすよう働きかけている。一定の進展はみられるものの、急速に上昇する世界の気温に追い付くには未だ十分ではない。

個人や非政府組織(NGO)は、社会運動の一環として、人権法を気候行動実施の戦略的手段として活用した気候変動訴訟にますます取り組むようになっている。

2015年のパリ協定以降、気候変動関連訴訟の件数は、800件余り(1986年−2014年)から1,200件強(2015年−2022年)へと倍増した。大半の訴訟はグローバル・ノース(特に米国)で行われているが、グローバル・サウスの訴訟件数も増加している。

人権法は、国家に対する訴訟の強力な根拠となっている。なぜなら、人権を守る責務と一義的な責任を国家が負っているためだ。欧州人権裁判所では、3件の気候変動訴訟が大法廷で係争中である。

特に、気候変動訴訟はヨーロッパ人権条約にうたわれている生命に対する権利(第2条)、(第8条)をめぐる人権侵害を理由に提起された。

東南アジアでは、環境紛争が訴訟に発展する件数が増加しており、タイ、インドネシア、フィリピンなどの国々で顕著である。原告は、コミュニティー、NGO、市民社会であることが多く、国の政府が条約(パリ協定)上の義務を履行せず、炭素排出量を削減しないこと、企業が違法伐採や泥炭地の焼却などの環境破壊活動を行って健全な環境や生命に対する人権を侵害していることを理由として訴訟が提起された。

地方レベルでは、プロジェクト開発が環境に与える負荷の評価における透明性の欠如や、市民の健康を守るための環境基準(大気汚染基準など)が不十分であるなど、ガバナンスメカニズムを通じた環境的・社会的保護を確保する義務を果たしていないとして、政府機関が訴えられてきた。

しかし、気候変動訴訟には、国際政治における執行や法域上の制約という対処すべき問題が残されている。さらに、国家の対応能力が不十分な場合、政府に対する訴訟は逆効果になりかねない。それでも、裁判手続きは、気候正義をめぐる長年の議論を提起し、責任を負う者に行動を起こさせるきっかけになる。

興味深いことに、最近の研究によると、こうした訴訟プロセスは、汚染者である炭素メジャー企業に訴訟後の市場株価下落などの財務リスクをもたらすことが判明した。

さらに、気候変動の議論における人権の認識をめぐる近年の進展によって、先行きは明るい。2022年6月、国連総会はを認める決議を採択し、2023年3月には、国際法に基づく気候行動の義務を確立する初めての試みとして、国家の説明責任と不作為の結果に関する国際司法裁判所(ICJ)の法的意見を求める、バヌアツ主導による別の国連決議が採択された。

国際的な法的ルールの確立は裁判官や各国政府に及ぼす影響が大きいため、こうした取り組みがすべての加盟国における気候行動に対するコミットメントの機運を高めることが期待される。気候の監視役としての市民社会の役割は、気候正義を追求する中で効果的な行動を最後まで貫徹する上で、基礎的なものであり続ける。

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この記事は最初にInter Press Serviceに掲載されたものです。Inter Press Serviceウェブサイトに掲載された記事はこちらからご覧ください。

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