近頃では、先進工業諸国の多くの人々が化石燃料の燃焼は大気汚染だけでなく地球温暖化の原因となることを知っていると言えるだろう。実際、「馬やラクダが高緯度北極に生息していた」鮮新世の時代以来、初めて、大気中の二酸化炭素量が400ppmを超えたという報告は、最近すぐさま知れ渡った。
世界人口が増加し、消費志向の経済成長を求める願望が広まる中で、こうした問題は複雑である。
開発途上諸国の生活条件を改善するためには、かつてはエネルギーを利用できなかった多くの人々に提供することは必須目標だ。高まるエネルギー需要の影響を緩和するため、国連は「利用しやすく、よりクリーンで効率的なエネルギー」へのアクセスの強化を目指す「すべての人のための持続可能なエネルギー」イニシアティブを創設した。
現代的でクリーンな持続可能エネルギーをすべての人に提供した場合、増加する世界のエネルギー需要は2030年時点でわずか1パーセント、二酸化炭素排出量は0.6パーセントだ。しかしそれと同時に、経済開発協力機構(OECD)の非加盟諸国における化石燃料の使用量が引き続き増加し、それに関連して世界の二酸化炭素排出量が増加するため、対処策が必要である。
現在の炭素への高まる懸念や諸外国からの圧力を受け、新興経済諸国は炭素排出について痛々しいほど意識している。しかし新興国の市民もエネルギーへのアクセスを確保しなければならない。中国では、急速な経済成長と急増するエネルギー消費によって温室効果ガス(GHG)と大気汚染物質の排出が増大した。その結果、中国は世界最大のCO2排出国となり、排出量削減は同国の最も重要な長期的政策に組み込まれることとなった。
それを受け、中国政府は炭素強度(国内総生産当たりのCO2排出量)の削減目標を2005年のレベルから40~50パーセント削減することとし、2020年までに非化石燃料による一次エネルギーの割合を15パーセントとする目標を掲げた。さらに6月18日、国内7地域での排出量取引制度のうち、1地域での取引を開始した。中国が市場メカニズムを使った排出量削減に取り組むのは、今回が初めてである。また、中国では大気汚染が大きな問題となっており、政府は特に主要都市における汚染対策を今後数年間の中心的な優先課題の1つとした。
世界や地域の環境にさらなる負荷を与えずに、都市における「すべての人のための持続可能なエネルギー」目標を達成する可能性を理解することは、「コベネフィット型都市開発」という国連大学高等研究所(UNU-IAS)のプロジェクト(日本の環境省の支援を受けている)の目的の1つだ。このプロジェクトは、気候変動と都市の開発目標の間にウィン・ウィンの状況を築く多様な可能性について考察している。
このプロジェクト活動の一環として、最近発表された論文は、中国のエネルギーおよび排出量の諸問題に重点を置いている。中国科学院瀋陽応用生態研究所が主導し、UNU-IASのジョゼ・プピン・デ・オリベイラ氏が共同執筆した論文だ。この論文の指摘によれば、炭素排出量を軽減し、大気の質を改善する活動にもかかわらず、経済資源が限られているために、炭素と大気汚染物質の両方の排出量を規制する施策が遅れている。こうした状況には、資源を効率的に利用して複数の環境問題を解決するアプローチが有効である。さまざまな研究によって、気候変動と大気の質に対して同時に対処することには有益な連鎖(コベネフィット)があることが明らかにされてきたが、これまでの研究では、認められたコベネフィットの経済的分析が欠落していた。
『Renewable Energy Journal(再生可能エネルギー)』誌で発表された論文は、上記の新しいアプローチを採用した。この研究では、中国最大の行政区である新疆ウイグル自治区での風力発電の利用によって削減されるCO2排出量と大気汚染物質および節水量を推定した。さらに研究チームは、新疆での風力発電の費用効果と経済的利益も分析した。新疆はすでに中国最大の風力発電基地である。
政治的なレトリックにおいては、気候変動、大気の質、エネルギー供給という問題の密接なつながりを認める発言が時にはあるかもしれないが、政策の相乗効果が欠如しており、上記の問題は実際には互いに競合することが多いと、執筆者らは指摘している。低炭素を目指すイニシアティブがもたらす複合的で広範囲に及ぶ恩恵について、政策立案者がさらに理解を深めなければならないと論じている。特に、気候変動の緩和策の利用が持つ戦略的長所を、エネルギーの持続可能性という社会の多面的目標に近づく起点として認識すべきだとしている。
中国はエネルギー安全保障を懸念しており、また気候変動によって再生可能エネルギーという選択肢の開発に重視せざるを得ない状況にある。今回の論文は政策立案者たちに、石炭火力発電ではなく風力発電によってCO2と大気汚染物質の排出削減や節水を図ることがいかに重要であるか、また全体的な経済コベネフィットは大きいことを明確に説明している。
新疆ウイグル自治区は中国の他の地域と同様に深刻な環境問題に苦しんでおり、燃料消費が激増したことが、論文で明らかにされた。同自治区のGDPは、2004年にはおよそ260億USドルだったが、2011年には1030億USドルに成長した。この成長は主に、石炭、原油、天然ガスといった中国西部に埋蔵する豊富な化石燃料の探査を進める中央政府の経済開発の刺激策によるものだと、論文は説明する。
研究チームは同地域の2001年から2010年までの燃料消費に関するデータに基づき、新疆の主要な経済活動、すなわち産業、暖房、火力発電の各部門から生じるCO2および大気汚染物質の排出量を計算した。研究で採用された対象は、二酸化硫黄(SO2)、酸化窒素(NOx)、吸入可能粒子(2.5マイクロメートルより小さな粒子状物質のPM2.5)だった。これらの大気汚染物質は中国の持続可能な開発に深刻な影響を及ぼすからだ。
風力発電によって削減されるCO2と大気汚染物質の両方の排出量に対して価格を設定するため、研究者たちは事例研究の風力発電プロジェクトの年間総費用も計算した。もう1つ、本研究で行われた主要な計算は、風力発電の利用で削減される排出量および節水量と、石炭を燃料とした発電との比較である(石炭火力発電で生じる年間燃料消費量に基づき、石炭によるCO2と大気汚染物質の排出要因と水消費量を計算した)。
本研究の目的は、風力発電の費用効果を算出することだった。まず風力発電プロジェクトの年間総費用を割り出し、大気汚染物質とCO2の量、あるいは使用される水の年間削減量で割り、石炭火力発電と比較した。
風力発電のコベネフィットを最終的に算出する前に、研究チームは石炭火力発電所からの排出を削減するために可能な選択肢を検討した。
第一に、中国は石炭火力発電所に硫黄分除去や除じんのシステムを設備する必要がある。しかし、硫黄分除去システムは硫黄酸化物の排出しか削減できないため、温室効果ガスや大気汚染物質に対処するためのエンド・オブ・パイプ技術を導入しなくてはならず、石炭火力発電所の運営企業に経済的負担をもたらす。
第二に、執筆者らは炭素回収および貯留(CCS)について言及している。現在、CCS技術を取り入れた石炭火力発電所は1カ所のみ(北京にある華能北京熱発電所)だとしている。この発電所は年間400万トンの二酸化炭素を排出しており、そのうちCCSシステムが回収するCO2排出量は0.075パーセントである。さらに、CCSシステムのエネルギー消費量は発電所のエネルギー総消費量の30パーセントを占める。(CCSに関する詳細は、UNU-IASの最近の論文をご覧ください)
また、二酸化炭素の注入後に生じる化学反応が原因で、CCS貯留地の保全上の問題が起きる可能性が複数の研究によって明らかにされている点を、論文は指摘している。執筆者らは、二酸化炭素の注入で貯留地の水が酸化すると、炭酸カルシウムなどの鉱物が溶解するため、透水性が高まる可能性があると説明している。その結果、二酸化炭素を豊富に含んだ水が貯留地から漏れ、飲み水に利用される帯水層を汚染する可能性があるとしている。
本研究では、CO2と大気汚染物質の排出量における累計削減総量(図1)と節水量(1116 x 10 4t)を検証した結果、風力発電はすべての要素において石炭火力発電よりも費用効果が高いことが明らかになった(図2)。
最後に、研究チームは風力発電の経済的コベネフィット(ECB)を分析した。風力発電を使って削減された排出量の費用効果(CE)に、CO2と大気汚染物質と水の年間削減量(ARA)を掛けて算出された。
支出を節約し、複合的な環境問題に同時に取り組む上で、このクリーンなエネルギー源が持つ可能性を明確に示すため、研究は2006~2010年に風力発電から生じた全体的な経済的コベネフィットが新疆のGDPの0.46パーセントを占めていたことを明らかにした。
論文は最後に、同地域での風力発電の状況について考察している。新疆ウイグル自治区は化石燃料の埋蔵量が豊富である一方、風力にも恵まれた土地である。風力発電に利用できる開発地域は約15万6000平方キロメートルの広さだ。2012年、1月から9月までの配電網向け電力生産は3.33テラワットアワー(TWh)だった。
もちろん風力発電には、エネルギー消費パターンや変動する風力条件に関連した典型的な課題がつきものである。風力タービンでの電力生産量の変化は、消費者の電力需要と必ずしも一致しない。つまり、風力タービンが大量の電力を生産した時に、消費者の需要が少ない場合もある。しかし本研究は、そのような問題への対応策はすでに新疆での発電に取り入れられていることを示唆している。
中国国家電網公司は、風力発電に関する国家基準の開発を進めている。2006年以来、最適な風力基準を維持するための20のガイドラインを発表してきた。ガイドラインには風力発電へのアクセス、労働スケジュール、ネットワーク監視などが含まれる。さらに風力発電の無駄を避けるために、地域的な送電網(400キロボルト)と大容量の送電網(400キロボルト超)が新疆で建設中である。The Electric Power of Xinjiang Company(新疆電力会社)も送電網の設置に投資しており、電力の無駄を抑制するために風力発電プロジェクトの実施前に風力発電を電力網に統合することに重点的に取り組む予定だ。
最後に、中国の全国的な電力網計画は非常に野心的なものである。執筆者らは中国国家電網公司が幾つかの配電網を建設予定であることを指摘している。例えば、哈密(ハミ)の南部から鄭州まで、哈密の北部から重慶市まで(中央政府が直轄)、Zhundong(准东)から四川省まで、新疆から中国の北西部まで、電力網を建設する予定だ。
実際のところ、この研究はブームを予見しているかもしれない。昨年9月に新疆で開催された中国亜欧博覧会では、数多くのクリーンエネルギー・プロジェクトの契約が結ばれたと報告されている。実際に、新疆のタービン製造メーカー(世界3位)のGoldwind Global(ゴールドウィンド・グローバル)社の部長は次のように語った。「2000年から2010年の間に、売り上げは毎年100パーセント増を記録しました」
つまり、新疆での風力発電の利用は、将来性があり、多方面に恩恵をもたらす事業となり得るのだ。
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本稿は『Renewable Energy Journal(再生可能エネルギー)』第57巻に掲載された論文を要約したものです。
「Co-benefits analysis on climate change and environmental effects of wind-power: A case study from Xinjiang, China(風力発電の気候変動および環境への影響に関するコベネフィット分析:中国、新疆からの事例研究)」と題された論文は、Zhixiao Ma氏、Bing Xue氏、Yong Geng氏、Wanxia Ren氏、藤田壮氏、Zilong Zhang氏、ジョゼ・A・プピン・デ・オリベイラ氏、デイヴィッド・A・ジャックス氏およびFengming Xi氏が執筆しました。
翻訳:髙﨑文子
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