ダニエル・ランテニュエ氏は映画製作を学んだ後、映画・テレビ業界で数年間働く。ドキュメンタリーを製作することが彼の写真家としての取組みにも大きく影響している。アフリカや、最近では東南アジアで活動する機会に恵まれ、現在はカナダのモントリオールでフリーランスのビデオ・写真撮影家として、また映像編集者として活躍している。
皮革の国際的需要の高まりで追い風を受け、バングラデシュの皮革産業が同国の年間輸出高に占める収入の割合はかなりの額に達している。2007-2008年度においては2億8,400万ドル。首都ダッカ管区のハザーリーバーグ県には約200の皮革加工工場がある。適正な技術と機械を用いているところもあるが、大部分の工場では何十年も前のやり方で操業しており、未処理の有毒化学廃棄物は住宅地付近に垂れ流されている。
ハザーリーバーグの街中を歩いてまず気づくのは、辺りに広がる製革薬品のひどく不快な臭いだ。環境省によると、皮革加工工場から未処理の液体有毒化学廃棄物が1日に22,000㎥排出されており、ハザーリーバーグの河川、道路脇の排水路や運河に流れ込んでいるだけでなく、毒素は地下水にまで染み込んでいる。
排出された有毒化学廃棄物は住宅地に色のついた水たまりや池となって現れ、皮革加工工場地帯で働き生活する20,000の人々に大きな被害を及ぼしている。その多くは慢性の呼吸器系障害や皮膚病で、鼻中隔を破壊してしまうケースさえある。
生皮の加工にはクロミウムや硫黄、マンガンなどの有毒な化学薬品が使われる。労働者は換気の悪い工場で酸や染料などに浸った皮を素手で取り扱う。明かりといえば、せいぜい壁のヒビや隙間から差し込む光ぐらいだ。
「何度か医者に行く羽目になった」とサノール・ラーマン氏は言う。皮を扱う化学エンジニアだが、なめし工場での仕事を辞めざるを得なかった。「私の働いた工場では換気装置がなく、汚染された空気を吸っていた。労働環境に不安があり、健康被害から逃れるため最近ハザーリーバーグを離れた」
ラーマン氏の不安は十分な根拠に基づいたものだ。この3月には化学薬品を吸入したことで労働者3名が死亡したばかり。ラーマン氏は教育を受けているので、別の土地でも仕事を探すことができ運が良かったといえる。しかし、この地域に住む大半の人々にとってはハザーリーバーグで働き生活していく以外他に選択肢が無いのだ。
「このような皮革加工工場の所有者は十分な教育を受けていない。そのため、工場での加工工程が環境を破壊していることを知らず、状況をよく理解していない」とラーマン氏は言う。
最終的に有毒排水は全て、ダッカのライフラインとされているブリガンガ川へと流れ込む。水浴び、洗濯、食べ物の水洗い、物資の輸送など、何千という人々が日々この川を頼りに生活している。ブリガンガ川の生物多様性は劇的に失われ、今日では川も黒く色を変えてしまった。
「汚染物質はブリガンガ川の酸素を使い尽くした。我々はこれを生物学的な死滅と呼んでいる。川はまるで汚水処理タンクのようなものだ」。世界銀行で環境及び水管理のスペシャリストを務めるカワジャ・ミンナトゥッラ氏は昨年ロイターのレポートにそう語った。
この問題に関する何十年にも渡る議論の末、皮革産業地区を移転するプロジェクトが2003年に発足した。移転先はダッカ北部の遠隔地、シャバール地区付近だ。移転後は全ての皮革加工工場がCentral Effluent Treatment Plant (CETP)(集中排水処理施設)を共有する。これはハザーリーバーグでこのような施設を建てる場所がないためだ。
ハサン・ハフムード環境森林相が1週間前、政府がいよいよCETP建設に乗り出したと公表した。しかし、国の最高裁判所が昨年、ハザーリーバーグの工場地帯閉鎖の命令を下した際に設定した当初の期限は守られなかったという経緯もあり、最近になって延長された最終期限に移転プロジェクトが間に合わない可能性は十分にある。
このプロジェクトが停滞した要因は、補償基金をめぐる官僚間の対立と処理施設建設に誰が資金を投じるのかという議論にある。当初、施設建設の費用は政府が負担する内容の合意覚書が政府と製革組合との間で取り交わされた。その後再検討がなされ、製革組合が20年間でかかった費用の返済をするという条項を政府が追加した。現在、ディリップ・バルア産業相は85%の費用負担をオファーしており、残りを工場側が支払うよう求めている。
1997年に制定されたバングラデシュのEnvironment Conservation Rule(環境保護規定)には、各産業単位で排水処理施設を設けなければ、電力またはガス供給を受けられないものとする、と明記されている。このような法律が施行されれば、ブリガンガ川の状態、住民の健康や安全向上に大きく寄与するものとなる。
2010年1月にはブリガンガの川床清掃に向けた取り組みが始まった。ブリガンガ清掃プロジェクトでは10~12フィートに及ぶ川床の汚泥掘削が3kmに渡って行われ、2011年6月まで続く見込みである。しかし川清掃のための断続的な努力も十分ではない。なぜなら、プロジェクトでは毎月1,000トンの汚泥除去を目標とする一方で、皮革工場からは25,000トンの未処理廃水と40,000トンの有毒化学物質がブリガンガ川に毎日流れ続けるからである。
公的圧力やメディアに取り上げられることは効果的かもしれない。ダッカのデイリースター新聞の報道を受けた最高裁判所は、政府がブリガンガ川土手に警察を派遣し川への汚水廃棄を取り締まることを希望すると先週発表した。
もちろん専門家は行動を求めている。International University of Business Agriculture and Technology(ビジネス・農業・技術国際大学)で持続可能性教育プログラムを指導するモハメッド・アタウル・ラーマン博士は、“水をとりまく危機の増大を軽減する方策”が至急必要である、と主張している。
様々な課題に対して政府がつける優先順位には問題があり、またこれまでの環境規制施行の失敗にも関わらず、いまだ将来を楽観視している人もいる。ラーマン氏は、答えは教育にあると考える。
「化学汚染が環境に与える長期的影響を理解するのは教育を受けた人々であり、大学の学位を持っている人々である。そういった人々が将来、よりクリーンな手段を講じ、環境政策を実行する最善の立場に身を置く存在なのだ」
また、バングラデシュの製革産業を一掃し、より持続可能なものにすることができると信じている人もいる。
だから、ブリガンガ川のために、そしてこの川を頼りにする生態系とハザーリーバーグの人々の健康のために、全バングラデシュ国民と彼らに共感する国際社会のメンバーは、必要な法律の確実な施行と、包括的な政府の政策が徹底的かつ迅速に遂行されるよう強く求めてゆくべきなのである。
本当の水の色は何と言っても、生命をはぐくむ清らかな色でなければいけないのだ。
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全ての写真はダニエル・ランテニュエ氏の作品であり、著作権はクリエイティブ・コモンズの表示-非営利-改変禁止3.0バージョンライセンスに基づく。
翻訳:浜井華子
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