気候科学をオンラインで議論する

ジェームズ・ハンセン氏による2009年の著作『Storms of my grandchildren(地球温暖化との闘い-すべては未来の子どもたちのために)』には、政策立案者に気候問題の深刻さを理解させ、大衆の意識を向上させるべく取り組んできた経験がつづられている。NASAでの華々しい経歴において、彼は常に確固たる科学研究を中心に据えており、科学的出版物においても多大な業績を残している。だが、それだけには留まらなかった。

この10年間、ハンセン氏はあらゆる手段を用いながら、大衆に気候変動に対する緊急対策の必要性を訴え続けている。現在はコロンビア大学の非常勤講師を務め、学術刊行物、プレゼンテーション、論文、オーディオ、ビデオをウェブサイトで公開している。インターネット上でデジタルに結ばれた世界を最大限活用しているのだ。

ハンセン氏は、科学は「動的に」(新たなデータに基づき、即興で)進化するものであり、チームと共に「気候変動がどう進んでいるのか、それに対する国際的な対策が、気候に影響を及ぼす様々な強制力や将来の気候変動への影響という点で有効なのか、否かを理解してもらうため」常にグラフをアップデートすることが極めて重要だと考えている。

広い視野で

科学研究のあらゆる分野での情報伝達方法は、インターネットとソーシャルメディアの影響力が増すにつれ様変わりしつつある。大学や研究者は研究成果をより多くの人々に知ってもらう最適な方法を探り、こういった新たな手段を有効に活用しようとしている。

インターネットによって人々がオンラインの情報をインタラクティブに利用できるようになり、明らかに科学研究の情報共有方法は変わった。推定で20億人がオンラインでつながっており、インターネット浸透率 は北米ではなんと78%、ヨーロッパでは60%にもなり、今や、通信と知識の交換は他のどのメディアよりインターネットが中心になっている(英国の市場調査企業TNSのDigital Life surveyによると、最近テレビを抜いた)。

この現象の一例としてYouTube のようなポータルが娯楽的な側面以外に、教育的価値を持つようになったことが挙げられる。ビデオをオンラインで公開する大学の数も増加している。

分野によって、特に極めて専門的な科学分野においては、研究者は今後も研究の成果をピアレビュー(研究仲間や同分野の専門家による査読)のある科学誌上で研究者仲間や機関内のみに公開する方法を取り続けるだろう。ユーゴ・バルディ氏が述べているように 「科学者にとっては、論文は後にキャリアアップ、助成金、大学での地位などを得るための単位のようなものだ。端的に言えば、『お金』である。科学的刊行物は科学通貨の『銀行』として機能している」

しかし、気候変動のような差し迫った国際的問題に関して言えば、科学者がピアレビュー誌だけに論文を発表し、他の誰もがつながっている社会から、自分たちだけを蚊帳の外においていれば、より効率的に多くの人々に研究内容を知ってもらうことは難しい。学術出版社が科学的知識を支払い能力のある者だけに限定していれば、さらにその傾向は強まる。

読者層を限定したピアレビュー誌の目的は、科学的クオリティを維持し、専門的研究成果を研究仲間と共有することにある。一方、一般にインターネットで情報を公開する目的は広範囲での議論を促し、研究のフィードバックを得ることである。読者限定型もオープンアクセス型も有効な方法であり、共存することは可能なはずだ。だが、いずれかを低くみなすべきではない。大切なのは、気候学者が専門誌だけに限定せず、他の手段でも大衆に対して情報を伝えていくことだ。

新たな情報伝達における懸念

テレビや出版といったメディアに比べ、インターネットでは、何が面白く、何が面白くないかを決定する編集者がいないのが利点である。そしてオープンアクセスの原則がオンライン上で守られれば、インターネットは科学研究の成果を社会全体で広く共有するための素晴らしい場となる。

大学は、研究と専門的知識をインターネットを利用した新たな方法で共有するようになってきた。その好例はエール大学林学環境スクールのEnvironment 360というオンラインマガジンだ。これは、フェイスブックやツイッターといったオンラインコミュニティでも支持されており、記事に対して読者もコメントできる。

大学がWeb 2.0テクノロジーなどを利用し、インターネット活用の取り組みを強化しているのも当然だろう(Web 2.0にはユーザーによるコメント、タグ、評価など「強力な社会的コンポーネント」が含まれる)。

大学が研究・情報の公開や情報共有をインターネットベースに移行する際には、インターフェイスデザインや検索エンジン最適化(SEO)などの技術が必要である。国連大学のウェブマガジン「Our World 2.0」を公開するにあたって編集者が学んだのは、読者の注目を引き、興味を持ち続けてもらうには、デザイン、ブランド設定、視覚情報(適切な写真を選ぶなど)が記事の内容と同じくらい大切だということだ。

多くのオンラインマガジン(「Our World 2.0」を含む)の実験的アプローチの中でベースとなる重要な要素として、記事や映像に関するクリエイティブ・コモンズのライセンスがある。クリエイティブ・コモンズとは、デフォルト設定の「不許複製・禁無断転載」ではなく、コンテンツ作成者がその使用制限を設定できる著作権の合法的システムのことだ。大学が選ぶ科学ライセンスの条件次第で、一定の著作権条件にさえ従えば、他のウェブサイト、ブログ、ニュースはその記事を転載してもかまわない。

この目的は、必ずしも似た思考を持つ人々だけではない新たな読者に大学の研究成果を読んでもらうことにある。クリエイティブ・コモンズの長所は、他のウェブサイト製作者たちがあなたのコンテンツの素晴らしさを彼ら自身で見いだすので、大学は読者を惹き付けるために、お金や人をたくさん投入したオンラインプロモーションだけに頼る必要がないことだ(もちろん賢明なプロモーション戦略も有効ではあるが)。

乗り越えるべき課題

私たちの経験で、研究者たちからよく聞いた懸念は「Our World 2.0」で論文を発表したところで、通常、大学がおこなう学部の業績評価や、大学での役職に最適な候補者を選考する際の、学術的功績として認めてもらえない点だ。しかし、オンラインマガジンに短めで読みやすい記事を載せて、元々のピアレビュー論文をPDFで添付するなどすれば読者数を増やすことができるだろう。

専門家が指摘する第二の問題は質に関してだ。ピアレビュー学術専門誌は一定の質を保証するもので、公的に認められたものといえる。専門家による査読自体、様々な問題点はあるものの、 厳しい編集ポリシーがあれば質を保つ効果はあり、有識者が記事の内容にコメントをしたり誤りを指摘したりもできる(誤りはオンライン上で即座に修正可能)。確かにこのやり方は多くの学術誌ほど信頼性が高いとはいえず、問題点もある。特に専門的知識が必要とされている場合はそうだ。

学術界への警鐘として、ジェローム・ラベッツ氏は「Nature」の最新記事で学術的著作権と協調という従来のモデルはデジタル時代において様変わりしつつあると述べる。学術誌は唯一の門番としての地位(質の保証、所有権認定、情報伝達と文書保管媒体)を失いつつあり、「資料の共有、質の評価、不適切なものの排除を行う他の媒体が現れてきており、……質の保証に関する独占状態には改善が望まれる」

研究者の中には、自分の研究をオンラインでより広く一般に公開することや、不当で攻撃的な批判にさらされることを不快に感じ、ピアレビューによって再検討、改訂する時間がたっぷりある(細かいミスで恥をかかなくてすむ)クッションを置いた状態を好む人もいる。一方で、書いたものに即座に反応があることを歓迎し、その分野の専門家とはいえなくても関心を持つ人々に自分の考えをぶつけ、磨くための好機と考える研究者もいる。

もちろん、クリエイティブ・コモンズシステムを採用するピアレビュー誌(例えばCanadian Center of Science and Education〈カナダ科学教育センター〉のジャーナルなど)の数も、今後急増する可能性がある。

研究内容公開にあたっての第三の問題点は、映像やポッドキャストの使用についてだ。これまでの研究を学術誌中心に行ってきた人なら、映像を使用することには嫌悪感や抵抗があるかもしれない。特にYouTubeなどでは、自分の研究が「箱の中のかわいい子ネコ」などの映像と競うことになるのだから。確かに講義形式で話をするだけの映像は、必ずしも関心を引きつけるとは言いがたいが、正義に関する専門家、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授のような天才的教育者の場合は大好評で、YouTube上の映像ごとに約230万回の閲覧がある。

さらに問題の核心となるところだが、専門家らが挙げる第四の問題点は、影響力をどのように測るかという点だ。研究によって社会(国連大学やその他憲章が好む表現を使えば「一般大衆」)に影響を与えようとすれば、最も広く情報を届けられるテレビ、ラジオ、新聞の利用が一般的だ。

だがデジタル時代の到来により、インターネットは誰もが利用でき、即座に反応できる媒体となりつつある。もし自分の研究がBBC、ザ・タイムズ・オブ・インディア、ル・モンド紙で取上げられれば、それは肯定的な評価だとみなしてよい。だがYouTubeで200万回の閲覧があったとしても、確信は持てない。YouTubeを閲覧する人々がどんな層か特定しづらいからだ。

それでも、このような考え方は変わりつつある。インターネットの特長は直接的な反応を得られることだ。学術機関、科学機関が望みさえすれば、オンラインの記事にあるコメント欄を使って、研究に関する会話をすることは可能であり、誰もが閲覧できる。そういった会話が常に冷静さを保ったものであるとはいえないし管理も簡単ではないが、正しい哲学とコミュニティ作りの戦略をもってすれば、可能なことだ。

インターネットがさらに進化すれば、科学の情報の伝達手段も徐々に変化し、科学者は真空状態の中で働くわけにはいかなくなる。研究者仲間だけではなく、一般大衆に対しても、よりオープンで透明性の高い伝達方法が求められている。

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この記事はシュプリンガー出版局から出版予定の『Geoscience Research and Education』(Vincent Tong編集)の一章「Communicating scientific research through the web and social media: Experience of the United Nations University with the Our World 2.0 web magazine(ウェブとソーシャルメディアを利用した科学研究の情報共有:国際連合大学のウェブマガジンOur World 2.0の場合)」 を要約し、多少変更を加えたものである。

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気候科学を
オンラインで議論する
by ブレンダン・バレット, マーク・ノタラス and キャロル・スミス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

ブレンダン・バレット

ロイヤルメルボルン工科大学

ブレンダン・バレットは、東京にある国連大学サステイナビリティ高等研究所の客員研究員であり、ロイヤルメルボルン工科大学 (RMIT) の特別研究員である。民間部門、大学・研究機関、国際機関での職歴がある。ウェブと情報テクノロジーを駆使し、環境と人間安全保障の問題に関する情報伝達や講義、また研究をおこなっている。RMITに加わる前は、国連機関である国連環境計画と国連大学で、約20年にわたり勤務した。

マーク・ノタラスは2009年~2012年まで国連大学メディアセンターのOur World 2.0 のライター兼編集者であり、また国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の研究員であった。オーストラリア国立大学とオスロのPeace Research Institute (PRIO) にて国際関係学(平和紛争分野を専攻)の修士号を取得し、2013年にはバンコクのChulalpngkorn 大学にてロータリーの平和フェローシップを修了している。現在彼は東ティモールのNGOでコミュニティーで行う農業や紛争解決のプロジェクトのアドバイザーとして活躍している。

キャロル・スミスは環境保護に強い関心を寄せるジャーナリスト。グローバル規模の問題に公平かつ持続可能なソリューションを探るうえでより多くの人たちに参加してもらうには、入手しやすい方法で前向きに情報を示すことがカギになると考えている。カナダ、モントリオール出身のキャロルは東京在住中の2008年に国連大学メディアセンターの一員となり、現在はカナダのバンクーバーから引き続き同センターの業務に協力している。