レジリエンスと多機能性を持つ持続可能なランドスケープの保全

この記事は、「国連大学と知るSDGs」キャンペーンの一環として取り上げられた記事の一つです。17の目標すべてが互いにつながっている持続可能な開発目標(SDGs)。国連大学の研究分野は、他に類を見ないほど幅広く、SDGsのすべての範囲を網羅しています。世界中から集まった400人以上の研究者が、180を超える数のプロジェクトに従事し、SDGsに関連する研究を進めています。

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「保全とは、人と土地との調和を意味します」アメリカの著名な環境問題研究家、アルド・レオポルド氏はこう述べ、土地の利用と保全の微妙なバランスが保たれれば、調和に基づく自然と人間の共存は可能であるとの自らの考えを示した。「土地はその所有者のおかげで豊かになり、所有者はその土地のおかげで豊かな暮らしを手に入れられるということ、すなわち両者が互いのパートナーシップから恩恵を被ること、それが保全です」

したがって、人と自然の調和のとれた関係を維持するためには、人間が自然の適切な活用を通じて自然の保全に関わり続ける必要がある。これは持続可能な社会の発展に欠かせない要素である。このことは、人間が生活に必要な食料、木材、燃料、およびその他の物品やサービスの生産のために自然と直接的に関わる場所において、とくに重要である。

経済的な活力は人間が土地を維持管理するための強い動機となるが、生態学的レジリエンスや文化的価値観、精神性もまた、農村コミュニティの生活基盤と福利の維持において同様に重要な役割を果たすということが研究によって明らかになっている。これを踏まえて、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)は、人と自然の調和のとれた関係の重要性について理解することを目的とした2つのイニシアティブに取り組んでいる。

出発点は異なるが、目指すものは同じ

世界重要農業遺産システム(GIAHS)パートナーシップ・イニシアティブは、2002年にヨハネスブルグで開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議で国連食糧農業機関(FAO)により立ち上げられた。国連大学はGIAHSイニシアティブの設立時からのパートナーであり、GIAHSのコンセプトを広めるべく、FAOと緊密に協力し、アジアとアフリカの多くの国々にGIAHSサイトの認定と保全について技術的な助言を提供してきた。日本の農業遺産システムの評価手法を開発した「農文化システム」研究プロジェクト(2012年から2015年にかけて実施)は、この領域における国連大学の活動の一例である。

FAOの定義によると、GIAHSは「コミュニティとその環境及び持続可能な発展のためのニーズと願望との共適応から進化した、世界的に重要な生物多様性の豊富な卓越した土地利用システム及び景観」とされている。

農業に組み込まれている社会的・文化的側面(agriculture(農業)は、agri(農)とculture(文化)からきている)は農業そのものの持続可能性にとって欠かせない要素である、とFAOは考えている。近年の農業技術と農法の進歩によって農業生産性が著しく高まったことは間違いない。しかしGIAHSイニシアティブでは、何世紀にもわたる先祖の努力と在来知識によって培われてきた伝統的な農文化システムがもたらす数多くの恩恵を高く評価する。これらのシステムは、単に卓越した農業ランドスケープを作り上げ、世界的に重要な農業生物多様性を保護し、回復力に富む生態系を維持するだけでなく、何よりもまず、さまざまな物品やサービスの持続的な供給に貢献し、何百万人もの貧しい人々や小規模農家の食料と生活基盤の保障を高めることができる。

こうした独創的な農文化システムに再び注目を集めると同時に、農村コミュニティに自らの持つ遺産の価値を再確認して誇りを持ってもらいたいという思いから、GIAHSのコンセプトが生まれた。このイニシアティブでは、GIAHSを認定することにより、認定地域の動的な保護と適応管理を通じて得られる世界・国・地域レベルの恩恵を強化すること、また、これらのかけがえのない農文化システムを次世代へと確実に受け継いでいくことを目指している。

これまでに世界全体で36地域のGIAHSが認定され、伝統的な農業システムの理解と保全が精力的に進められてきた。例えば、国連大学のいしかわ・かなざわオペレーティング・ユニットは、地元住民の積極的な関与を得て、GIAHSに認定された「能登の里山里海」の価値の再検証に取り組んでいる。この地域は、コミュニティの強い社会的絆と文化的アイデンティティによってはぐくまれた伝統農法を基盤とする持続可能な生活様式が評価され、GIAHSに認定された。

過剰な開発は生物多様性に悪影響を及ぼすが、人間の関与が習慣となっているランドスケープでは、人間活動の減少も同じく悪影響をもたらしうる。

GIAHSイニシアティブが伝統的農業とこれに関連する在来知識を守るために立ち上げられたのに対し、SATOYAMAイニシアティブは、日本において、生物多様性と環境の保全の文脈において、UNU-IASと環境省によって設立された。研究者たちは、「里山」と呼ばれる伝統的な農業ランドスケープでは、伝統的な農業慣行と自然資源の管理によって、さまざまな生物種のユニークで多様な生息環境が構築されているということに気が付いた。その結果、過剰な開発は生物多様性に悪影響を及ぼすが、人間の関与が習慣となっているランドスケープにおいては、人間活動の減少も同じく悪影響をもたらしうるという認識が広まった。

2006年から2010年にかけて実施された日本の里山・里海評価では、ミレニアム生態系評価の枠組みが適用され、より総合的な観点から里山ランドスケープの考察が行われた。この枠組みでは、 以下4つの生態系サービス(すなわち、これらランドスケープの性質)が特定された。それには「供給」「調整」「文化」といった人間にもたらす恩恵サービス、ならびにそれら全ての生態系サービスの生成に必要な「基盤」サービスが含まれる。この多機能性は、里山ランドスケープがかつて農地利用システムを通じて互いに強く結びついていた森林、耕地、集落、ため池、用水路からなる複合生態系(モザイク構造)であるという事実とともに、里山ランドスケープの重要な特徴として認識されている。

SATOYAMAイニシアティブは、世界中の同じような農文化ランドスケープが同じような課題に直面しているという事実をふまえ、SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)を通じてその活動を世界的に拡大してきた。IPSIは、こうしたランドスケープについて、人間と自然の双方における重要性について理解を深めること、世界各地で持続可能な管理を推進することを目的に、2010年、生物多様性条約第10回締約国会議(COP 10)において発足した。以来、UNU-IASは、IPSI事務局として184のメンバー間のパートナーシップ構築を支援するとともに、一メンバー団体として、メンバーの活動のケーススタディ分析、レジリエンス指標、および東北の被災地における農村再生など、さまざまな活動に関与している。

Noto Island, Japan

GIAHSサイトに認定された能登半島の社会生態学的生産ランドスケープ・シースケープ(SEPLS)。Photo: Evonne Yiu/UNU.

社会生態学的生産ランドスケープ・シースケープ(SEPLS)とは、「日本の里山・里海評価」の議論から生まれた言葉であり、その意味は「生育・生息地と土地利用の動的モザイクであり、人間と自然の相互作用によって生物多様性が維持されていると同時に、人々は暮らし、生命の維持や福利に必要なモノやサービスを持続的に享受している」場所である。この言葉は、SEPLSの生物多様性と生態系サービスの維持における生態学的側面、経済的側面(農業生産や生活基盤の構築)、社会的側面(文化、伝統的知識、土地保有など)の重要性をはっきりと示している。

しかし、概念的背景は異なるものの、GIAHSイニシアティブとSATOYAMAイニシアティブは、どちらも第一次産業生産の基盤となる自然への人間の関与を重視しているという点で同じである。農業が環境に与える影響はプラス面よりもマイナス面の方が大きいと思われがちだが、農業は、持続可能な方法で実践されれば、健全な生態系の維持と生物多様性の保全に貢献することができる。

「リビング ヘリテージ(生きている遺産)」という言葉からもわかる通り、人間と自然の調和のとれた関係は時と場所によって違った形をとる。

例えば、佐渡島の農家は、野生のトキ(Nipponia nippon)の再生を助けるために、2008年に全島規模で環境にやさしい農業慣行を導入した。その一環として、人工繁殖された絶滅危惧種のトキを野生に返せるよう、化学肥料の使用量を半分に減らし、採餌場所を確保するために水田の周りにビオトープを造成した。こうした取り組みのかいもあって、これまでに200羽以上の人工繁殖されたトキが野生に返り、農家たちは「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」のもとで米を販売してより多くの収入を得ることができた。

さらに、このような人と自然の調和のとれた関係についての基本的な認識のなかに、GIAHSイニシアティブとSATOYAMAイニシアティブの別の共通点が垣間見える。それは、食料生産のためのランドスケープを保全して生物多様性を維持し、文化的・精神的恩恵を強化し、回復力のある生態系を構築することにより、地域コミュニティの生活基盤の保証と福利に貢献しているという点である。

もう1つの共通点は、どちらもさまざまな種類のランドスケープの動的な性質を認識しているという点である。人間と自然の調和のとれた関係は時と場所によって違った形をとる。このことは、GIAHS認定地域の動的な環境保全アプローチにおいて用いられる「リビング ヘリテージ(生きている遺産)」という言葉や、伝統的な生態学的知識と現代科学を融合させて革新的な管理を行おうとする、SATOYAMAイニシアティブのアプローチにも反映されている。

「選りすぐり」か「より広く」か?

とはいえ、これら2つのイニシアティブは、それぞれ違った方法で各自の目的達成を目指している。GIAHSイニシアティブは、今後他の地域で大きな変化が起こって従来型の農法が破たんした場合に参考となるような伝統的慣行と貴重な遺伝資源を守るために、次世代に伝えるべき卓越した農業システムを特定する。したがって、GIAHS地域の選定は、食料安全保障と生活基盤、生物多様性、伝統的知識、農業、および優れた景観など、特定の基準に従って行われる。

GIAHSイニシアティブでは、持続可能な農業生産を通じて生活基盤を守ることにより得られる経済活動に重点が置かれている。GIAHS認定は独占的なステータスを持っており、GIAHS認定地域は、付加価値の高い農産物のマーケティングとブランディングにそのステータスを利用することができると同時に、観光業を振興し、誇りと自信を得ることができる。

他方、SATOYAMAイニシアティブは、そのコンセプトと活動をできるだけ広範に推進するために包摂的なアプローチを採っており、その参加基準は比較的緩やかである。SATOYAMAイニシアティブのビジョンである「自然と調和した社会の維持」を願う団体であれば、必ずしも卓越した価値を持つ分野で活動していなくともメンバーになることができる。

IPSIでは、異なる場所で行われる大小さまざまな取り組みを組み合わせることで、より大きな前進が可能になると考えている。メンバーの活動分野、専門知識、方法論もさまざまである。例えば、IPSIメンバーの多くは現場で地域コミュニティと協力しながら活動にあたっているが、政策立案、普及啓発、財政支援を通じて貢献しているメンバーもある。SATOYAMAイニシアティブのコンセプトは、メンバーそれぞれの活動の中に、それぞれの方法で組み込むことができる。

アプローチの違いは、各イニシアティブにおけるメンバー制度の違いにも表れている。GIAHSイニシアティブは、サイトとシステムを基盤とするイニシアティブである。各GIAHS認定地域にはさまざまな種類の主体がかかわっているが、認定の対象となる基本単位は農文化遺産システムであり、GIAHSの保全に対するコミットメントを確保して責任の所在を明らかにするため、GIAHSのメンバーシップは主として地方自治体に与えられる。

これに対して、IPSIのメンバーは、各自の活動、または他組織との共同活動を行う組織である。IPSIのメンバー組織の種類には、国家政府や地方自治体、NGO、学術機関、原住民・地域コミュニティ、民間企業などが含まれる。同じ地域に属する組織間での協力も有益だが、活動場所にかかわらず、メンバー同士の動的かつ柔軟な協力を進めることが可能であり、各メンバーが有する専門知識や資源を補い合い、相乗効果を生むことができる。

力を合わせて

UNU-IASは、これら2つのイニシアティブのコンセプトを融合させて、3年間の研究プロジェクト「農村地域内外の多様な主体の連携による生物多様性の保全・活用活動のモニタリング・評価手法の開発」を立ち上げた。その目的は、日本のSEPLSにおける生物多様性の保全と持続可能な活用を目指す活動の定期的なモニタリングと評価を行うため、成果を重視した総合的な手法を開発することである。

両イニシアティブは、農業と生物多様性という、相反すると思われがちな背景から生まれたものの、ともに「農業と環境は相互に関係しあっており、互いにとって不可欠なものである」という基本的な前提に基づいている。どちらも、レジリエントで(回復力のある)多機能なランドスケープを再構築し、維持することにより、持続可能な開発の達成を目指している。

このため、両イニシアティブは、社会生態学的生産ランドスケープの持続可能な管理における人間と自然との関わりの重要性についての理解を広めることを目的として、ネットワークを構築している。アプローチは異なるものの、どちらも、官民のさまざまな組織や機関のステークホルダーからなる包括的なネットワークを作り、各自のランドスケープ・シースケープの環境と貴重な伝統的農業システムの保全に努めるべく、力を合わせている。

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レジリエンスと多機能性を持つ持続可能なランドスケープの保全 by 市川 薫 and イヴォーン・ユー is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.

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著者

市川薫氏は国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)のリサーチフェローであり、SATOYAMAイニシアティブの研究要員である。

シンガポール出身で、現在は国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(OUIK)の研究員。里山と里海の社会経済的な相互関係や、生態系サービスと生物多様性保全との関連について関心をもつ。

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