国連大学国際グローバルヘルス研究所(クアラルンプール)の副所長であり、シニア・リサーチ・フェロー兼グローバルヘルスガバナンス部門長も務めている。
西アフリカでエボラ出血熱が猛威を振るうなか、新興感染症や再興感染症に立ち向かうための国際的連携が急務であることが浮き彫りになっている。世界保健機関(WHO)の報告によると、ギニア、シエラレオネ、リベリアを中心に広がりつつあるこのウイルスは、感染国ですでに1,000人以上の命を奪っている。
エボラ出血熱は非常に恐ろしい病気である。致死率は約70%で、治療法もワクチンもない。ウイルスは感染者の体液、臓器、または汚染された環境との接触により伝播する。初期症状は発熱、筋肉痛、頭痛、倦怠感などで、次いで嘔吐が生じ、その後内部出血、臓器不全、および目や耳や口からの外部出血に至る。
ギニア、シエラレオネ、リベリアは貧困国であるだけでなく「紛争後の国」であり、公衆衛生のインフラも、ガバナンスも、公的機関も未発達な状態にある。数週間前には、シエラレオネ唯一のウイルス性出血熱の専門家である39歳のシーク・ウマル・カーン博士が、エボラウイルスに感染した100人を超える患者の治療にあたった後、自らも感染して死亡した。過去に発生した他の流行病と同様、人々の国境を超えた頻繁な往来がウイルス蔓延の主な要因となっている。
1億5,000万人超とアフリカで最も人口の多い国ナイジェリアでも、国内初の感染可能性例が報告された。感染者は40歳のリベリア人、パトリック・ソイヤーさんで、7月20日に飛行機でリベリアのモンロビアからトーゴのロメを経由してナイジェリアのラゴスに到着した。
WHOの情報によると、ソイヤーさんは「移動中に発症し、到着後直ちに民間病院に収容されたが、7月25日にラゴスで死亡した」とのことである。
ラゴス大学教育病院でサンプルの予備的臨床検査を行ったところ、エボラウイルス陽性という結果が出た。ナイジェリアのオニェブチ・チュク保健大臣は、これまでに国内で確認されたエボラ出血熱による死亡者5人がいずれもソイヤーさんと接触していたことを発表した。ソイヤーさんの治療にあたった医療チームの一員で上級顧問医師のアメヨ・ステラ・アダデボフ博士もその1人である。西アフリカにおけるエボラ出血熱の急激な蔓延を受けて、WHOは8月8日、国際的な緊急事態、すなわち国際的な保健リスクを構成する非常事態を宣言した。
西アフリカのエボラ危機は、もはやギニア、シエラレオネ、リベリア、ナイジェリアだけの問題ではない。今や16の国家と推定3億5,000万人の人口を擁する西アフリカ諸国経済共同体の全域が危機にさらされている。
また、西アフリカのこれら3カ国の貧困国では、(とくに米国から)数多くの海外援助スタッフが派遣され活動していることを考えると、全世界がリスクにさらされているといえる。米国のある救援団体は、先月リベリアでエボラウイルスに感染した2名のスタッフを帰還させた。(先週、この2名の患者はどちらもアトランタのエモリー大学病院を退院した。2人ともエボラウイルスから回復し、家族のもとへ戻ることを許可されたとのことである。)
米国平和部隊の数百人のボランティアはすでに感染国から退避している。人々が飛行機で盛んに行き来するため、エボラの新たな症例が次にどこで確認されるのか、正確に予測することは極めて難しい。
大抵の感染症発生時と同じく、今回も多くの国が西アフリカのエボラ出血熱の流行から自国の国境を守るための措置を発表した。感染国からの渡航者に対してエボラ出血熱の症状がないかどうかを調べるスクリーニングが、世界中の国際空港で強化されている。米国疾病管理予防センター(CDC)は、米国民に対する渡航注意勧告をレベル3に引き上げ、ギニア、リベリア、シエラレオネへの不必要な旅行を自粛するよう求めている。
ナイジェリアの航空会社アリクエアは、追って通知があるまでシエラレオネ、ギニア、リベリアへのすべてのフライトをキャンセルすると発表した。ブリティッシュ・エアウェイズは、8月末までシエラレオネとリベリアへの往復便の運航を中止することを決定した。サウジアラビアは、感染国から来た人たちのメッカ巡礼を禁止する措置を検討しているという。また、ケニアでは今までのところエボラ出血熱の症例は1件も報告されていないにもかかわらず、大韓航空は予防的措置として、アフリカの国際旅行拠点のひとつである同国の首都ナイロビへのすべての定期便を中止している。
こうした措置の中には理にかなったものもあるだろうが、科学的根拠に欠ける行き過ぎた措置もみられる。エボラウイルスの潜伏期間が2日から21日だとすれば、空港での強制検査によって到着した乗客の中に感染者を発見できる可能性は低く、この措置は費用がかかる割に実用的価値がほとんどないといえる。
CDCのトム・フリーデン所長によると、「これは歴史上最大かつ最も複雑なエボラ発生」であり、WHOのマーガレット・チャン事務局長は、エボラウイルスの拡散のスピードは封じ込め努力の進行スピードを上回っていると指摘する。
感染拡大を食い止めるために、感染国はすべての関連する主体や機関からの技術面・財政面・ロジスティックス面における緊急支援を必要としている。世界銀行は、西アフリカにおけるエボラ感染拡大との闘いを支援するため、最大2億米ドルの緊急資金拠出を約束した。WHO事務局長と西アフリカのエボラ感染国の大統領たちは、この疾病をコントロールするための国際的・地域的・全国的キャンペーンの一環として、1億米ドル相当の共同対応計画を新たに立ち上げた。
感染国に対するあらゆる形態の技術援助を効果的に調整することが急務である。国際保健活動の監督・調整機関としての役割を担うことを憲章により委任されているWHOは、CDCなどの関連する国の保健機関や、国境なき医師団などの非政府組織と協力して、この取り組みを主導しなければならない。
公衆衛生や疫学に関する既知のあらゆる原則や慣行(症例の早期発見のためのサーベイランス、感染者の隔離、正しい予防慣行に関する一般の人々の啓発、既知のデータの共有)を採用する際、すべての国々、とくに西アフリカ地域の国々が公衆の保健上の目的に沿わない行き過ぎた措置を講じることのないように注意を促すことが重要である。WHOの国際保健規則(IHR 2005)では、「国際交通及び取引に対する不要な阻害を回避し、公衆の保健上の危険に応じた制限的な仕方で、疾病の国際的拡大に対応するための公衆保健対策」を講じるよう定められている。
翻訳:日本コンベンションサービス
本記事は、The Japan Timesで最初に公表されたものであり、許可を得て再掲しています。
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