クリエイティブな発想で伝える
淡水生物多様性

世界水の日は淡水系の重要性や水資源の持続可能な管理の推進に世界的な関心を集めるために、毎年3月22日と制定されている。国際連合は今年のテーマを「水と都市化」とし、「都市部での水と衛生管理に関する問題と可能性に国際的な関心を集めること」を目指した。

世界水の日の資料には、淡水生物多様性に関する明確な言及はない。しかし健全な淡水生態系は多くの重要な生態系サービスを供給しており、その1つが清潔な飲み水だ。淡水生物多様性に関する問題は、環境活動や政策立案の場面でしばしば見過ごされている。

欧州連合のプロジェクトであるBioFresh(バイオフレッシュ)は、科学者と生態系管理者のための世界的な情報プラットホームの創造を通じて、政策の枠組みに淡水生物多様性を盛り込むことを目指している。このプロジェクトは世界の淡水生物多様性の分布、状態、傾向に関するあらゆるデータベースへのアクセスを可能にする。

バイオフレッシュのアプローチは淡水生物多様性の重要性を伝える革新的な方法を試みるために、政策ネットワークの概念や新しい技術、サイエンス・コミュニケーションにおける新たな傾向を取り入れている。バイオフレッシュのブログCabinet of Freshwater Curiosities(淡水生物の驚異の部屋と呼ばれる、珍しい種や驚くべき現象を集めたネット上のショーケース)をスタートした後、ビジュアル素材を使って世間の関心を高めるために淡水生態系の現状や脅威に関する4分間のアニメーションが製作された。

このアニメーション作品によって、参加型の革新的なサイエンス・コミュニケーションを通して科学と政策への関心を高めることが可能かもしれないことが分かった。

表現の工夫が不可欠

サイエンス・コミュニケーションは複雑で、しばしば意見の分かれるトピックだが、学者や政策立案者、メディア、一般大衆からますます大きな注目を集めている。科学者と政策立案者と大衆の間で環境に関する研究や政策(そしてその成果)に関する透明性の高い批評的な議論が行われることは、環境に関する意志決定プロセスを民主化する上で重要である。

同様に、科学者と社会の対話を妨げる壁(それが感覚的なものであるか否かにかかわらず)を取り除くことは、科学に対する大衆の信頼と自信を向上する一助となり、大衆は環境問題に対して積極的な姿勢を身につけるようになるだろう。

結果として、参加型で対話をベースとした環境に関するコミュニケーションの手法に重点が置かれている。そのような手法は、一般大衆が抱えるとされる科学の理解不足を補うために科学者が情報をトップダウン的に流すという以前の「欠陥」モデルとは対照的だ。こうした転換に対処するためにバイオフレッシュはウェブサイトのユーザーたちに情報の送信や、淡水生物の科学や政策、保護に関する議論への参加を促している。

このような対話をベースとしたサイエンス・コミュニケーションでは、環境問題の理解度や関心の高さは人によって大きく異なるという点を考慮に入れなければならない。このような程度の差が生まれる要因は、人間行動の研究者であるアリエン・E. ボイス氏によれば意見の相違にあるという。例えば(以下に限られるわけではない)人間が環境から得る利益(端的に言えば具体的な利益か内在的な利益か)、自然の特性(例えば均衡状態か動的状態か)、人間と自然の関係(例えば、人間はレオポルドが提唱したような3生物共同体の一部であるかどうか)に関する意見の相違だ。同様に、ピーター・グロフマン氏たちは2010年の研究で、こうした問題の多様な学習方法について論じており、近年インターネットの重要性が急激に著しく増した点を特筆している。

淡水生物多様性に関する問題は、環境活動や政策立案の場面でしばしば見過ごされている。

このような状況において、異なる意見を持つ人々との対話をどのように促進すべきかを知るために、表現方法の分析4というコンセプトを検討するのは有益である。

マシュー・ニスベット氏とクリス・ムーニー氏は、対象となる人々の価値観や信条と共鳴するように、科学の情報は能動的に「表現」されるべきだと示唆している。彼らによれば「表現は中心となるアイデアを整理し、核となる価値観や仮定と共鳴する議論を定義づける。表現は問題の一部を強調することで複雑な問題を簡素化する。問題をうまく表現すれば、なぜその問題が重要なのか、誰に責任があるのか、何をすべきなのか、市民は速やかに認識することができる」

言い換えれば、サイエンス・コミュニケーターは問題を人々に理解してもらうだけでなく、人々と共鳴できるような表現を心掛けるべきだ。

評論家たちによれば、科学の表現が「事実に忠実」ではなくなることで、科学と社会という「2つの文化」(C.P.スノーの著書『二つの文化と科学革命』とその後の議論を参考にされたい)を分離し、科学に詳しくない人々に複雑なアイデアを伝える妨げとなるリスクを負う。しかしこれは不当に厳しすぎる見解かもしれない。事実はコンテクストなしでは意味をなさないし、表現は問題にコンテクストを加える1つの方法なのだ。

科学を表現することは、様々な対象者に合った科学のコミュニケーションを仕立てる方法を概念化する便利な方法だ。それはバイオフレッシュのアニメーションが淡水の生態系に関連して導入したコンセプトだ。

希望にあふれたメッセージの価値

また最近では、壊滅的な環境破壊という「あまりに悲観的な」メッセージ(例えば不運な結果を招いた2010年の10:10キャンペーン)に対して一般大衆が疲れて無反応になっているという考え方に応えて、希望をベースとした環境関連のメッセージを必要とする声が高まっている。

表現分析と芸術を取り入れたコミュニケーションのクリエイティブな利用法(例えば世界自然保護基金(WWF)ポルトガル支部とベンフィカ・フットボール・クラブの共同キャンペーンをご覧ください)は、一般大衆の関心を環境問題に向ける方法としてより効果的かもしれない。

デジタルメディアは、人々との対話と議論を可能にするサイエンス・コミュニケーションの手法になり得る。現在、一般大衆はブログやソーシャル・メディアやフォーラムを通じて前例のない勢いでインターネット上のコミュニティーに参加している。そのため、サイエンス・コミュニケーターがその点を認識し、注目を集める最先端のメディアを利用して情報をクリエイティブに伝えることが重要である。

また最近では、壊滅的な環境破壊という「あまりに悲観的な」メッセージに対して一般大衆が疲れて無反応になっているという考え方に応えて、希望をベースとした環境関連のメッセージの必要性がますます重要視されている。

インターネットという環境において科学の情報を明確に、簡潔に、魅力的に伝える上で、アニメーションは多くの可能性を秘めている。アニメーションは通俗的で親しみやすい形で情報を表現し、芸術を使ってポジティブで希望にあふれるメッセージを発する。今回の場合は、バイオフレッシュが淡水生物多様性の保護にどう取り組んでいくかについてのメッセージだ。

常に進化を遂げるサイエンス・コミュニケーションという分野で、アニメーションのようなクリエイティブな手法を取り入れることで、私たちは単に淡水生態系の問題やバイオフレッシュ・プロジェクトの役割への関心を高めるだけでなく、科学をいかに伝えるべきかという現在進行中の議論に新たな視点を寄与したいと考えている。

テクノロジーの進歩によって可能になった新たな通信手段を利用し、希望をベースとした対話主導の環境メッセージを伝えていこうとする精神によって、バイオフレッシュやその他の環境団体はかつてないほど多くの人々に情報を届けることができる。

それでも、より全般的な疑問は数多く残されたままだ。精密で複雑な科学の情報を伝える必要性と、そのような情報を親しみやすく魅力的な方法で伝える必要性の間には妥協点があるのか?科学的な問題への関心の高さは、どのように測れるだろうか?

アニメーションの再生回数やウェブサイトへのアクセス数を知ることはできる。しかし、関心を持った人たちが環境を守るために行動を変えるというように、関心の高さが意義ある行動をどのように生むかについては謎である。

さらに言えば、こうした方法で大衆の行動を変えようとする権利が個人や団体にはあるのだろうか?最後に、よりポジティブな疑問だが、いかにして通信技術の急速な進歩は大衆や政策立案者が科学的情報を取り入れる新たな機会を作り出せるだろうか?

◇-◇◇-◇

バイオフレッシュの活動に関するコメントや質問をお待ちしております。biofresh@ouce.ox.ac.uk までお寄せください。

翻訳:髙﨑文子

Creative Commons License
クリエイティブな発想で伝える
淡水生物多様性
by ロブ・セント・ジョン is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

ロブ・セント・ジョン氏はオックスフォード大学でバイオフレッシュのコミュニケーションおよびプロジェクト共同コーディネーターを務める。バイオフレッシュは欧州連合(EU)の支援を受けたプロジェクトで、世界の気候や社会経済に生じている変化に直面する淡水生物多様性の保護と管理体制の向上を目指している。ロブはオックスフォード大学で生物多様性・保護・管理の理学修士号を、エディンバラ大学で地理学の理学士号を修得した。彼は現在、複雑な概念をうまく伝えるための魅力的な新しい手法の試用を中心に、サイエンス・コミュニケーションの研究に関心を持つ。