技術革新による排出削減

今日、「気候変動」を環境、経済、安全保障における「人類最大の脅威」と認識する指導者たちが増えつつある。

この地球規模の難題を解決するための、技術革新の役割について様々な議論が活発に行われている。

しかし、世界中で技術研究・開発が進み、様々な政策が導入される一方で、新技術が人体や環境に負の影響を及ぼすことなく、気候変動対策に貢献し得るのかを検証する、より多くのケーススタディが必要とされている。

そこで国連大学高等研究所(UNU-IAS)では、新技術がどのように適用されているのかを調べるために具体例を検証し、また、潜在的利点と問題点の同定を試みた。

我々の研究成果は、2008年11月に出版され、また12月にポーランド、ポスナンで開催された国連気候変動会議でも発表された。

手っ取り早い技術解決策はない

気候変動対策として、よりクリーンなエネルギーや、より高度な効率性、温暖化ガス排出削減を目指す新技術は重要だが、技術革新のみがすべての問題を解決できるわけではない。

政策決定者たちは、温暖化対策に効果的に対処するためには、土地利用や森林管理などをはじめとする、別分野での斬新な解決法が必要であることも心得ている。彼らの姿勢は、バリやポスナンで開催された国連気候変動会議でも明らかとなり、森林破壊による温暖化ガス排出削減のための対策が議論された。

また、技術以外の面では、包括的なアプローチが不可欠で、化石燃料や土地利用を要因とする温暖化ガスの排出削減、あるいはゼロ排出を目指す新たな対策の検討も重要だ。

このアプローチを通じて、エネルギー源を従来の石炭から海洋エネルギーに移行するなどの戦略的政策を策定することができる。海洋エネルギーは、世界中の電力消費を賄うことができる可能性を持つと、注目されている分野だ。

しかし、技術革新への投資については、二酸化炭素の貯留や、新型の核技術など狭い範囲の技術のみに議論が集中しがちだ。

また、昨今のバイオ燃料の需要急増や、それに付随する食糧安全保障への影響は、新技術の開発・導入と明かに無関係でないことがわかっている。

現在議論されている別分野における技術開発は、我々に「厳しい選択」を迫っているのだ。

気候変動対策として期待されているのは、ナノテクノロジー、海洋エネルギー利用、森林管理だが、新技術の進歩は、環境、社会経済面において予期せぬ事態をもたらす可能性を秘めている。

ナノテクノロジーへの期待

ナノテクノロジーとは、物質のもっとも基本的な単位である原子と分子を制御し、デバイスとして使う科学技術のことである。

この技術は、高効率の水素燃料自動車の開発や、より高度で安価な太陽光発電技術、次世代型の電池やスーパーコンデンサ(畜電器)などの開発に使われている。

我々の研究では、このナノテクノロジーが気候変動対策に大いに役立つだろうと結論付けている。

しかし、ナノテクノロジーを用いた技術開発の普及にはいくつかの課題もある。

例えば、人体への健康や環境への影響についての透明な規制制度が整備されていないなどの問題点がある。

今後はさらなる科学的研究を行って、例えば、すでに立証済みである核利用のリスクなどをはじめとする、他の新技術案と比較検討していく必要がある。

海洋エネルギー

その他にも、幅広い技術工学を駆使して、様々なエネルギー変換メカニズムを用いて海からエネルギーを蓄える「海洋エネルギー」が注目されている。

過去30年間に及ぶ研究・開発の末、2008年に初めて商用化され、先端産業の仲間入りを果たした革新的な技術だ。

海洋エネルギーは将来、日本、イギリス、韓国、フランス、スペイン、ポルトガル、カナダ、米国などの国々のエネルギー供給ができる可能性を秘めている。

この新技術は、視覚的影響も少なく、CO2排出量がほぼゼロに近い。また、環境へのマイナス影響の懸念も少なく、従来のエネルギー生産方法に比べ、環境への負担が大幅に軽減されるだろう。

森林破壊を止め、新技術を導入しよう

森林管理における技術革新が、温暖化ガス排出削減の鍵を握っていることは、これまで以上に明白だ。推定年間排出量の20%は、森林破壊や森林荒廃が要因となっており、排出量のもっとも多い化石燃料に次ぐ汚染源となっている。

さらに、主要農産物を用いたバイオ燃料の需要は年々高まっており、ヤシ油用プランテーションの整備や商品作物栽培のために熱帯雨林を破壊し、温暖化ガス排出量を増加させている。熱帯雨林破壊は驚くべきスピードで進んでいる。

しかし幸いにも、バリとポスナンで開催された気候変動会議は、途上国における熱帯雨林の破壊と荒廃に歯止めをかける取り組みに弾みをつける形で閉幕した。

会議で議論された、REDD(森林破壊と森林荒廃を要因とする排出削減)と呼ばれる新しいメカニズムは、2009年に開催されるコペンハーゲン会議で正式に採択されるかもしれない。

REDDイニシアチブは、経済的インセンティブを作り出し、現存する熱帯雨林を守ることを目標としている。途上国や企業はREDDを通じて、CO2削減目標を達成するため炭素クレジットを相殺することも可能になるだろう。

現状では、REDDプロジェクトの炭素クレジットは、炭素市場での自主的取引に限られている。

しかし、REDDクレジットの価値が2012年のポスト京都議定書体制で公式に認められ、熱帯雨林の保護が商業用伐採に代わる経済的に実行可能な代替案になるだろうと示唆する意見もある。さらには、生物多様性の保護、水や土壌の保全、エコツーリズムなどの付加的利益も見込まれている。

投資を優先する

我々が、上記の先端技術の分析に着手したのは、学術的研究や政策論争において、詳しい研究がなされていない分野であった、という単純な理由からだ。

研究が未発達なのは、政策決定者たちが、気候変動の緩和と適応における新技術の可能性(またはリスク)を十分に理解していないことが主な原因だ。

REDDに関する文献や研究は豊富にある一方で、REDDが実際にフィールドでどのように機能しているのかについての研究は進んでいないという懸念もある。

どんな手法にもマイナス面がつきものだが、我々がレポートの中で評価した新技術に関しては、従来のエネルギー生産法よりも、影響が少ないことがわかっている。従って、これらの分野は将来有望で、更なる投資を受けて当然であると我々は結論付ける。

Creative Commons License
技術革新による排出削減 by ディビッド リアリー, デクスター・ トンプソン‐ポメロイ, クリスチャン・ ウェバーシク and ミゲル・ エステバン is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

オーストラリア、シドニーにあるニュー・サウス・ウェールズ大学法律学部のシニアリサーチフェロー。国連大学高等研究所(UNU-IAS)の上席客員研究員でもある。

クリスチャン・ウェバーシクは、JSPS -UNUポストドクトラルフェロー。地球環境及び持続可能な開発のガバナンスプログラムの一環として、地球環境変動と安全保障について探索的調査を行っています。

国連大学に加わる前は、UNDPの危機予防復興支援局(BCPR)でレポート・ライターとして勤務。それ以前は、地球科学情報ネットワークセンター(CIESIN)を受け入れ機関として、コロンビア大学地球研究所に勤務。

博士号取得後、アスマラ大学(エリトレア)で政治学の助教授として勤務。オックスフォード大学では政治学の博士号を取得し、戦争の政治経済学及びソマリア国内紛争における自然資源の役割について学びました。

イギリスのブリストル大学で土木工学修士号を取得(2002年)。“Structural and Financial Risk Assessment of Caisson Breakwaters against Wind Waves and Tsunami Attack”と題した論文で、沿岸工学の博士号を取得(2006年)。このテーマには、ケーソン防波堤の破壊モードと建設に伴う財務的リスクの評価が含まれる。

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