サリー・チャドウィック氏は、メルボルン大学(豪)のグローバル・メディア・コミュニケーションの修士学生で、東京の国連大学本部のコミュニケーション・オフィスでのインターン経験を持つ。
情報は力だ。パソコンにログオンし自分を直接ターゲットにした広告が画面上に表示されるのを目にする時、私たちは日々そのことを痛感させられる。デジタル時代を迎え情報の価値が増す一方で、承知の上で(時には知らないうちに)提供しているデータが多国籍企業や政府機関の手に渡っていることに、私たちは不安を強めている。
グーグルやフェイスブックといった企業は、 高度に個別化されたデータを利用した的を絞った広告によって大きな利益を上げている。「私たちはどこの誰よりも良質な情報を持っています。性別、年齢、地域など、誰かが推測したものとは全く違う、リアルデータです」とフェイスブックの最高業務執行責任者であるシェリル・サンドバーグ氏は述べる。
ウィキリークスやエドワード・スノーデン事件によって、政府の監視とデータ収集に世間の注目が集まり、そうした活動が世界中で一般市民の私生活にまで及んでいることが明らかになった。
これらの事件によって、データに関して不安と不信が広まっている。今やプライバシーはどの程度保てるものだろうか。私たちのプライバシー権の尊重、あるいは少なくとも個人データの倫理的利用を、政府や企業に期待することはできるのだろうか。
ウィキリークス事件の最中の2011年に発表されたエッセイにおいて、前駐米オーストラリア大使 ジョン・マッカーシー氏は次のように述べている。「政府の監視と情報プライバシーについて、本来はそうであってはならないのですが、政府と一般の人々の考え方の間にある隔たりが広がっているように思えます」
創始者でありウィキリークスの顔でもあるジュリアン・アサンジ氏は、自らを表現の自由のために戦う人権擁護派と主張してはいるが、最も悪名高いオーストラリア人の一人である。だがオーストラリア政府は、少なくとも公式には、オーストラリア国民としてのアサンジ氏の支援に関して概ね沈黙を保ってきた。
その同じ政府が、全国規模のハッキング・イベントである GovHack 2013年大会(政府主催のハッキング大会)を成功裏に終了したというのは、実に皮肉なことである。GovHack運営組織によれば、オーストラリア全土からデベロッパーやデータおたくを集めて、オーストラリア政府が保有するデータを「活用」して「ユニークなソリューションやサービスの創出」を競うイベントであるが、今年で3回目となる今回のGovHackは、「オーストラリアにおける民主主義の向上と政府サービス向上のための方法」をテーマとして3日間にわたって開催された。
オーストラリア政府によって収集されたデータの「活用」というコンセプト、またそうしたコンセプトに伴うところの開放性と透明性は、現在の国際政治情勢を考えた時、恐らく驚くべきことであろう。だがオーストラリア政府は、このイベントを通じてデータに関する重大な問題、すなわちその膨大さと分析能力に対応する方法を見出そうとしているのである。
政府は、市民とその生活に関して、消費、交通利用、エネルギー消費、人口学的情報、移動パターン、環境といった、あらゆる種類の膨大な量のデータを保有している。しかしながら、多くの場合こうした重要な情報は、各政府機関において活用されないでいる。こうしたデータを効果的に利用するための専門性とリソースが政府には不足しているという理由で、オーストラリア政府はGovHackを企画したのである。
2013大会には、 700人を超えるハッカー を含む1,000人強が参加し、幾つかのチームに分かれて政府データ活用のためのアイデアを競った。ソフトウェア開発、データ分析、ジャーナリズム、創造産業などさまざまな経歴を持った参加者が、170,000オーストラリアドルを超える賞金、また様々なスポンサー企業でのインターンシップや指導プログラムの機会を目指して競い合った。
だが、GovHackは単に競い合いの場というだけでなく「今や政府にとってまた市民にとっても重要な関与の機会となっています」と運営組織は強調している。
GovHack 2013からは、画期的なアイデアが多く生まれている。各人が納めた税金がどのように使われているかを把握することから、住宅価格、交通の便、文化的設備などのデータと個人のライフスタイル嗜好を組み合わせて最適な居住場所を探すといったことまで、プロジェクトの内容は多岐にわたる。また人々の啓蒙とエンパワメントにつながるデータの革新的活用方法について、注目すべきアイデアも幾つか見られた。
Greatest Potential for Research Impact(リサーチ・インパクトの最大化)部門で共同受賞したのは「When will my house be underwater?(私の家が浸水するのはいつか)」だ。これは「気候変動がいつどのように自分に直接影響するのか」という誰もが抱いている疑問に答えるプロジェクトであり、Geoscience Australia(オーストラリア地球科学局)が収集した特別な海抜データ、そして海面上昇を予測する気候モデルを使って、各個人の家毎に浸水する時期を予測することができる。
国民の 85パーセント以上 が海岸地域から50キロメートル以内に暮らすオーストラリアにとって、このプロジェクトは特に関心を引くものであるが、世界では既に海面上昇の影響を受けている低海抜の国々や地域が数多く存在する。実際最も影響が懸念される地域の多くはオーストラリアに隣接する太平洋の島々であり、気候変動に伴い多数の難民が押し寄せる可能性にオーストラリアでは備えるべきだという勧告が最近出されていた 。このプロジェクトは、気候変動に伴う多くの様々な影響を明らかにするとともにそれらを予測して市民に情報を提供するために、どのようにデータを活用したら良いかの1つの例に過ぎない。
「ImpressMe– Your Carbon Imprint(あなたのカーボン・インプリントを計算)」は、環境アプローチに関して受賞したもう1つのプロジェクトであるが、国と商品貿易データを活用することで、日常の消耗品と買物から一人一人のカーボン・フットプリント(二酸化炭素排出量)を計算できるアプリケーションである。ImpressMeのシンプルなインターフェースと操作性は、多くの数値入力が必要で使用方法が煩雑な他のカーボン・フットプリント・カリキュレーターとは一線を画している。その背景には、各人が環境に及ぼしている影響についての理解と責任の自覚を促すことで、実際の行動につなげるという考えがある。日々の生活と気候変動緩和に対する実際的貢献という多くの人がかけ離れた事柄のように感じている問題に対応することが狙いだ。
その他に、多くの政府が現在直面している透明性の問題について、異なる切り口で解決策を見出そうとしているのが、「The Open Index(ジ・オープン・インデックス)」である。財政報告、情報公開への対応、ウェブサイトの利用しやすさ、当局による情報公開の量と質といった幅広いデータを利用して、政府の透明性を測定し、測定結果に基づいた点数にしたがってスコアボードの形で順位が示される。このプロジェクトは、データの民主性に着目して政府の様々な活動を明らかにしようとするものである。
最後に、「MyCommunity(マイ・コミュニティ)」プロジェクトは、地域社会における市民交流の促進が目的となっており、このアプリケーションを利用することで、地域の問題を地方議会に報告したり、手近なイベントを探し出したり、自分達でイベントを開催したり、図書館や運動場、学校といった施設を調べることができ、また将来的にはFourSquare(フォースクエア)といった既存のソーシャル・ネットワーキング・サービスの利用も可能である。デジタル化が加速する現代、現実世界で人と繋がるよりもむしろオンラインで繋がる人が増えているが、このアプリケーションは、データやテクノロジーを活用することで、地域社会において人と人が顔を合わせる直接的な接触をいくらかでも促そうとしている。
こうしたプロジェクトは全く新しい取り組みように思えると同時に、社会に貢献できる現実的で啓蒙的なデータの活用方法を提示するものでもある。この種の試みはまだ始まったばかりであり、私たちの暮らしや市民間の交流あるいは政府の機能をどれだけ変えることができるかは不透明であるが、政府と市民間の対話のきっかけになるとともに真の意味での信頼関係の構築につながる。
現在の政治情勢においては、政府や企業による個人データの利用には否定的な空気が漂っている、だが、データには多様な活用方法があり、またそうしたデータは実際のところ「私たち自身の」データなのだ、ということをGovHackは示している。しばしば目的も知らされずに個人データを収集されるというだけではなく、私たち自身のエンパワメントと知識につながる可能性を、データは秘めているのである。
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