開発援助自体は移住を減らすことはできない

2016年9月、国連総会で難民と移民の大規模な移動に関する画期的なサミットが開催された。そこで、移住のガバナンスに関する重要問題への取り組みと、安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクトの採択に向けた交渉開始を求める難民と移民に関するニューヨーク宣言が採択された。

ニューヨーク宣言について特筆すべき点の1つが、移民は、移住先の国と出身国の双方で経済成長および開発に大きく貢献するとの認識を示したことである。移住に関するグローバル・コンパクト案でも同様に、移民が開発にプラスの影響を与えると認めている。

しかし、同宣言およびコンパクト案のいずれにおいても、各国政府はこの関係にすでに注目しているとされているが、移住と開発の関連性については、誤って認識されている点が多く残ったままであり、その誤認識は意図的でさえある。主な誤解の1つとして、低開発が移住を引き起こす主要因であるとの思い込みが挙げられる。つまり、貧困が移動の引き金となっていると考えられているのである。

実際には、貧困国で開発を進めることで移住は減るのではなく、むしろ増えていく。主な理由として、開発は人の移住の可能性と意欲を高めるものだからである。マイケル・クレメンス氏によるグローバルな移住パターンに関する研究では、開発と移住には密接な関係があることが示された。すなわち、貧困国が豊かさを増すに従い、移住(国を出ていく人)は増えていくのである。経済開発を進めることで移住が減少するのは、その国が中所得国の水準に達している場合のみである。しかし、現在の貧困国の大半がそのような所得水準に達するまでには何十年もかかる。

実際には、貧困国で開発を進めることで移住は減るのではなく、むしろ増えていく

また、政策を議論するうえで重大な問題点となるのが、政策立案者による移民問題理解への取り組みが経済的手法に偏っていることである。いわゆる「プッシュ(押し出す)」要因と「プル(引き込む)」要因は、時として「困窮」と「機会」と表現されることもあり、移民は経済的な利益のためだけに移住する人々のように描写されてしまうことが多くなる。実際には、移民が移住を決定するのにはさまざまな要因が関係している。出身国や移住先の国の経済的、政治的状況だけでなく、家族の夢文化的伝統環境変化など、これらすべてが、移住の決断に影響している。

そのため、移住問題について政策立案者が、より広範な開発プロセスの一部としてではなく、単に貧困を原因とする問題であるとの単純化した認識を持ち続けていることは大きな懸念材料である。こうした認識が政策決定に大きな影響を与えてきた。

例えば、欧州連合(EU)は、非正規移住をもたらしている根本原因に取り組むための開発促進援助を目的とした、アフリカ諸国との協調枠組みをいくつも構築してきた。ドイツ政府も同様に、移住を抑制するための開発援助拡大計画「アフリカに対するマーシャルプラン」を提案している。

しかし、前述したニューヨーク宣言では、この取り組み方はいくらか変わっていくのではないかとの見方が示されている。同宣言は、開発を移住抑制のための手段として扱っておらず、「出身国、経由地、移民先の国の開発に密接に関係するさまざまな要因によって起こっている事象が国際的な移住である」との認識を示している。これは、一般に浸透している「貧困が移住を引き起こす」という見方よりも、はるかにきめ細かな見解である。

しかし、それでもなおニューヨーク宣言には、移住と開発に関して同様の誤った認識が多く残されている。同文書には、移民が包括的な成長と持続可能な開発にプラスの影響を与えているとの認識が示されている一方、「開発と経済機会の欠如」が移住を引き起こす主要因であるとの記載もなされている。移住に関するグローバル・コンパクトについての協議事項を定めているニューヨーク宣言の付録Ⅱにおいても、「貧困、低開発、機会の欠如、脆弱な統治能力と環境」が移住を引き起こす主要因であると記され、同様の誤った認識に陥っている。

このような誤った認識を放置しておけば、グローバル・コンパクトは重大な問題を抱えることになるだろう。例えば、この認識のままでは、移住は経済発展に失敗した時に現れる症状であるとの印象を生み、移民に対するマイナスイメージをさらに固定化させることになる。

政策立案者が、開発によって移住は抑制されるという事実とは全く正反対の思い込みを持っていれば、移住増加に対応しうる効果的な政策を策定することはできないだろう

貧困と低開発は長年にわたり、いわゆる「望ましくない」結果と結び付けられてきた。ウィリアム・イースタリー氏もまた、貧困はテロを引き起こすとのマイナスイメージの認識が結果的に米国における難民や移民に対する排外主義を拡大させたと指摘している。移民は「望ましくない」という認識が広がれば、排外主義や人種差別の撲滅を目指すグローバル・コンパクトの取り組みに支障が出てくるだろう。

さらに別の問題として、これらの政策において期待される成果と実際にもたらされる結果の間に生じる乖離という点があげられる。政策立案者が、開発によって移住は抑制されるという事実とは全く正反対の思い込みを持っていれば、移住増加に対応しうる効果的な政策を策定することはできないだろう。実際に今、欧州では幾分、そのような事態が生じている。EUはアフリカへの開発援助を行っているが、同時に国境地域の要塞化と軍備の強化を行っている。このため、移民がより非正規で危険な移動ルートを利用せざるを得なくなっている場合も多い

政策的観点で考えた場合、移住問題を開発から「分離する」ことはできず、その対処において不可分の問題であることを、これまで以上に強く認識する必要がある。移住に関する効果的なグローバル・コンパクトの策定を目指すうえで、移住と開発が相互に影響を及ぼし合うものである一方、開発援助の拡大によって直接的に移住が抑制されるわけではないという事実を、各国政府はしっかりと理解する必要があるだろう。

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Development Aid Alone Won’t Reduce Migration by バヴォ・スティーブンス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.

著者

バヴォ・スティーブンス氏は、国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM)のジュニア・リサーチ・フェローである。キングス・カレッジ・ロンドンで戦争研究の修士号、シカゴ大学で政治学の学士号を取得した。研究対象は、移住および強制退去、政軍関係、紛争時の暴力のダイナミクスである。