イブラヒム・ローマンは、国連大学政策主導型電子ガバナンスに関するオペレーティング・ユニット(UNU-EGOV)研究員。電子ガバナンスの導入と各国の競争力の関係、研究開発(R&D)、イノベーションと地下経済について研究している。
国の経済が機能不全に陥る中、ベネズエラ国民は現在、地球上で最も弱い立場に置かれた人々に含まれている。かつてはラテンアメリカでも有数の豊かな国であったベネズエラが、今では世界最高のインフレ率のほか、極度の食料不足や暴力犯罪の増大、基本医療を十分に利用できないために死亡率が急上昇するなど、類を見ない人道的危機に苦しんでいる。
この混乱の原因は、石油輸出への経済的依存にある。ベネズエラは世界最大の石油埋蔵量を誇っているが、石油価格はウゴ・チャベス氏が初めて大統領に選出された1998年の1バレル当たり11米ドルから、2008年には140米ドルを超えた。この石油価格高騰期に、ベネズエラ政府は「国家ミッション・システム」(ボリバル主義ミッション)として、数件の社会開発プログラムを通じて社会経済ピラミッドの最下層に位置する人々に国富を再分配する、という意欲的な計画を策定した。
これにより、一部のベネズエラ国民の社会状況は改善したが、予算を超過する政府支出と価格が低下へと転じた石油依存度の上昇により、歴史的にまれに見る景気後退へと突入している。チャベス政権による相次ぐ国有化で内外の投資家が追い出された後、チャベス自身が指名した後継者ニコラス・マドゥロ氏の権威主義的性質と、石油依存型経済の改革への拒絶により、ベネズエラは国家崩壊の危機にひんしている。
ベネズエラの悲惨な状況を一気に逆転するのは不可能だ。しかし、苦痛を和らげ、起こりうる破綻を限定的にする経済や財政の取り組みを、情報技術で支援することは可能だろうか。この疑問は医者に対し、昏睡状態の患者を生命維持装置につなげたまま、さらなる治療を受けさせるべきかを尋ねるようなものだ。
よって、「新しい金融技術でベネズエラのように絶望的な経済状況にある国を支援できるか」を問うよりも、「このような技術で何ができるのか」を問うほうがよいだろう。
金融技術(フィナンシャル・テクノロジー、略してフィンテック)に決まった定義はないが、「テクノロジーにより可能となる金融策」や「テクノロジーを応用して金融活動の改善を図る新たな金融業」と言われることが多い。フィンテックの例としては、ビットコインなど、暗号通貨(オンライン上に存在し、通貨のような役割を果たす)と呼ばれるデジタル通貨や、デジタル通貨の取引を検証するブロックチェーン技術が挙げられる。
デジタル通貨が適切に導入された際のプラス効果を示す研究はいくつかある。例えば、2016年のある報告書は、国際的な銀行システムが2022年までに150〜200億米ドルの大幅なコスト削減を実現すると立証した。
消費者が日常的に使う硬貨や紙幣とは異なり、民間が発行する暗号通貨(ビットコイン、ライトコイン、モネロなど)はデジタル通貨または仮想通貨であり、中央当局の発行でもなければ、政府や中央銀行に管理されてもいない。ブロックチェーン技術は、当事者間の全取引(ブロック)を記録・保存し、個々のコンピュータが直に接続するピアツーピア登記簿を作り、仮想通貨の取引を認証する技術である。
ブロックチェーン技術は、永続的かつ時系列に順序立てられ、すべてのユーザーが匿名のまま利用できる取引データベースを維持し管理する。取引記録は、データベースにある過去の取引とすべて関連づけられ、安全に保護され、変更できない。簡単に言えば、ブロックチェーンは、互いに知らない者同士が、第三者に依存せず、かつ、プライバシーをさらさずに協業できる共有プラットフォームだ。
デジタル通貨が適切に導入された際のプラス効果を示す研究はいくつかある。例えば、2016年のある報告書は、国際的な銀行システムが2022年までに150〜200億米ドルの大幅なコスト削減を実現すると立証した。さらに、取引を簡略化し、加速化するだけでなく、インフラの相互運用や強化、分散管理を推進することも分かっている。さらに2017年のある調査は、全世界における暗号通貨の開発とその効果を示す現時点での統計を明らかにした。これによると、暗号通貨を積極的に利用する人(290〜580万人)は増大し続け、業界の就労者数(正社員換算で1,876人)も増えている。
一方で、短期的な価格変動に着目して利益を得ようとするデジタル通貨の欠点を明らかににしている調査もあり、これにより既存の金融システムが劣化しかねない。例えば、2014年1月から3月にかけて、ビットコインは、伝統的な金融市場におけるユーロの18倍に相当する乱高下を見せた。通貨は交換の媒体、価値の保存、勘定単位という3つの基本機能を持つべきだが、ビットコインはこうした判定基準をいずれもほぼ満たせていない。
脆弱で不安定な貨幣制度へのデジタル通貨の導入は大きな賭けであり、ベネズエラのマクロ経済指標はいずれも、同国が暗号通貨を実験するのに理想的な場ではないと示している。一方で、同国の経済を安定化させるために使える政策の選択肢はほとんどないのも事実だ。ベネズエラ政府は、デジタル通貨が事態の沈静化に資するかもしれないという期待の下、この機会を捉えて「ペトロ」を導入した。ペトロは政府主導の暗号通貨として、2018年2月に発行され始めた。その価値はベネズエラの石油と鉱物の埋蔵量(金とダイヤモンドを含む)によって決められている。
暗号通貨へ足を踏み出そうとしているベネズエラを、代替的な解決策を示さずに批判するだけでは、経済改革の潜在的可能性を潰しかねないだろう。
政府は、ベネズエラの社会経済開発に対する国際的資金調達の新たな形態としてデジタル通貨の導入を目論んでいる。最新の報告では、同国の1人当たりGDP成長率は-5.2%、経済成長率は-3.9%となっている。国際通貨基金(IMF)は、ベネズエラのインフレ率が2018年に13,000%に達しかねないという、恐ろしい予測を出している。最近のデータが欠けている中で3つの大学が共同で行った調査では、7.3%という失業率の数字は、ベネズエラ人の38%が非公式に働いているという事実を隠していると取り上げられた。さらに別の調査は、国民の90%が貧困ライン未満で暮らしていると報告した。
しかし、ペトロの導入には、答えよりも疑問が多い。今のところ、政党間においては政策合意に至っておらず、この代替的金融システムの規制と実用化は極めて困難だ。しかも、野党が多数派を占めるベネズエラ議会は、このシステムを「現金に困った政府による違法な債券発行」とし、新規の暗号通貨を承認しないと宣言している。
ベネズエラのような国において、デジタル通貨が経済回復への極めて長く暗いトンネルを照らすろうそく以上になるかは不明だ。しかし、経済の好転に向けた政策選択の幅が狭まる中で、デジタル通貨を正しく管理すれば、代替的な解決策にできる可能性は残っている。内外の政策決定者はベネズエラを「応急手当ての必要な患者」とみなすべきだ。暗号通貨へ足を踏み出そうとしている同国を、代替的な解決策を示さずに批判するだけでは、経済改革の潜在的可能性を潰しかねないだろう。
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本稿の内容は著者の見解であり、必ずしも国連大学の見解とは一致していません。