私の食べ物を遺伝子組み換えしないで!

栄養価や総合的能力を高めるために作物やウシといった主要食料の遺伝子を組み換える試みは、環境、栄養、農業の専門家による世界規模の批判を浴びてきた。彼らは、生物多様性を保護し、促進する方が、飢餓や栄養不良の解決法としてはるかにすぐれていると語る。

2つの事例が世界から注目されている。1つはバナナの遺伝子組み換えプロジェクトであり、もう1つが国際的な雄ウシ・ゲノムプロジェクトである。

今年6月、ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、オーストラリアのクイーンズランド工科大学(QUT)の研究チームを支援するために約1000万ドルを割り当てたことを発表した。同研究チームはウガンダで、遺伝子組み換え技術を使ってビタミンAを強化したバナナの研究を行っている

一方、「1000頭の雄ウシ・ゲノムプロジェクト 」は、同プロジェクトのチームによると、「ウシ全品種のゲノム予測とゲノムワイド関連解析のために、遺伝的変異体のインピュテーション法を行うための大規模なデータベースをウシ研究コミュニティに提供すること」を目標とする。

「とくに多くの開発途上国において、収穫量を大幅に増加できるとすでに証明されている(伝統的、有機的)技術を犠牲にして遺伝子操作を支持することには、ほとんど意味がない」憂慮する科学者連合による調査報告書「Failure to Yield」より

バナナの実そのもの、あるいはウシの肉と牛乳の栄養価を高め、主要食料の総合的品質を改善するとして、いずれの事例でも遺伝子組み換え(GM)が手段とされている。

GMバナナ・プロジェクトのリーダーであるQUTのジェームズ・デール教授は次のように主張している。「ウガンダにおけるバナナのような主食をビタミンA前駆物質で強化し、自給自足の農業を営む貧しい人々に栄養価の高い食料を提供することで、よき科学は現地の状況を劇的に改善することができます」

「1000頭の雄ウシ・ゲノムプロジェクト」では、(オーストラリア、フランス、ドイツ、その他の国から)参加した科学者らが、数百頭の雌ウシや雄ウシの全ゲノムをシーケンス(塩基配列を決定)した。「この配列決定は、世界的に生産されているホルスタイン・フリージアン種129頭、フレックフィー種43頭、ジャージー種15頭のデータを含む」と、科学者らは7月13日付けの『ネイチャー・ジェネティクス』に発表された 論文に記している。

環境活動家や栄養学者や科学者からは、これ以上ないほど批判的な反応が寄せられた。とりわけバナナの事例に対しては、「No to GMO Bananas Campaign(遺伝子組み換えバナナ反対キャンペーン)」という特定のキャンペーンがインドで始まったほどである。

このキャンペーンは、国際的な環境活動家のヴァンダナ・シヴァ氏が創設したNGO、ナヴダーニャが開始したもので、「遺伝子組み換えバナナは……」栄養不良と飢餓への「解決策ではない」と訴えている。

いわゆるバナナの生物学的栄養強化について、遺伝子の専門家であるボブ・フェルプス氏は、「バナナの遺伝子操作、すなわち遺伝子をカット&ペーストし、新しい、あるいは失われた微量栄養素を作り出そうとすること」であると説明し、ナヴダーニャは、時間とお金の無駄であり生物多様性にリスクを与えると主張する。

「バナナの栄養価は高いですが、可食部分100グラム当たりの鉄分は0.44ミリグラムしかありません」とナヴダーニャの広報担当者は語った。「バナナの鉄分含有量をどれほど増加させようとしても、自生の生物多様性が持つ(自然の)鉄分含有量には及ばないでしょう」

生物学的栄養強化を支持する論拠は、遺伝子操作によってバナナの鉄分含有量は6倍に増加できることを示唆する。つまり、バナナの可食部分100グラム当たりの鉄分は2.6ミリグラムに増加するということだ。

「この鉄分含有量は、ターメリックやレンコンより3000%少なく、マンゴーパウダーより2000%少ないのです」とナヴダーニャの広報担当者は語った。「遺伝子組み換えバナナに代わる安全で生物多様性に優しい選択肢は多種多様にあります」

科学者らは実際に、遺伝子組み換え農業は有機農法よりも高い収穫量を現時点では実現できていないことを証明している。

2009年に行われた調査で、The Union of Concerned Scientists (憂慮する科学者連合)は、遺伝子組み換えダイズおよびトウモロコシの生産量は仮に増加していたとしても、ごくわずかだったことを実証している。「Failure to Yield(生産失敗)」と題された報告書が明らかにしたところによると、1995年から2008年までの間、両作物の収穫量が増加した原因は主に、従来の品種改良あるいは農法の改善だった。

「Failure to Yield」は、今後数十年間に食料生産量を増加させるうえで重要な役割についても分析し、次のように結論づけている。「とくに多くの開発途上国において、生産量を大幅に増加できるとすでに証明されている(伝統的、有機的)技術を犠牲にして遺伝子操作を支持することには、ほとんど意味がない」

さらに、報告書の筆者らは次のように記している。「サハラ以南のアフリカのような開発途上地域において、殺虫剤や合成肥料の使用を最低限に抑えた有機農法やそれに類似した農法は、貧しい農家がわずかな負担を負うだけで作物生産量を2倍以上にできることが最近の研究で明らかになっている」

さらに批判は続く。北米市場向けに世界中で栽培されているバナナの品種であるキャベンディッシュ種の絶滅のリスクに関する伝説はしばしば否定されているにもかかわらず、ビル・ゲイツ氏はその伝説を何度も口にしているという事実が批判の論拠である。

ゲイツ氏は自身のブログで次のように主張している。「近年、アジアやオーストラリアの農園で疫病がまん延し、キャベンディッシュ種……の生産に大きな被害が及んでいる。この疫病の原因であるカビは、ラテンアメリカにはまだ広がっていない。しかし、まん延した場合、北米やその他の地域でバナナはかなり不足するようになり、今よりも高価になる可能性がある」

しかし、絶滅のリスクは実質的には存在しない。この点は国連食糧農業機関(FAO)やその他の機関が2003年にすでに明らかにしていた。

ほぼすべての商業的に重要な農園は、この遺伝子型だけを栽培しており、そうすることによって、病気に対するバナナの耐性を低くしているのだ。2003年にFAOは次のように発表している。「幸い、世界中の小規模農家は幅広い遺伝子プールを維持しており、バナナの将来的な改良に活用できる」

「今起こっている状況は、1つの遺伝子型を大規模に栽培したことから生じた当然の結果です」と当時FAOのCrop and Grassland Service(作物および牧草地サービス)長だったEric Kueneman(エリック・キューネマン)氏は語った。つまり、単一栽培がカビの主な原因ということである。

「キャベンディッシュ種は『デザート向け』のバナナで、国際貿易のために大規模なバナナ生産会社が主に栽培しています」とキューネマン氏は当時を振り返る。彼は現在、農業に関する独立コンサルタントだ。

一方、FAOの統計が示すように、キャベンディッシュ種は世界市場において重要だが、世界で生産され、消費されるバナナの10%でしかない。ほぼすべての商業的に重要な農園は、この遺伝子型だけを栽培しており、そうすることによって、病気に対するバナナの耐性を低くしているのだ。2003年にFAOは次のように発表している。「幸い、世界中の小規模農家は幅広い遺伝子プールを維持しており、バナナの将来的な改良に活用できる」

実は、栄養不良と飢餓を引き起こす最もよくある原因は食料を入手できないことであり、それ自体は貧困、不平等、社会的不公正の結果である。したがって、非営利団体のGene Ethics(遺伝子の倫理学)の創設者であるボブ・フェルプス氏が言うように、「すべての人に適切な食事を与えるという課題は、1つか2つの主食がメーンの貧しい食生活に1つか2つの主要栄養素を追加すれば済むというものではない」

同じことが雄ウシと雌ウシのゲノム配列決定にも言える、とハノーバー大学のInstitute for Animal Breeding and Genetics(動物の品種改良と遺伝学に関する研究所)のOttmar Distl(オットマー・ディストル)教授は語る。「数年前には、雌ウシ1頭から1年間に1000キログラム以上の牛乳を得ることは不可能だと考えられていました」とディストル教授は語った。「今では年に7000キログラムを搾乳することは一般的であり、多い場合には1万キログラムも搾乳できます」

しかし、こうした能力には代償が伴う。ほとんどの「最適化された」雌ウシは生涯に2回しか子どもを産まず、かなり若くして死んでしまう。

にもかかわらず、「1000頭の雄ウシ・ゲノムプロジェクト」の筆頭研究者らは、遺伝子操作によって雌ウシや雄ウシの能力をさらに最適化することに注目している。その目的は、世界の広い範囲で予測される、牛乳と食肉への高まる需要を満たすためだと報告書で述べている。

ディストル教授は異議を唱える。「牛乳の生産量を増加させた人物が誰であれ、世界的な栄養不良と飢餓への対策は何も講じられていません」さらに、一部の系統を絶え間なく最適化し続ければ、他の系統の絶滅を引き起こしかねず、その結果、以前の系統に限定的に依存する個体に影響を及ぼすと、ディストル教授は警告する。

言うまでもないが、そのような絶滅が世界の消費者の利益に資することはまずない。

翻訳:髙﨑文子

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著者

フリオ・ゴドイ氏は、開発、環境、人権、市民社会といった問題を扱う独立系報道機関インタープレスサービスに定期的に寄稿している。IPSネットワークは約130カ国に330の拠点を持ち、参画するジャーナリストは370人にのぼる。