先日、参加しているワークショップのメンバーと共に、ケニアのナイロビにある世界最大規模のスラム、キベラを訪れた。この旅で、私は多くのことを考えさせられた。
人口120万。無秩序に広がるこのスラム街は、トタン製の掘立小屋がごちゃごちゃと立ち並び、迷路さながらに入り組んでいる 。腐った生ゴミの混ざる汚泥に苦闘しながら進む私たちは、みなこのスラム街の大きさに圧倒されていた。
私たちが向かったのは、地域のバイオセンターだ。Umande Trust(ウマンデ ・トラスト)という地元の非政府組織(NGO)が率先して始めたもので、簡易トイレも下水施設もなく、ゴミ収集も行われていない、このスラムの悲惨な衛生状態に取り組んでいる。ウマンデ・トラストは、排泄物や有機性廃棄物からバイオガスを生成する技術を導入しており、センター周辺の住民たちは、このガスを料理のために使うことができる。また、副産物として肥料も作られており、これは都市部の農業に利用することができる。
Photo: © Kei Otsuki.(大築圭)
人口120万。無秩序に広がるこのスラム街は、トタン製の掘立小屋がごちゃごちゃと立ち並び、迷路さながらに入り組んでいる 。腐った生ゴミの混ざる汚泥に苦闘しながら進む私たちは、みなこのスラム街の大きさに圧倒されていた。
1980年代以降、多くのNGOや国際機関がこの種の革新的な技術をキベラに導入してきた。しかしこれまでのところ、長期にわたって影響を与えたものはほとんどない。問題は、機械や設備、資金が不足していることではなく、このような革新的試みに現場で密接に関わり、住民を技術の利用・管理に確実に参加するよう訓練することのできる適切な専門家がいないことだ、とウマンデ・トラストのスタッフは説明する。
また、国連人間居住計画(UN-HABITAT)も、世界のスラムの状況に関する最近の報告の中で、スラムの開発プロジェクトを成功させるためには、それを地域に根差した参加型のものにする必要があると主張している。
専門家の必要性
今回の私たちのキベラ訪問は、「アフリカにおける持続可能な開発のための教育(ESDA)」プロジェクトのワークショップの一環として行われた。このワークショップをコーディネートしたのが、ケニヤッタ大学環境学科のDorcas Otieno(ドルカス ・オティエノ)教授である。Otieno(オティエノ)教授は、ケニアで持続可能な都市開発を行うためには、スラム社会の問題に従事する専門家をさらに多く養成することがきわめて重要だと説明した。アフリカが様々な原因によって世界一急速に都会化している中においては、なおさらそれが求められるだろう。
Photo: © UNU-ISP ESDA Project.
ウマンデ・トラストは、排泄物や有機性廃棄物からバイオガスを生成する技術を導入しており、センター周辺の住民たちは、このガスを料理のために使うことができる。
したがって、学生たちを訓練して、既存の(そして大半がインフォーマルな)組織の形態、スラム居住者が備え持つ知識、科学的な革新技術の本質などに関する理解を深め、その上で、NGO、民間会社、研究者、その他の地元組織を含む様々な行為者と共に地域に根差したプロジェクトを実施できるようにすることが、急務である。学生は、すでにNGOや政府機関ですでにスラムにかかわっている活動家や専門家である事も想定されており、このような大学での訓練がすでにある活動をよりよいものにし、さらにプロジェクトを経済的に独立可能なものにするという教育プログラムが求められる。
つまり、大学における理想的なスラム専門家養成プログラムとは、多くの専門分野にまたがり、根本的な問題解決を目指すものでなければならないということだ。
アフリカにおける持続可能な開発のための教育(ESDA)
前述のような専門家養成プログラムをアフリカの各大学に設置するため、2008年10月、国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)は、ESDAプロジェクトを公式に立ち上げた。このプロジェクトを通して、ケニヤッタ大学では、持続可能な都市開発を専攻させる修士課程プログラムを準備している。このプログラムは、スラムで実施されるコミュニティ主体のプロジェクトにおいてウマンデ・トラストのような組織と共に積極的に働く学生を養成することを目標としている。
ナイロビで行われたワークショップでは、この修士課程プログラムのためのカリキュラムをどのように良くしていくかを論議した。また、提案のあった他のふたつの修士課程プログラムのカリキュラムについても話し合った。ひとつつは、ガーナ大学が主体となって開講する、農村地帯の総合的開発を専攻する修士課程プログラムで、もうひとつは、南アフリカのケープタウン大学が行う、鉱業および鉱物資源の管理を専攻するプログラムだ。
Photo © Kei Otsuki.
将来、専門家たちは、スラム、疲弊した農村地帯、破壊された森林、そして汚染の原因となる危険な鉱山といった現場の現実の上に立って仕事を進めるための素養を身につける必要がある。
持続可能な開発を教育セクターに組み入れるための国際的な協力体制である 「国連持続可能な開発のための教育の10年(2005-2014)」が実施されている現在、ESDAプロジェクトはまさにタイムリーなものである。ESDAプロジェクトは、この「教育の10年」の取り組みに従いつつ、焦点を大きく2つに絞っている。ひとつ目は、高度な能力を有する専門家の必要性を踏まえ、修士課程以上の大学院教育を充実させるということ。将来、このような教育を受けた専門家は、理論を身に付けるだけでなく、スラム、疲弊した農村地帯、破壊された森、汚染の原因となる危険な鉱山といった現場の現場の現実の上に立って仕事を進めるための素養を身につける必要がある。
これは、ESDAプロジェクトが、Otieno(オティエノ)教授が主張するような、学生の問題解決能力強化を行う専門的なプログラムに直結する、現場重視の研究を重要視していることを意味する。そして、ESDAプロジェクトを修了した学生は、ゆくゆくは、新しい世代の学生たちの訓練と教育に携わることを期待される。
ESDAプロジェクトの2つ目の焦点は、アフリカである。プロジェクトのコーディネーターを務めるUNU-ISPの長尾眞文教授によれば、プロジェクト参加国のケニア、ガーナ、南アフリカでは、優秀な学者や技術者が大量に海外に流出している。したがって、ESDAプロジェクト最大の課題は、アフリカで仕事をすることを引き受け、なおかつ実際にそれを行う能力のある有能な専門家を、新たに大勢作り出すことである。
この目標に向け、プロジェクト運営員会は、アフリカ開発の意義の歴史的背景や国際的文脈、および、アフリカ諸国の現実の問題に取り組む方法論を学生に学ばさせるためのESDAプロジェクト教科書を作成している。
また、ESDAプロジェクトは、知的および資金的なパートナーシップの国際的な拡大を図っている。最終的には、さまざまな学者たちのあいだで共同研究を促進し、それをインセンティブとして学生や院生たちが、アフリカに留まるか、もしくは海外から帰国して、アフリカの大陸内で研究を行おうという動機を持つようになることを目指す。
これまでに、東京大学や名古屋大学、九州大学のような日本の主要大学、さらに、国連大学アフリカ自然資源研究所(ガーナ)、イバダン大学(ナイジェリア)、ステレンボッシュ大学(南アフリカ)、国連環境計画(UNEP)、ユネスコ、国連人間居住計画(UN-HABITAT)が、ESDAプロジェクトに参加し、将来の様々なプロジェクトについて議論を進めている。
持続可能な開発は、「学び、行動する」プロセス
ESDAで学ぶ学生は、まず初めに、「持続可能な開発」が実際にアフリカにとってどういう意味を持つのかをよく考えてみなければならない。国連環境計画(UNEP)も、Mainstreaming Environment and Sustainability in African Universities Partnership(アフリカ各大学の連携による環境および持続可能性の主流化)(MESA) というESDAと同様のプロジェクトを実施しており、持続可能な開発とは、つまるところ継続的な学びのプロセスだと述べている。専門家たちは、このプロセスを通して現場の人々と共に活動し、持続可能性と開発について「いかに学ぶか」を模索し続けることを期待される。
例えば、キベラのようなスラムを変えていくためには、スラムそれ自体が大きな変貌を遂げるまで試行錯誤を繰り返すことが、認められなければならない。試行錯誤は、真の革新の源(みなもと)なのだ。地域固有の知識と持続可能な開発の関係を研究している学者たちによると、革新とは、異なる知識と経験が様々な形で出会うところから生まれる。そこから新たな資源が生じ、さらにそれが、学習を新たに試みたり繰り返したりすることを可能にし、組織や個人の活動を支える。理想的には、ESDAの枠組みにおいて計画された教育と研究のプロジェクトは、知識と経験を他者と共有するような、地域、国家、さらに世界レベルでの学びのサイクルの中に、学生や教師を巻き込むものである。
「持続可能なスラムの開発」はどこへいくのか?
キベラにいるあいだ、私は、「持続可能な開発」とは実際にスラムの住民にとって何を意味するのかを考え続けた。バイオセンターのてっぺんに登ると、新しいアパートが幾重にも並んでいるのが見える(下の写真の遠景)。政府がスラムの周辺に建てたものだ。スラムの住人たちは、公式には2030年までにこのアパートに移住させられることになっている。政府の持つ持続可能な開発のビジョンとは、住民を移住させ、スラムを完全に「きれいにする」ことのようだ。
Photo © Kei Otsuki.
政府の持つ持続可能な開発のビジョンとは、住民を移住させ、スラムを完全に「きれいにする」ことのようだ。
Umande Trust(ウマンデ・トラスト)やケニヤッタ大学の研究者たちは、政府のこのようなやり方に対して否定的であり、スラム内部で持続可能な開発を実現することができるのは、バイオセンターのような革新的技術だと考えている。
私の印象では、どちらの方法も、不潔な道沿いに建つトタン製の掘立小屋 に押し込められた人々が持続可能な開発のためにすぐにでも必要とするものを反映しているとは思えない。持続可能な開発という言葉が、社会の幸福を目指し、「家族を支え(sustain)、生活設計を推進する能力開発(develop)」を意味するとしたら、なおさらである。
現実には、スラムが存在する限り、スラムの住民が何を必要としているのか、専門家や政治家たちが何を行うべきなのかという問題は、つねについて回る。現場重視の、かつ問題解決を目指した大学院教育が、地域の人々と協力して、この問題に答えるための幅広い選択肢を提供できる専門家を養成することが理想なのである。
つまるところ、この問題の答えを探すプロセスそれ自体が、持続可能な開発を促すのである。そしてそれは、汚いものを一掃したり、技術を発展させたりするだけではなく、新たな可能性を信じる人々を生み出すということでもあるのだ。
翻訳:山根麻子