解明が急がれる内分泌撹乱化学物質の被害

私たちは自分の内分泌系についてどのようなことを知っているだろうか? 人体の中のほとんどすべての器官や細胞がその影響を受けていることを考えると、おそらく十分に理解しているとはいえないだろう。このようにあまり意識されていない内分泌腺は、血液から物質を取捨選択して加工し、完成した化学物質すなわちホルモンを再び血流中に放出する。ホルモンは成長や発達、代謝、生殖機能、再生、睡眠や気分など、さまざまなものを調節している。

内分泌撹乱物質として知られる物質はこのホルモンの機能を乱してしまう。内分泌撹乱化学物質(EDCs)の中には自然に発生するものもあるが、人の手によって作られたものも、その影響についての研究が乏しいわりには、私たちの周りに驚くほど多く存在するようになっている。実際、国連環境計画(UNEP)および世界保健機構(WHO)が最近発表したレポート「State of the Science of Endocrine Disrupting Chemicals(内分泌撹乱化学物質に関する科学的知見の現状)」によると、これらの人工のEDCsの多くは重大な健康被害を及ぼしている可能性がある。

290ページにわたるレポートは、これまでに評価された化学物質は全部合わせても氷山の一角にすぎないかもしれないと警告している。

「ホルモン受容体、ホルモン合成、ホルモン転換に悪影響を及ぼしていることが明らかになっている、あるいは疑われている化学物質は800種類近くにのぼる。しかし、無傷の有機体において内分泌系に明らかに影響を及ぼしていることが判定できる検査は、これらの化学物質のごく一部についてしか行われていない」

人工化学物質は殺虫剤、難燃剤、プラスチック添加物、金属、電子機器、パーソナルケア製品、化粧品などに含まれている。人間のEDCs暴露は、食べ物、ほこり、水の摂取、ガスや大気中の物質の吸引、皮膚からの吸収によって起こる。野生動物は、空気、水、土、沈殿物、食料からEDCsを取り込む。野生動物でも人間でも、母親は妊娠中であれば胎盤を通して成長中の胎児に、また授乳中であれば母乳を通して子どもにEDCsを移してしまう。

WHOで公共衛生および環境部門のディレクターを務めるマリア・ネイラ氏は次のように警告する。「内分泌撹乱物質が健康と環境に及ぼす影響をより包括的に把握するために、さらなる研究を行うことが緊急課題です」

証拠の蓄積

このレポートは、2002年にWHO、UNEP、国際労働機関が共同で発表したレポート「Global Assessment of the State-of-the-Science of Endocrine Disruptors(内分泌撹乱物質の科学的知見に関する世界評価)」に続くものである。

振り返ってみると当時の知見はさらに曖昧で、レポートは次のようにしめくくられていた。

「一部の環境化学物質がホルモンの正常な働きを阻害しているのは明らかだが、内分泌作用性化学物質への暴露によって、人間に健康被害が及んでいることについては証拠が弱い。しかし、内分泌介在の影響が一部の野生動物で発生していることについては十分な証拠がある。実験室における研究がこの結論を裏づけている」

しかし、それから10年がたち、最新のレポートでは次のように述べられている。「実に多くの研究により、環境化学物質がホルモンの働きを阻害するメカニズム、私たちの環境がそのような化学物質によって汚染されている程度、人間および野生動物における化学物質暴露と健康被害との関係について、新しい情報がもたらされた」

実際、レポートの「Summary for Decision-Makers(意志決定者向けのまとめ)」においては次のような指摘がある。「EDCs暴露により生殖機能に悪影響が及ぶ(不妊、がん、奇形)証拠が示されており、これらの化学物質が甲状腺の機能、脳の機能、肥満と代謝、インスリンおよびグルコース恒常性に及ぼす影響についても、証拠が蓄積されている」

そして、レポートは、他の非遺伝的要因、すなわち栄養、母親の年齢、ウイルス性疾患、化学暴露なども内分泌系の病気や障害の増加に関わっている(かつ特定は困難である)ことを認める一方で、「この数十年間、罹病率が加速度的に上昇していることから、やはり遺伝による要因を唯一のもっともな説明とすることはできない」と述べている。

この問題の緊急性が高いことの証拠は他にも蓄積されている。それは、両生類、哺乳類、鳥類、爬虫類、淡水および海水に生息する魚類や無脊椎動物の世界的な種の喪失や個体数の減少にEDCsが関わっている可能性があることについてだ。

「野生動物が暴露されている化学物質の中で、ホルモンや免疫系に被害を及ぼしていることがわかっているものの数が増えてきている。これらの化学物質のほとんどは生態系において追跡されていない。暴露されている野生動物の個体数も追跡されていないことが少なくない」

「動物を用いた実験により、多くの化学物質が内分泌系の発達および機能を阻害しうること、それが行動、生殖、成長、生存、耐病性などに影響を及ぼしうることがわかっている。つまり、EDCs暴露が野生動物の個体数レベルに影響を及ぼすことが懸念される」

一方、レポートでは次のようにも述べられている。「EDCsの使用の禁止および規制の結果、野生動物の個体数の回復、健康上の問題の減少が見られた」

研究の優先課題

最近の科学的知見により、多くの生活習慣病は成長期に原因があること、また環境要因が遺伝的な背景と相互に作用して、さまざまな病気や障害の罹病性を引き上げることがわかってきた。

レポートの著者は次のように警告する。「EDCsは組織および器官の発達と機能に悪影響を及ぼす危険性があり、それはさらには生涯を通して、さまざまな病気の罹病性を高めることにもつながりうる。これはグローバル規模の脅威で、解決策を講じる必要がある」

WHOのネイラ氏は次のように述べた。「最新の科学的知見によると、世界中のコミュニティがEDCsおよびそれらに関連するリスクにさらされています。WHOはパートナーと協力して、研究課題の優先順位を明確にして、EDCと人間の健康被害の関係を調査し、リスクの削減に努めるつもりです。私たちには将来の世代を守る責任があります」

レポートではEDCsに関する認識を世界で高め、潜在的な罹病リスクを下げ、また関連するコストを削減するために数多くの提言を行っている。その中には次のようなものがある。

ストックホルム大学で教鞭を取り、このレポートの編集主幹を務めたオーケ・ベルグマン教授は次のように語る。「この10年において研究がおおいに進み、内分泌撹乱は10年前に認識されていたよりはるかに広範囲に及び、複雑であることが明らかになりました」

「科学は進歩を続けているのですから、今こそ、内分泌撹乱化学物質を規制しつつ、それらの化学物質暴露により、人間および野生動物にどのような影響が及ぶのかをさらに研究しなければなりません」

翻訳:ユニカルインターナショナル

Creative Commons License
解明が急がれる内分泌撹乱化学物質の被害 by キャロル・スミス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

キャロル・スミスは環境保護に強い関心を寄せるジャーナリスト。グローバル規模の問題に公平かつ持続可能なソリューションを探るうえでより多くの人たちに参加してもらうには、入手しやすい方法で前向きに情報を示すことがカギになると考えている。カナダ、モントリオール出身のキャロルは東京在住中の2008年に国連大学メディアセンターの一員となり、現在はカナダのバンクーバーから引き続き同センターの業務に協力している。