欧州の再生可能 エネルギー社会 への道筋

欧州連合(EU)は、2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量を1990年のレベルから80%削減するという大胆な目標を掲げているが、その実現性を疑問視する声が多く上がっている

しかし、2010年4月に発表されたある研究によると、現在ヨーロッパ諸国に住む人々が享受しているエネルギー関連サービスを損なわずにこの目標を達成することは可能だという。欧州気候基金(ECF)は、エネルギー関連企業、コンサルタント会社およびNGOの専門家らと協力して、「ロードマップ2050:ヨーロッパにおける繁栄と低炭素社会実現のための実用的ガイド」と題した報告書をまとめた。

「研究結果は驚くべきものでした」とECFの政策・運輸プログラム担当部長のマーティン・ロコール氏は述べている。先日ベルリンで開催した「大転換-環境保護経済へ」(Great Transformation – Greening the Economy)と題された会議にてロコール氏はこの報告書を発表し、「気候変動に関する朗報がこの報告書に記されている」と語った。

未来をバックキャスティングする

ロードマップ2050のミッションは、「EUが掲げるエネルギー安全保障、環境および経済目標に則った形で、ヨーロッパの低炭素経済を実現するための道筋を実践的、独立的かつ客観的に分析する」ことである。

しかし、現時点での動向が将来的にどこに行き着くかを予測(フォーキャスティング)する従来の研究とは異なり、ロードマップ2050は「バックキャスティング」(過去の出来事を描写する)の手法を取り入れている。つまり、最終状態(例えばGHGの80%排出削減)を前提として、そこまでの道筋を現時点の選択肢や可能性(再生可能エネルギー技術など)に基づいて検証するという考え方だ。

ロードマップ2050の報告書では、原子力エネルギーや炭素捕捉・貯蔵(CCS)で補完できる再生可能エネルギーの量に応じて(40%、60%、80%)、いくつかのシナリオや道筋が検証された。

排出量80%削減は、すでに商業化されている既存の技術や開発最終段階にある技術を駆使すれば達成することができる。

EUが2050年までに経済全体で80%の排出量削減目標を達成するために、報告書は以下の点を指摘している:

下記図の排出量80%削減のシナリオは、原子力エネルギーおよびCCSによる10%ずつの補完を前提としているが、すでに商業化されている既存の技術や開発最終段階にある技術を駆使すればこの目標が達成可能であることを示している。

figure1

報告書はまた、ヨーロッパが石油やガス輸入への依存度を減らしていくことにより、脱炭素化は成長やエネルギー安全保障を弱体化させるのではなく、むしろ長期的に見れば強化していくものだとしている。さらに、既存の基準と比較しても、脱炭素の道筋を取った場合の全体のエネルギーコストは、長期的に見て20%から30%縮小すると見られている。

雇用に関しても、環境技術産業だけで約40万の雇用機会が創出されると考えられており、これに対して化石燃料産業ではすでに約25万人が職を失っている。この移行には今後40年間で7兆ユーロ(約8兆6000億ドル)という巨額の投資が必要とされる。

的外れの主張

もしもヨーロッパに統合された送電網が建設されれば、北はノルウェーの莫大な水力発電能力から、南は日光降り注ぐスペインの太陽光発電まで、ヨーロッパ大陸の地理的および気象的な多様性を活用することができるだろう。

季節や地理的なバランスについても、異なる種類の再生可能技術(太陽光、熱、太陽光、風力、地熱、バイオマス、および再生不能エネルギー)を集約した本研究のモデリングにおいて、前向きな結果が報告されている。図2が示しているとおり、例えば、冬季には太陽エネルギーは減少するが、風力が強まることによって不足分を十分に補えることがわかる。

再生可能エネルギーに批判的な人々は、再生可能資源によるエネルギー供給量は変動するため、1年のうちある一定期間のエネルギー安全保障が脅かされると主張してきた。また、再生可能エネルギーの価格が化石燃料に比べて高いことや、再生可能エネルギー資源供給の信頼度の低さも指摘されている。

figure2しかし、ロコール氏は、ロードマップ2050によって、変動、コスト、信頼度の欠如といった再生可能エネルギーにまつわる虚構が誤りであることが証明されると述べている。

「どの道筋のシナリオが使われたとしても、再生可能エネルギーに反対する古びた意見はすでに的外れだ」と同氏は言う。ロコール氏がNGOフレンズ・オブ・アース・ヨーロッパ(Friends of Earth Europe)の元事務局長であることからも、彼が再生可能エネルギーの推進に熱心な理由が伺える。ロコール氏は再生可能エネルギー産業の様々な利害関係者がこのプロセスに積極的に参加することを強く主張してきた。

報告書が示す結果が環境グループの単なる希望的観測ではなく、産業界のデータに基づいて算出されたものであるという認識を持つことが重要だ。(ロードマップ2050報告書の著者 マーティン・ロコール氏)

「私たちはプロジェクトを推進するにあたり、意図的に企業寄りのコンサルタント会社を選んだ。重要なのは、報告書が示す結果が環境グループの単なる希望的観測ではなく、産業界のデータに基づいて算出されたものであるという認識を持つことだ」

このプロジェクトに関わる団体には、マッキンゼーやオックスフォード・エコノミックスなどコンサルタント会社、シェルなどのエネルギー企業、そして世界自然保護基金(WWF)のような国際的NGOが含まれている。(研究報告はECFが単独で執筆したものであり、その内容に関するすべての責任はECFに帰属する)

「この研究の価値は、それがつい最近まで再生可能エネルギーの利用拡大に懐疑的だった企業との密接な協力体制の下に行われたことである」とロコール氏は言う。

あらゆる仮定

他の研究と同様に、とりわけ40年後の未来を見据えた研究の場合にはよくあるように、本報告書もまた、100%確実とは言えない仮説(例えば将来の電気自動車普及状況など)をたてている。これら様々な仮説の中でも注目すべきは、エネルギー需要が原子力エネルギーやCCSで補われるという前提だ。

「本研究は、人々が再生可能エネルギー、原子力エネルギー、CCSの中から自由に選択を行なえるように設定されている。どれを選んでもエネルギーシステムは機能するので、人々は、それぞれの技術に関連したリスクなど、個別の問題に合わせて手段を選べるようになる」と同氏は指摘する。

原子力発電所の建設は実際には何十年もの年月を要する。CCSに関しても、多くの専門家はそれを現実とかけ離れた可能性、もしくは選択肢にさえならないと主張する。

しかし、原子力発電所の建設は実際には何十年もの年月を要し、CCSに関しても、多くの専門家はそれを現実とかけ離れた可能性、もしくは選択肢にさえならないと主張する。

反対に、ロードマップ2050が提案するいくつかの仮説は、将来、温室効果ガス排出削減が実現される可能性を過小評価しているのかもしれない。報告書では、年間のエネルギー効率向上率を2%と予測している。2%という数字は決して保証されているわけではないが、ロコール氏と共に代表として会議に出席した世界的科学者のエルンスト・ウルリッヒ フォン・ワイツゼッカー氏は、意思さえあれば主要産業は資源生産性を5倍に改善できると述べている。

倫理的な見地から見た場合、国家間のカーボンオフセットが組み込まれていない点で、この研究は目新しいものとなっている。カーボンオフセットとは、ヨーロッパ諸国がクリーン開発メカニズムのポイントを購入できる制度である。言い換えれば、本報告書は、ヨーロッパ各国が開発途上国に頼らずに化石燃料の排出ガスを削減することを意味しているのだ。

EUの結束

ロコール氏の講演の後、一部の参加者は、報告書の数値や仮定は再生可能技術に都合よく偏りすぎているのではないか、との懸念を表明した。では、ロコール氏自身は研究が楽観的な見地から行われたと考えているのだろうか。

「私たちは、政治の力で実行できることについては楽観的に考えている。しかし、政治的意思によって今後数年間に必要とされる政策が行なわれ、ロードマップ2050が実用化されるかどうかはわからない。それ以上に、必要とされる送電網を拡張できるかどうかが、グリーンな社会を実現する上での大きな課題である」と同氏は述べた。

報告書を支持する人々は、ヨーロッパが将来に向かってクリーンエネルギーの道筋を追求するのは、経済的にも倫理的にも正当だと考えている。加えて、ヨーロッパが世界的な経済危機に瀕している時、この挑戦がEUの結束を強めると信じている。

「この革新的で創意に富んだプロジェクトは、ヨーロッパの将来の団結にとって最も重要な事業だ。それはヨーロッパ諸国の協力を必要としており、実現可能であると同時に、必ず実現しなければならない課題なのだ」とロコール氏は強調する。

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翻訳:森泉綾美

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著者

マーク・ノタラスは2009年~2012年まで国連大学メディアセンターのOur World 2.0 のライター兼編集者であり、また国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の研究員であった。オーストラリア国立大学とオスロのPeace Research Institute (PRIO) にて国際関係学(平和紛争分野を専攻)の修士号を取得し、2013年にはバンコクのChulalpngkorn 大学にてロータリーの平和フェローシップを修了している。現在彼は東ティモールのNGOでコミュニティーで行う農業や紛争解決のプロジェクトのアドバイザーとして活躍している。