IAEAは福島の現実を直視せよ

2013年10月21日、国際原子力機関(IAEA)の専門家チーム、Remediation Mission to Japan(日本汚染修復調査団)は、先の7日間にわたる東京と福島の視察に基づき、予備調査報告書を提出した。

修復(Remediation)はIAEAの任務の非常に重要な分野であり、「その目的は陸域に存在する汚染、もしくは地表水(あるいは地下水)などの他の汚染媒体からの放射線被曝の低減」である。この役割に従い、IAEAには福島第一原発事故後の日本の除染活動に関する調査が要請された。実のところ、今回は2度目の視察であり、2011年10月の追跡調査である。

IAEAの報告書に目を通し、その内容を福島の現実と照らし合わせると、IAEAの調査団は視察の間、ポチョムキン村(見せかけだけを繕った張りぼての村)にでも迷い込んでいたのだろうかと首を傾げたくなる。

この中間報告書では、「重要な進展のあった」13分野を称賛、強調しつつ、8項目の取るに足らない助言を提示しているに過ぎないからだ。

たとえば、IAEAの主な調査結果は、日本が「その修復活動において順調に進展しており……修復活動は復旧・復興活動と連携して順調に進んでいる」というものである。

チームを率いるフアン・カルロス・レンティッホIAEA核燃料サイクル・廃棄物技術部長も、「調査チームは、さまざまな省庁、機関、地方自治体が参加して、こうした非常に重要な修復活動を推進していることに、実に感銘を受けました」と息を弾ませながら語っている。

IAEAには「不十分な進展」に気づく見識もなければ、それを表現するだけの語彙もないようだが、IAEAがもっと直截簡明であったなら、日本と原子力産業、それに世界に大きく役立ったことだろう。今回の調査に関する最終報告書は、12月に日本政府に提出されることになっているため、IAEAには助言を修正し、今日まで避けてきた困難な現実のいくつかを盛り込むチャンスがまだ残されている。

調査チームが明らかにした「特筆すべきこと」の1つは、日本が「汚染地域の住民の被曝量を低減し、事故後避難していた人々の帰還を実現、促進、支援し、被災自治体の経済的・社会的混乱の克服を支援するために、修復プログラムの実施に大変な努力を払っている」ことであった。

しかし、プログラムを判断する基準としては、「努力」を払っているというのは、あまりにも曖昧で主観的なものに思われる。自宅で安全に生活できるという何らかの合理的な確信を得て帰還した住民の人数ならば、もっと適切で客観的な基準になるのは間違いないだろう。

実際、IAEAが井上信治環境副大臣に予備調査報告書を提出したその日、環境省は、福島第一原発周辺の警戒区域にある11の市町村のうちの6つで、除染作業が予定より大きく遅れており、大幅な見直しが必要であると発表した。

これはつまり、9万人以上の人々が、今後3年間、警戒区域にある自宅に戻りえないことを意味し、こうした現実がIAEAの提出した楽観的な報告書とはまったく異なることを示している。また、IAEAは各省庁・機関間の連携を称賛しているが、問題の大部分は、環境省と被災自治体の間のコミュニケーション不足と深い不信感にある。

現在まで、除染作業はいくつもの問題や失策に悩まされてきた。最大の難題の1つが、汚染土壌と汚染がれきの処理方法をめぐる判断であり、多くの場合、それらは仮置き場に保管されたままになっている。会計検査院によると、環境省は除染予算の76.6パーセントを執行していないが、その重要な要因として上記のような問題があると判明している。

執行された予算の大部分は、朝日新聞が「ゆがんだ除染」をテーマとする調査記事のなかで詳述しているように、請負業者によるずさんな事業に浪費されている。しかし、そうした問題について、IAEAの報告書はまったく触れていない。調査チームの任務は、福島第一原発周辺の汚染地域にはっきり限定されており、原発の施設そのものや、そこへ流出入する大量の地下水の動きについてはいずれも対象としていない。

その結果、IAEAが、除染プロセスにうまく対処していると日本を称賛しながら、損傷した原発で次々に起こる問題を黙過できるというかなり超現実的状況が生じるのである。IAEAは日本政府に提示した助言のなかで、「放射能とそれに関連するリスクについて、国民の間にもっと現実的な理解を広めるため」、また「不信感を和らげ、下す決定にいっそうの信頼を得る」ために、コミュニケーションを改善する重要性を強調した。

その実現には、政府が福島第一原発の状況を把握することが不可欠であるのは間違いない。なんといっても、福島第一原発での度重なる事故、ミス、汚染水漏れが、東京電力(東電)の深刻な不始末や政府の限定的な管理と相まって、放射能に関する国民の不安が高まっているのだ。

もう1つの重要な現実は、現場で働く数千人の作業員のきわめて悲惨な作業環境である。この問題に関する最近の報道でも、作業員の深刻な鬱状態や不安、高レベルの放射線被曝、アルコール中毒、低賃金のほか、現場のあらゆる問題を悪化させているさまざまな要因を重点的に取り上げている。

発電施設の周囲で除染作業という「努力」に従事する作業員は、施設そのもので働く作業員が直面するのと同じレベルの危険や課題を強いられているわけではないかもしれないが、反社会的組織の関与や疑問のある職場慣行など、対応を要する問題を十二分に抱えている。

こうした問題はどれも修復の妨げとなるものであるが、IAEAの報告から完全に抜け落ちている。

IAEAは必要以上に称賛するのではなく、原発事故に対する日本政府および東電の対応を形成してきた不十分なガバナンスと明らかな不始末の是正に向けて、いくつか助言をすべきである。状況は明らかに逆であるにも関わらず、すべてが順調であるかのように見せかけるのは、誰の利益にもならないし、まして世界の原子力産業のためになるはずもない。

本稿は 2013年10月28日にJapan Times にて発表された論評です。

All Rights Reserved.

著者

クリストファー・ホブソン博士 Christopher Hobson は、早稲田大学政治経済学部の講師で、国連大学の客員リサーチフェロー。それ以前は、国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の「平和と安全保障」部門のリサーチ・アソシエイト。オーストラリア国立大学国際関係学部で博士号を取得し、過去にはアベリストウィス大学国際政治学部の博士研究員を務めていました。