ヘルミー・アボレイシュ氏はエジプトのSEKEM(セケム)グループの最高経営責任者。 SEKEM社は、企業、研究センター、病院など社会的、文化的企業を支援し、自然薬品、オーガニック食品、テキスタイル、IT、エコロジーサービスなど幅広く高品質な消費者製品を生産している。これらの製品はバイオダイナミック農場の作物から作られたものである。この方法は土壌の生命力と、自然の生命多様性を復活させ、維持しようという目的で行われている。
世界は経済、社会、環境問題などいくつもの危機に直面している。途上国はは不況と不公平な経済に苦しんでおり、彼らが住む地域は気候変動の影響を最も受けやすいため、特に大きな影響を受けている。また、途上国では農業セクターが社会的にも環境的にも主要な役割を占める。
社会的に重要なのは、農業セクターが大多数の人々に仕事を提供しており、食料安全保障の確保に努めているからだ。食料価格の高騰と最近の食料暴動が問題となっている今、これは極めて重大な問題である。環境的に重要なのは、このセクターが世界の真水の3分の2を使用し、既存の農業システムは土壌汚染、公害、砂漠化を引き起こす可能性があるからだ。
世界各国が一般的な農業慣習をやめ、より持続可能な農業システムを採用することは、必要不可欠かつ喫緊の課題だ。しかしそのような新たなシステムは、本当に世界の人々に、手頃な価格で十分な食料を届けられるのだろうか。
バイオダイナミック農法に基づいた総体的で持続可能な開発のイニシアティブ「SEKEM (セケム)」が目標とするのは、まさにそれである。バイオダイナミック農法とは、オーガニック農法の一種で、デメター(demeter)農法協会が定めたところによると、農場を次のような視点で見ている。「外部から人工的に手を加えることなく、個々の健康と活力を創造し、維持するための自己完結的かつ自立的なエコシステムである。……土壌、植物、動物、人々などがひとつになって生命力のつながりである有機体を作り出す」
バイオダイナミック農法とは、外部から人工的に手を加えることなく、個々の健康と活力を創造し、維持するための自己完結的かつ自立的なエコシステムである。
SEKEMは、堆肥をたっぷり使用し、砂漠を活力ある健全な土壌に変えるためバイオダイナミック農法を採用している。 丈夫な作物と自然の捕食動物があれば、化学肥料や殺虫剤など外から投入する必要はない。バイオダイナミック農法では家畜が堆肥を作る自己完結した養分循環が行われ、自分たちで家畜の餌となる穀草類を作り、土壌を肥やすため輪作する。そして余った作物を国内外のスーパーやオーガニック店で売る。
一般的農業慣習を変えるにあたって1つの重大な懸念は「コストが上がるのではないか」ということである。SEKEMのように、オーガニックでかつ資源効率がよく、土壌を保護する持続可能な農業では、一般的な農業生産より、1〜3割増しの人手が必要だ。普通、労働者を増やせば全体の経費は上がる。そしてスーパーで売られるオーガニック製品は、一般的な製品より値段が高い。
理論的に考えればオーガニック生産は、ごく一般的な生産方法より高額である。しかし本当にそうなのか。
答えはノーだ。そのような狭い経済的視点には、オーガニック製品の市場価格に含まれていない財務上、社会経済上の外的要素への考慮が欠けている。たとえばエジプトの場合、エネルギーと水への助成金があるが、それは資源集約型の農法の普及を促進するものである。バイオダイナミック農法のような資源効率型農法は助成金の恩恵にはほとんど(たとえあっても)あずからず不利益な立場にあり、そのため市場の歪みを招いている。
より持続的な農法を採用した場合の間接的な費用節約効果も市場価格には考慮されていない。健康な土壌は固形の有機物質が多く含まれており、保水容量が高いため水の消費が減り、そのため腐食が起こりにくい。一般的農業生産と比べて、バイオダイナミック農業ではエネルギー効率がアップし、温室ガスが削減され、土壌の炭素隔離が促進されるため、気候変動を和らげる素晴らしい手段なのだ。
持続可能な農業システムが経済に非常に大きなプラスのインパクトを与えるだろうという考えは、常識的なだけではなく科学者たちや経済アナリストたちの見解でもある。
丈夫な作物、輪作、アグロフォレストリー(農林複合経営)のような複合型農法は穀物の不作のリスクを最低限に抑えることを意味する。間作と化学物質不使用によって生物多様性が増す。さらに外的投入の費用が抑えられることで労働力増加分の費用をまかなうことができ、農村地域の生活改善にもなる。バイオダイナミック農法は農民、動物、土壌、空気、地表水を危険な化学物質にさらさないため、より健全である。
持続可能な農業システムの費用削減効果と気候変動を和らげ適応する可能性を数値化することは、なかなか難しい。しかし、それが経済に非常に大きなプラスのインパクトを与えるだろうという考えは、常識的なだけではなく科学者たちや経済アナリストたちの見解でもある。
さらに、考えるべき重要な要素がもう1つある。農薬や化学肥料の代わりに自然の捕食動物や堆肥を使用すれば、国家の健康管理システムの費用が削減されるという効果がある。農民の健康状態は著しく向上し、人々は残存化学物質のない多様な食料を味わうことができる。
労働力や機械にかかるコスト、助成金や環境コスト、健康に関するコストなど、あらゆる費用面を考慮に入れれば、現在の持続可能な農業は既に安いのだ。エネルギー価格が上昇し、水が不足し、気候変動がますます厳しくなる今日、持続可能な農業システムのみが実行可能かつ問題解決の手段なのである。
2050年には、90億人分の食料が生産されなければならない。明日の農業システムを考える際には食料安全保障の考察が不可避であり、十分な栄養の供給、アクセス、手頃な価格が食料安全保障のために必要な評価基準である。
持続可能な農業生産という方法 は、増加する世界人口に対して、手頃な価格で栄養たっぷりの食料を十分に供給するための唯一の解決策である。
供給:化学肥料のような外的投入は食料生産を大幅に増やすために必要だという以前からの説に反し、多くの科学者や政策研究者、食料の権利を担当する国連特別報道官オリビエ・デシューター氏をはじめとする専門家などは、資源節約型、低投入技術が生産高を大々的に増加させる可能性があることは既に証明済みだと主張している。途上国における伝統的農業システムや、土壌が汚染されている地域での生産高は200%まで増加する可能性がある。
食料入手と手頃な価格: アグロフォレストリー(農林複合経営)のようなエコ強化型農法によって最大限の生産高が見込める農村地域は、多くの場合、貧困と飢餓に苦しむ地域でもある。生産高が上がれば食料を直接入手でき、農民の栄養状態も向上する。持続可能な農業システムには労働力も必要になるため多くの職が生まれ、その結果、家族を養う食料を購入することも可能になる。
今日主流の農業の理論的枠組みは転換の時を迎えている。先進国では工業的な農業が主に化学肥料、殺虫剤、除草剤、そして水と輸送燃料を大量に使用して高い生産性を生み出した。伝統的農業は、多くの場合途上国のものだが、森林伐採、土壌養分の過剰吸収を招く。持続可能な農業生産という方法 は、増加する世界人口に対して、手頃なな価格で栄養たっぷりの食料を十分に供給するための唯一の解決策である。
エジプトで大きな変化が見られたように、今は変化の時代だ。そのような中、私たちが直面する大きな課題を持続可能な形で解決するための新たな一層の努力への扉は、今開かれている。
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この記事は20011年7月11日Making Itで公表したものです。
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