カリンガ・セネヴィランネ氏はジャーナリスト、ラジオのアナウンサー、テレビのドキュメンタリー製作者、メディア・アナリストである。彼は現在、シンガポールのアジア・メディア情報コミュニケーション・センターで研究部長を務めている。専門分野は開発問題に関するジャーナリズムと特集記事の執筆であり、1991年以来、インタープレス・サービス(IPS)に寄稿している。
シンガポールは、わずか715平方キロメートルの国土に500万人もの人々が暮らす小さな国だ。多くの国民の住まいを確保するために、シンガポールは上に伸びる対策、つまり高層の共同住宅建築を増やすことを余儀なくされた。
シンガポールは今、この垂直モデルを都市型農業に応用しつつある。多くの国民に食料を提供するために、屋上菜園や垂直農場を試みている。
シンガポールの食料自給率は現在、わずか7パーセントだ。生鮮野菜やフルーツのほとんどを、マレーシア、タイ、フィリピンといった近隣諸国からだけでなく、オーストラリア、ニュージーランド、イスラエル、チリといった遠い国々からも毎日輸入している。
移民の流入によってシンガポールの高層マンションはあっという間に満室となり、さらに多くの超高層マンションが急増している。その一方で、ほんのわずかしかなかった農地は急速に姿を消しつつある。
この問題への解決策は、官民パートナーシップという形で誕生した。熱帯地域の野菜を都市環境で栽培するための「世界初の低炭素型で水力駆動による、回転式の垂直農場」の開発事業だ。
この事業はシンガポール農食品獣医庁(AVA)と地元の企業であるスカイ・グリーン社の提携合意の結果であり、環境に優しい方法でもある都市型農業の技術の普及を目指している。
国内総生産2397億ドルという強い経済力を持つシンガポールには、財力ならたっぷりある。「しかし食べるものがなければお金に価値はありません」とスカイ・グリーン社取締役のジャック・ウン氏は語った。
「ですから、シンガポールの農民がもっと多くの食料を生産できるように、私が工学で学んだスキルを役立てたかったのです」とウン氏はIPSに語った。
エンジニアでもあるウン氏は垂直型の農業システムを開発し、「A-Go-Gro(すくすく育て)」という愛称を付けた。このシステムは、数棟のアルミ製タワー(最高9メートルの高さ)で構成されており、各タワーには野菜用のプランターが置かれた38段の棚が備え付けられている。
スカイ・グリーン社は環境的な持続可能性を重視している。そのため、棚を上下に稼働させる動力として使われる水はシステム内で再利用され、最終的には野菜の水やりに利用される。各タワーの消費電力は1日当たりわずか60ワット、つまり電球1個とほぼ同じ消費電力である。
ウン氏は、システムが高価だったり複雑だったりすれば、都市型農業の従事者は食べていけないと分かっていた。そして、退職者のように、自宅にいながら農業に携わることができる人々を念頭に置いてプロジェクトを計画した結果、「人間が作物に歩み寄るのではなく、作物が人間に歩み寄る」状況を作り出そうとした。
野菜が植えられた何段もの棚は約8時間をかけて、ゆっくりと上下に1周する。作物はタワー上部に移動すると日光をたっぷりと浴びる。下部へ移動すると、タワーを稼働させる水力システムからトレーに蓄えられた水を吸収する。
この閉鎖型循環システムは、メンテナンスが容易な上に、炭素を排出しない。
ウン氏によれば、多くのシンガポール国民が暮らす高層住宅の屋上にこのようなタワーを設置すれば、退職者や主婦の生計を賄える可能性があるという。彼らは屋上で数時間、作業すればいいだけだ。
スカイ・グリーン社のタワーは現在、奶白(ナイバイ)、小白菜、白菜といった地域住民に親しまれている野菜3種を生産している。これらの野菜は28日周期で収穫可能だ。
このシステムで生産された野菜は、230以上の店舗とスーパーマーケットに販売網を持つシンガポール最大の食品小売業者、NTUCフェアプライス生協に供給されている。都市で栽培された野菜は、輸入野菜より1キロ当たり約20セント高額だ。
先日、同生協の購買部長であるタン・アー・ヤム氏はストレーツ・タイムズ紙の記者に、こうした「高層ビル型農場」のおかげで質の良い地産野菜を顧客に提供できるようになったと語った。「農場から陳列棚までの距離が短いため、より新鮮な野菜を提供できます」
スカイ・グリーン社は来年中旬までに垂直農場を拡大し、NTUCフェアプライス生協に1日2トンの野菜を供給する計画だ。
スカイ・グリーン社のプロジェクトは、シンガポールにおける、ここ数十年間に見られる傾向の1つの例である。
1990年代に都市部が拡大して以来、シンガポールは伝統的な農業のための土地不足を補う対策として、屋上菜園を促進してきた。
地元の数々の研究機関が水耕栽培や気耕栽培のシステムを開発したが、実用的に成功したものは皆無だった。「構造物の重さに屋上が耐えられるかどうかが、常に問題でした」とAVA元広報部長であるシー・ヨン・ゴー氏はIPSに語った。
国立教育研究所の所長であり、「高層ビル型農場」の活用を長年提唱してきたリー・シン・コン氏のような専門家は、シンガポールは早急に輸入食品への依存を低減する必要があると考えている。
極端な天候事象が頻繁に起こっており、「洪水のような自然災害は食料生産に影響を及ぼしかねません。そうした状況を考慮すれば、シンガポールは食料安全保障の観点から国内での野菜生産を検討しなければならないかもしれません」と同氏はIPSに語った。
コン氏は現在、「野菜工場」の開発に携わっているという。建物全体が生鮮野菜の栽培のために設計された施設だ。
「私たちは発光ダイオードを利用して野菜を育てる6層の気耕栽培システムを開発し始めました」と彼は語った。「今は実験段階です。このモデルの成功を証明できれば、多層構造システムを閉鎖された建物の中に設置して野菜を生産することができます。そうなれば、確実に都市型農業の可能性が高まるでしょう」
2005年以降、政府は屋上での農業に関する留保を部分的に取り下げている。最近、国立公園管理局は生徒に都市型農業を知ってもらうために、人口密度の高いアッパー・セラングーン・ロードにある高層マンションの屋上を教育用農園に改造した。
一方、スカイ・グリーン社はシンガポールの工科大学、テマセク・ポリテクニックと覚書を締結した。応用科学学部の部長を務めるリー・チー・ウィー博士は、スカイ・グリーン社との提携によって学生たちは技術がどのように野菜栽培に使われるのかを実際に見ることができ、「現代的な農業が卒業後の進路としてかなり魅力的になるでしょう」と語った。
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本記事はInter Press Service News で発表されたものです。
翻訳:髙﨑文子
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