増え続ける人類の胃を満たす方法

現在9億もの人々が貧困に陥り、日々飢えと戦っている。将来的に事態はますます切迫するだろう。2050年までに世界の人口は90億を超えるとされている。人口過密と飢餓の世界に食料を賄うためには、現在の7割増しの食料生産が必要となるそうだ。

世界中で飢えと貧困に苦しむ人々に食料を供給することは、現代を生きる私たちに課された難題である。しかし十分な創造力を持って骨身を惜しまず努力すれば、解決は可能だ。解決のカギは地球上に5億も存在する小規模農地を耕している人々にある。こうした農家が農業発展の軸であり、将来の食料供給のカギを握っているのだ。彼らは大抵貧しい暮らしをしているが、その潜在能力を引き出すためには、世界全体で、そして地域の中で、農業開発に対する私たちの取り組み方を抜本的に変えていく必要があるだろう。

今年初め、国際農業開発基金(IFAD)が農村の貧困に関する報告書2011―途上国における貧困の根絶への課題と解決に対する総合的評価―を発表した。この報告書から小規模農家の現状が見えてきた。それは、可能性に満ちているが常に彼らを脅かすものがつきまとっているというものである。農業技術や新たなチャンスを上手く利用している小規模農家のエピソードは、絶望的な状況に直面している多くの小規模農家とは実に対照的である。

多様化する昨今の経済を支持し、小規模農家と共に農業分野が繁栄していくためには、農業関連産業に革命を起こす必要がある。

今流行りの低価格商品を売るチェーン店やスーパーマーケットが途上国に出現することにより、こうした農家の格差がますます広がっていく危険性がある。都市化が進むのと同時に、新しい技術や都会的なマーケットシステムが導入されると、膨らみ続ける農業生産物への需要が満たされ、貧しさのどん底から多くの人々が救われる可能性があるのは事実だ。しかしこうした市場の力が間違った方向に向けば、小規模農家は農業資源の不足により社会の流れから取り残されていくことになりかねない。

多様化する昨今の経済を支えながら、小規模農家と共に農業分野を繁栄させるためには、農業関連産業に革命を起こす必要がある。その本質からみて、この革命によって市場と小規模農家が強固な関係を築くことが容易となるはずだ。そうなれば、私たちは2015年までに貧困と飢餓を半減させるというミレニアム開発目標の達成に初めて近づけるだろう。この「人間優先」の戦略は、生産者と消費者の両方に利益をもたらす。現代的で包括的な市場を促進し、貧しい小規模農家の市場参入を手助けすることで、現在貧困の中に生きている多くの人の生活を改善することができるのだ。その上、将来の世界人口に見合う食料需要を満たすことも可能となるだろう。

現状を検証する

極めて多くの小規模農家は破産寸前で、日々戦っている。農業で利益を得るというより、なんとか生きているという状態である。彼らは、アジアやサハラ以南のアフリカで消費される農作物の80パーセントを現地生産しているにもかかわらず、農家の発展どころか、生きていくだけで精一杯で、極限の危機に陥る寸前の暮らしをしている。最新の道具や技術無くしては、ほとんどの場合、収穫高が低すぎて余剰農産物を出すことはできない。土地や水は次第に不足し、日々の生活に必要な分を確保するのも大変な状態だ。またインフラの未整備や貧困によって、商業化への道はいっそう阻まれている。小規模農家の農産物の買い手などほとんどいないのだ。こうした状況は特に都会から離れた場所で顕著である。

IFADでは、こうした課題への解決策を模索する中で、いつも自分たちに問いかけている2つの主題がある。1つは、非常に貧しくギリギリの生活を送っている農民に、彼らの作る農作物の質を高めるための投資をさせ、さらなるリスクを負わせも良いものかということ。そしてもう1つは、小規模農家が過小評価されることなく市場に参入する方法が本当にあるのかということだ。

小規模農家に対する私たちの見方を、彼らが施しを受ける者としてではなく利益を追求する商業相手として認めることで、目を見張るような進歩を目の当たりにすることになるのだ。

どちらの疑問への答えもYESである。私たちはそれを証明するための成功例も実際にこの目で見てきた。例えばカイロに住むアーマド・アブデルマネム・アルファー氏もその1人であり、実業家として成功している。彼はIFADの支援プロジェクトに加わったことで、新たに開拓された砂漠の一部を与えられ、信用基金を利用し、下水とゴミ処理システム、そして細粒灌漑を使用できるようになった。そしてその結果、大きな利益を出す事業を築いていった。彼は現在ソラマメ、タマネギ、オレンジ、シシトウ、ジャガイモを作っており、所属する市場で3万6千人もの同業者の仲間となった。こうしたプロジェクトが成功したのは、小規模農家が本来持つ能力が認められたからである。つまり、彼らは潜在能力のある事業家として受け入れられたのだ。小規模農家に対する私たちの見方を、彼らが施しを受ける者としてではなく利益を追求する商業相手として認めることで、目を見張るような進歩を目の当たりにすることになるのだ。

IFADは世界中の農村地域でこうしたプロジェクトを支援しており、その先々でアーマッド氏のような成功例を出している。私たちのパートナーの支援があれば、自宅まで届く道路、灌漑、水管理システムなど、地方のインフラを発展させるプロジェクトに資金を提供することが可能となる。つまり私たちは、農家の収穫後のロスを減らす手助けをし、農作物の品質向上に力を貸しているのである。

将来への取り組み

スーパーマーケットや昨今の統合が進んだバリューチェーンの規模や取引対象商品が拡大していることを考えると、小規模農家のこうした成長は、今重要な局面を迎えているといえる。スーパーマーケットは客に高品質な商品を提供しようと模索しているため、仕入れ業者に対しより厳しい品質基準を課す。だから彼らの仕入れ先は大抵の場合、大規模な業者に限られている。そのため小規模農家がこうした新しい市場に食い込むことは難しい。

都市部の客は加工製品を求める傾向が強くなっているため、田舎の労働者や農民は新しい雇用機会を得ることができる。

伝統農業から新しい農業への転換は大変な困難を伴う場合が多い。これを成功させるため、小規模農家は市場機会を獲得する商業重視の事業者として経営する必要があり、このためのサポートを常に必要としている。「貧困農家に関する報告書2011」からわかったことは、小規模農家では生産力向上に加えて、品質と検疫基準に対する市場からの要求に応えるため、常に新しい技術と知識が求められているということだ。また、今市場が必要としている物が何かを知らせるマーケット情報が即時に得られることも大切だ。小規模農家は単独で経営すればぜい弱であるが、力を結集して地方の生産者組織を作りだすと、極めて望ましい結果を出すようになる。こうした組織を形成することで、投入資本や自分たちの市場供給への要望をまとめることが可能となり、彼らはより強い勢力となって、バイヤーと交渉をしたり、自分たちの農産物に対して公正な取引きを約束させることが可能になるのだ。安心感が深まれば、新しい市場で舵をとることへの不安は解消される。正式契約があれば小規模農家の人々の市場に対する信頼感も増す。また都市部の客は加工製品を求める傾向が強くなっているため、田舎の労働者や農民は新しい雇用機会を得ることができる。

また信用貸しの利用を重視することも大切だ。そうすれば小規模農家が新しい市場に参入し、利益を出す能力を獲得できる。今では多くの銀行が農村地域で営業しているおかげで、農民たちは市場参入に伴うリスクに対処できるようになった。農産加工業者もまた、供給業者に対して貸付を行っている。こうして融資が増えたことにより、劇的な結果が出始めた。今後彼らが必要としているのは長期的な財政支援だ。これがあれば信頼度が高まり、市場に参入していくことができるだろう。

協力体制

農村社会で農業が本格的に成長していけるかどうかは、多くの関係者からの協力にかかっている。例えば、政策立案者や公益事業、市民社会団体、NGO、寄付者など、様々な人々が重要な役割を果たすことによって、小規模農家がより効果的に新しい価値連鎖に携わっていくことが可能となる。もちろん政府の力があれば小規模農家の選択肢は広がり、自分たちの農産物を地域の市場や世界市場で売ることができる。その上、政府は農業における公共支出を増やすこともできるのだ。また民間企業による投資は、小規模農家を市場に参入しやすくし、彼らの農産物を排除するどころか盛り込むような政策を実行する力となる。そして寄付者の働きかけがあれば、農民たちは価値連鎖の中で公正な取引ができることを目標に働き、同時に組織としてまとまっていくことが可能となる。こうして最終的に、政府、寄付者、民間企業など様々な援助の力によって、女性や若者にも小規模農家を経営するチャンスが到来するだろう。

民間セクターによる投資は、小規模農家の市場参入を促進し、彼らの農産物を対象から外すのではなく盛り込むような政策を実行する助けとなる。

今日では、多くの小規模農家にとって経済と農業の両面において前例のないチャンスが訪れている。訓練と組織とインフラの整備によって、何百万もの人々が貧困生活から抜け出せるようになるだろう。農村地帯に暮らす老若男女が、利益の上がる農業を実現させる時が来るかもしれない。そうなれば住宅、教育、家族の健康のレベルを上げるチャンスとなる。小規模農家が新しい市場に継続的に加わっていけば、その実績は農村地帯においても経済の繁栄が可能であるという裏付けとなっていくはずだ。

繁栄する農村社会

農業の成長は経済を成長させる。これは世界の歴史の中で実証されてきた。18世紀のイギリス、19世紀の日本、そして20世紀の中国もこれに当てはまる。新しい農業が発展すると、農村地帯の生活には農家の中も外も活気があふれてくる。世界中の農村地帯の人口の60パーセントは15歳から24歳までとされるが、彼らはいずれ村に留まって働くか街に出て仕事を探すかの選択を迫られることになるだろう。

食料不足の世界を救うには、こうした若者が村落に残り、村の経済発展に貢献する要員となってもらうことが大切だ。彼らには新しい小規模農家となり、市場で利益を出すことが期待される。また一方で、村落の農業以外の仕事に従事する選択肢も与えられるべきだ。農業に投資された1ドル1ドルが、経済の中で30セントから80セントの2次的な利益を生み出す。ここからわかるのは、利益を生みだす農業は農家のためだけでなく、より広く経済界にインパクトを与える上で重要な意味を持つということである。農村地帯でモノやサービスが要求されるようになると、農業以外の雇用や小規模な製造業が生まれ、これがまた農業の成長を促すことにつながっていくのだ。

豊かな将来に向かって

途上国において小規模農家がどのように農業を発展させ経済的に成長できるのかを理解するためには、ガーナやタンザニア共和国やベトナムの農村に目を向けさえすればよい。農業によって生みだされるGDPの成長は、貧困を減らすという点で他のセクターより少なくとも2倍は効果的であるのは事実だ。価値連鎖の中で継続的な投資を行えば、私たちは今までの成功例を足がかりにさらなる発展を期待できるようになる。そして農村社会の貧困層削減には農業がより効果的な手段であることを保証できるようになるだろう。

上手な働きかけ、創造性を持った考え方、そして戦略的な支援があれば、多くの小規模農家は生き残れるだけでなく、繁盛するができるのだ。

今後10年間のうちに、小規模農家の生活や経営の仕方に抜本的な変化が表れるだろう。これは当然リスクを伴うが、可能性に満ち溢れている。気候変動に対する挑戦は現実の問題であり、私たちの努力は地球に優しいものであることが保証されなければならない。しかし上手な働きかけ、創造性を持った考え方、そして戦略的な支援があれば、多くの小規模農家は生き残れるだけでなく、繁栄していくことができるのだ。新しい市場を通して農業が成長していくことは、より経済的な安全性のある生活、より強い教育、よりよい健康管理への可能性を秘めている。つまり、市場がよりよい生活の手段となるわけだ。

もしミレニアム開発目標を達成するのに必要なほどの大規模な変化を起こし、未来の人々の食料を保障しようとするなら、まずはそれぞれの国の中での発展が欠かせない。途上国が農村地域の成長を優先事項とするなら、私たちはその取り組みを支えることができる。全ての地域で上手くいくような魔法の政策などあり得ないが、農村地域に焦点を当てた気の利いた方法をもってすれば、多くの人々が貧困の淵から立ち上がり、繁栄を手にすることが可能なのだ。IFADはこのような未来を実現しようと尽力する姿勢を貫いている。小規模農家はその案内役となってくれることだろう。そして私たちは彼らに手を差し伸べ続けよう。

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本記事は、国連工業開発機関(UNIDO)が出版しているMaking It マガジンからのご厚意により掲載しました。

翻訳:伊従優子

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増え続ける人類の胃を満たす方法 by カナヨ・ウワンゼ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

カナヨ・ウワンゼ氏は2009年4月1日、国際農業開発基金の第5代総裁に就任。ナイジェリア人の彼は変化の提唱者でありリーダーとして、開発問題の複雑さを十分に理解しながら、その手腕を発揮した経歴を持つ。現職に就く以前に、3大陸で農業、農村の開発、調査を通しての貧困の削減に従事した30年以上の経験を持つ。彼は広く研究成果を発表してきた。またいくつかの科学系団体のメンバーとなっており、さまざまな機関で幹部を務めている。また政府や国際的学術組織から数々の表彰や賞を受けており、その中にはコートジボワール国際メリット勲章やベナン共和国勲章なども含まれる。