ヴォルフガング・ルッツ氏は現在、国際応用システム解析研究所の世界人口プログラムを率い、またオーストリア科学アカデミーのウィーン人口研究所でディレクターを務め、さらにウィーン経済大学では応用統計学の教授の任に就いている。これらの職務を統合するものとして、ルッツ氏はヴィトゲンシュタイン人口統計学および世界人的資本センター(Wittgenstein Centre for Demography and Global Human Capital)を新たに設立、ディレクターに就任した。
私としてもまったく異存はないことだが、世界の人口増加は、出生率が長期的に人口交替率を下回れば減少に転じさせることができるし、またそうなって然るべきである。この考え方は重要だが、新しくはない。数人の研究者がより定性的な報告を行っており、2001年には私も一流科学誌「ネイチャー」に記事を寄稿した。この記事は、定量的および確率的な研究により、世界の人口は85%の確率で今後数十年の間にピークを迎え、その後は人口交替率を下回る出生率が世界的に維持されることにより、減少し始めるという予測を示すものだった。
より最近では、「Journal of the Royal Statistical Society(英国王立統計学会誌)」に「Toward a World of 2–6 Billion Well Educated and Therefore Healthy and Wealthy People(良い教育を受け、したがって健康的で豊かな20-60億人の人々が暮らす世界に向かって)」というタイトルの論説を発表した。この論説は、人口統計学的なシナリオを22世紀および23世紀まで見越して示すもので、それによると、現在、ヨーロッパや中国で見られる出生率(女性1人あたりの子どもの数が1.5~1.7人)が今世紀末までに世界的に達成されれば、平均余命が今後も引き続き大幅に伸びたとしても、世界の人口規模は約20~60億人まで減少する見込みだ。ただし、そのような低出生率を達成するには、現在の低出生率地域と同等の女性教育を世界のその他の地域でも提供することが必須だろう。
ワールドウォッチ研究所で所長を務めるロバート・エンゲルマン氏は、世界の出生率は家族計画サービスを利用しやすくすることにより抑制できると述べている。たしかにそのようなサービスの普及促進は出生率を抑制するのに重要だが、同時に女性教育の向上を組み合わせることが必要だ。人口保健調査(DHS)の広範な分析から導き出される実証的な根拠によると、新興国において出生率を抑制するのに最も効果的な手段は女性教育である。より高い教育を受けた女性は子どもの数は少なくして、その分、健康や教育といった側面で、ひとりひとりがより良い人生を送れるようにしてやりたいと考える傾向がある(これは経済学者が「質と量のトレードオフ」と呼ぶ関係にある)。
より高い教育を受けた女性は、子どもの数を少なくしたいという希望を叶えるのに役立つ情報やリプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)サービスをより容易に入手し、利用することができる。教育により力を得た女性はまた、夫に対してより強い立場を取りやすい(高出生率国においては、夫は大抵、妻が望むより多くの子どもを欲しがるものである)。
エンゲルマン氏は「家族計画のニーズが満たされていない」と考えており、リプロダクティブヘルスおよび家族計画の分野における多くの組織はその見解に基づいて活動を展開している。しかし、上述の考察は問題がそれほど単純ではないことを示している。DHSでは、避妊法利用の障害になっている原因を深く掘り下げて追求しているが、その結果として描かれた構図はエンゲルマン氏が論文で主張している内容とはかなり異なっている。避妊法を利用しない重大な理由として女性が挙げているのは、「そうすると夫が嫌がるから」なのだ。この場合、自らの意志が必要であるかぎり、家族計画サービスを利用しやすくするだけでは役に立たない。より豊かな教育(あるいはその他の手段)を通して、女性が力を持たなければ、避妊の意義を夫にうまく理解させることはできない。
望まない妊娠のリスクがあるにも関わらず避妊法を利用しない他の理由として挙げられているのは、避妊が健康に悪影響を及ぼすという不安が広まっていることだ。この障害を克服するにあたっても、有効な手段はやはり情報と教育しかない。これらのデータからわかるように、避妊法利用を妨げている主な要因は、コストが高いからでも、避妊法が利用できないからでもない。したがって、「ニーズが満たされていない」と分類される女性に家族計画サービスを提供すれば出生率は減少するという見通しは非常に問題が多い。避妊法を利用しやすくしても、それだけでは「ニーズが満たされていない」ことをすっかり解消することはできないだろう。
男女ともに、さらに高い教育を提供すれば、上述したような障害を克服するのに有益であり、また望まれる子どもの数を大幅に減らすことができる。また、研究によると、出生率の抑制において、高い教育の提供は単純に避妊法を利用しやすくするより、はるかに重要な意味を持つ。DHSによると、たとえばエチオピアでは、教育を受けていない女性には平均6人の子どもがいるが、中等教育を受けた女性の子どもの数は2人だけだった。
私の意見では、開発が最も遅れている国々では、より幅広く基本的な教育を(特に女性に)提供し、それと同時にリプロダクティブヘルスサービスをより利用しやすくすることが、結果としては出生率の大幅な減少、さらに長期的には世界の人口の縮小につながる。
現代的な家族計画サービスの普及を拡大すること自体は、健康および人権の観点から非常に望ましいことである。妊娠、特に望まない妊娠に関わる健康上のリスクを下げる質の高いサービスが利用できることは、女性の基本的な権利だ。しかし、女性の教育と家族計画プログラムは非常に強く結びついていて、連動する関係にあり、その関係を無視してはならない。力を合わせて両者を追求すれば、世界の人口増加の抑制に役立つだけでなく、貧困の撲滅や女性のエンパワーメントにもおおいに貢献できるであろう。
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本記事は当初、「 Solutions(ソリューションズ)」で発表されました。
翻訳:ユニカルインターナショナル
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