ナチュラリストで作家のブライオニー・ペン氏は、ソルトスプリング島のフルフォード・ハーバーに在住。同地でニシンが大量に産卵したのは、1983年が最後だった。ニシンが姿を消して以来、他の多くの野生生物もいなくなった。ペン博士はエディンバラ大学で地理学の博士号を修得した。著書に『A Year on the Wild Side』、『The Kids Book of Geography』がある。
カナダの水産海洋大臣は2011年11月、カナダ西岸海域のニシン漁場を大幅に拡大し、冬期漁を解禁した。この状況を多くの人々は危険で無謀な進展だと考えている。
前年の冬の総漁獲量は238トンであり、それを史上最高の6000トンに増やせば、近年わずかに回復してきたサリッシュ海の定住性ニシンの個体群の多くは、再び減少する可能性がある。サリッシュ海とは、カナダのブリティッシュコロンビア州とアメリカのワシントン州の沿岸の広い海域を指す。
国家間にまたがるこの海域は、先住民族の沿岸サリッシュ族と、彼らが数千年にもわたって故郷と呼ぶ豊かな生態系への敬意を込めて命名された。ファースト・ネーションズと呼ばれるカナダの先住民族にとって、ニシンは文化の要であり、またキーストーン種である。キーストーン種とは、ある生態学的コミュニティーの構造で重要な役割を持つ種であり、その相対的な数量や全体的な生物量に基づいて想定されるよりも大きな影響力を持つ種のことだ。サーニッチ入り江や渓谷から、ガンジス港やハウ・サウンドにいたる地域では、チヌークサーモン(マスノスケ)やコーホーサーモン(ギンザケ)、さらにカナダの絶滅危ぐ種法(SARA)によって保護されているシャチといった何百もの種にとって、ニシンは欠かせない存在である。
ニシンに関する政府の決定がいかに無謀であるかは、2010年に水産海洋大臣がすでに有罪判決を受けた事実が強調している。大臣は絶滅危ぐ種であるシャチの食料源を保護しなかったとして有罪となったのだ(シャチは別名キラー・ホエールだが、実際はマイルカ科で最大の種だ)。
シャチは個体数自体が少なく、繁殖率が低いうえに、人為的要因により個体数の回復が妨げられたり、さらに減少させられたりするためシャチは絶滅の危機にある。
2003年に施行されたSARAは、絶滅の恐れがある種に害を加えたり干渉したりすることを禁じる項目を含む。つまり絶滅危ぐ種の殺傷、捕獲、売買、収集を禁じている。また、保護種の重要な生息地や生息環境を破壊することも禁じている。カナダ水産海洋省(DFO)の役割は、保全策および保護策を実行することによって、絶滅の恐れがある水生種を保護し回復することである。
DFOのシャチ回復戦略の報告書によると、シャチの個体群は絶滅の危機にあるという。その理由は、シャチは個体数自体が少なく、繁殖率が低いうえに、回復を妨げたり、さらに減少させたりする様々な人為的要因が存在するからだ。これらの脅威には、環境汚染、エサとなる生物の入手可能性や質の低下、物理的および音響的妨害が含まれる。シャチは生来的に成長率が低いため、最も楽観的なシナリオにおいても回復に要する期間は1世代(25年)以上だ。
裁判所は歴史的判決において、SARAに基づくシャチの重要な生息地の保護に関して大臣が自由裁量の権限を行使し、保護計画の適用範囲から「重要な生息地」の定義の要素を除外したことを違法であると認めた。
「重要な生息地」は、大臣自身が選んだ科学者たちによってすでに定義されていた。その定義によれば、重要な生息地とは地理的位置だけでなく、音響的環境や食料の入手可能性も含む。さらに、食料の入手可能性はニシンに左右されると指摘したのも、同じ科学者たちである。
「要請があったにもかかわらず、重要な生息地の特性や範囲は試行錯誤を通じて時間と共に決定されるとして、連邦政府は重要な生息地のどの側面を保護するつもりなのかを明確にすることを拒んだ」と、提訴した自然保護活動組織の1つは説明する。
ニシンがいる場所にはチヌークサーモンが存在し、チヌークサーモンがいる場所にはシャチが存在する。ニシンはチヌークサーモンの食料のうち61パーセント以上を占める。チヌークサーモンは、定住性シャチが季節限定で追う主要なエサである。この食物連鎖は単純明快であり、これ以上単純化することができない。漁師であれば誰でも認める事実だ。
では、なぜ大臣は自身の法的義務を無視し、これほど大幅に漁獲許容量を増やす決定を下したのか。自身の置かれた不安定な法的立場(彼は現在、ラッセル判事の裁定を不服として控訴中だ)や、裁判で明らかになった上記の生物とその生存条件に関するデータ、そしてサリッシュ海国定海洋保護区域(Salish Sea National Marine Conservation Area)を制定するという最近の発表にもかかわらず、大臣はいまだに漁獲量増大を承認している。漁獲量を増やせば、やっと回復してきた定住性ニシン資源を一掃しかねず、その結果シャチやその他の生態系を絶滅の危機に追いやる可能性があるのだ。
その理由を理解するには、DFOが最近発表したニシン漁に関する計画書の95ページを参照する必要がある。そこには、漁獲量を増やす理由は単に産業界がそれを求めたからだと記載されている。
「この漁業への関心の高まりと世界市場の発展の結果、また、ニシン漁業諮問委員会(HIAB)の勧告により、2011/2012年漁期におけるジョージア海峡水域でのニシン漁の割当量は6000トン(100ライセンス)とする」HIABは産業界が独占する委員会であり、この決定がシャチにどのような影響を及ぼすのかについて、より広い科学界の意見を得ることは求められなかった。
こうしたニシン管理の悲しい現状の裏側にあるのは、定住性ニシンと回遊性ニシンの重要な違いを認めようとしない姿勢である。ファースト・ネーションズは定住性ニシンの個体群が初めて減少し始めた1930年代以来、定住性と回遊性の違いを認めるように主張してきた。1990年のDFOによる1つの報告書は、定住性ニシンの個体数を評価し、非常に低いレベルだと結論づけている。
ところが現在、DFOは定住性ニシンの資源量に関する評価プロセスを持たず、回遊性ニシンに関する評価のみ行っているため、サリッシュ海のすべてのニシン資源は、DFOによって正式に、1つの「メタストック(メタ資源)」の一部と見なされているのだ。
定住性ニシンは、かつてはスポーツ・フィッシングの生き餌に使われていた。しかし今でも激減したままなので、今ではこの水域は「エサ場」として機能できない。冬期の漁は伝統的に、このエサ釣りが行われる11月から2月までの期間のことで、少数の例外を除きジョージア海峡全域で解禁される。その漁獲許容量は長年の間、200トンを超えることはなかった。なぜなら主に需要も供給もなかったからだ。
しかしジョージア海峡では、もうスポーツ・フィッシングは行われていない。3月に解禁される抱卵ニシン漁(民間企業カナディアン・フィッシング・カンパニー、略称Canfiscoが独占)は、回遊性ニシンの最後の大群がまだ産卵している時期に、産卵場所であるホーンビー島とクアリカム・ビーチの間で行われる。
この漁の対象となるのは、DFOが「歴史的なレベル」にあり「いまだに健康」だという個体群である。しかし専門家たちによれば、DFOの研究者たちは(産卵時期や特性に違いがあるにもかかわらず)回遊性ニシンと定住性ニシンの複雑な生態学を解明しなかったらしく、そのためにDFOは間違った情報に基づいて行動しているのだという。
ブリティッシュ・コロンビア大学の漁業センター創設者であり、ディレクターを務めるトニー・ピッチャー教授は、世界中の海洋生態系と資源の回復に関する研究で世界的に認められている。彼は資源の違いについて多くの証拠があると述べる。
ニシンが産卵すれば、観光と地元経済にとって非常に重要なサーモンや鳥や海洋哺乳類が戻ってくる。同様に、ファースト・ネーションズにとって子持ちコンブ漁も非常に重要である。
「大西洋および太平洋のニシン生活史に関する理論や、遺伝学的証拠、歴史的記録によって、より個体数が多い高度回遊性資源とは別に、地域限定的な定住性ニシンの存在が支持されています。ジョージア海峡では、乱獲や、特に1960年代に行われた還元漁業(ニシンを捕獲し、還元工場で油や肥料に還元すること)によって、定住性ニシンの資源が大幅に減少しました。複数の報告書によれば、減少した資源の一部は回復し始めたようです。高度回遊性ニシンの産卵場所で行われる抱卵ニシン漁は、より数の少ない定住性資源に影響を与えるとは考えにくいのですが、産卵期以外の、ニシンが混在している時期に漁を行えば、回復した資源は容易に打撃を受けるでしょう」
「個体数の多い回遊性ニシンだけに基づいた資源の評価は、今回の決定を下すのに十分ではありません。少なくとも、混在したニシン資源の詳細に関する妥当な推計を行うためには、数値的手法を調整する必要があります。したがって、ジョージア海峡での冬期漁については、細心の注意を払って検討すべきなのです」
しかし、注意が払われるどころか、無謀な無関心のみが示されている。この状況は地元に住む人々にとって重要な意味合いを含んでいる。数十年ぶりにニシンが戻ってきたことは、祝うべき大きな出来事だ。ニシンが産卵すれば、観光と地元経済にとって非常に重要なサーモンや鳥や海洋哺乳類が戻ってくる。同様に、ファースト・ネーションズにとって子持ちコンブ漁も非常に重要である。子持ちコンブ漁とは、地域の人々が仕掛けたコンブに産み付けられた魚卵の一部を収穫する非侵襲的な漁のことで、ニシンや残りの魚卵はそのまま生き続けられる方法だ。
わずか200トンの漁獲量でも、増加傾向にある少ない資源を壊滅することができる。そこで、様々な自然保護組織やファースト・ネーションズ、ピッチャー教授のような科学者たちは、漁業担当大臣に警戒するように求めた。多くの活動家はサリッシュ海で資源が回復するまでの間、漁全体に完全な休漁期間を設けるように求めている。シャチの食料を守らなかった失策について見事に大臣に挑んだ環境活動グループは、今回の決定を、同地域沿岸の健康を守ることへの大臣の無関心を示すさらなる証拠として挙げてもいいかもしれない。
一方で、恐らく本当の圧力が高まり始めている。2月2日に発表された報告書で、カナダ王立協会(カナダの国立アカデミー)の専門家パネルは、海洋種の保護や回復に対してSARAは効果的ではなく、漁業法は規制上の矛盾によって限定されており、大臣には過剰な自由裁量の権限が与えられていると結論づけている。
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本稿は『Focus Online』誌に掲載された記事の修正版です。
翻訳:髙﨑文子
危うい決断:カナダのニシン資源の枯渇 by ブライオニー・ ペン is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.