食料不足:各国の迅速な対応が急務

ブランドン・ハニカット氏には忘れられない年になった。ネブラスカ州ハミルトン郡のこの若者は、父親や兄弟と一緒に2,600エーカーのハイプレーンズで農業を営んでいる。ほぼ完璧に条件が揃っていた5月には大豊作間違いなしのはずだったトウモロコシと大豆は、結果的には散々だった。3ヶ月にわたる熱波と干ばつで気温はしばしば38度を軽く超え、作物はすっかり干からびてしまった。ハニカット氏は3分の1を失い、農地の下の帯水層から灌漑用水をくみ上げることでなんとか救われた。

ハニカット氏は次のように語った。「7月1日から10月1日までに雨は4インチ(10センチ)しか降らず、一滴も降らない時期が長く続きました。東部ではまったく降っていません。ひどい損害を受けています。同じことがまた起こったらと思うと気が気ではありません」

一方、別の大陸のマラウイでは、ナンブーマの近くのムパーカ村に住むメアリー・バンダ氏が子どもにほとんど食べ物を与えることができず、1人は栄養不良で病院に収容されるという年を送っていた。

政府のヘルスワーカー、パトリック・カムジツ氏は次のように述べた。「子どもたちの間で飢餓が広がっています。昨年、トウモロコシの価格は2倍になりました。1日に1食か2食で暮らしていた家庭では、今では1日に1食すら難しい状況です」

ハニカット氏とバンダ氏の接点は食料だ。バンダ氏がトウモロコシに支払う代金は、ハニカット氏のような農家の収穫量と輸出量で決まるところが大きい。今年度、米国のトウモロコシの収穫高は15%減少し、収穫された中でも40%近くが車の燃料を製造するために使用された。その結果、国際市場に出回る食料が通常より減り、価格は高騰し、世界中の人々が苦しんでいる。

ワシントンのアースポリシー研究所で所長を務める環境学者、レスター・ブラウン氏は、「この状況は解消されそうにありません」と言う。新著「Full Planet, Empty Plates(満員の地球と空っぽのお皿)」では、食料価格が上昇を続けると、政情不安を招き、飢餓が蔓延し、政府が行動を起こさなければ、食料供給は完全に崩壊するだろうと書いている。「食料は新たな石油、土地は新たな金なのです」とブラウン氏は言う。「食料システム破綻の初期の兆しが見られたのは2008年、世界の穀物価格がにわかに2倍になった後でした。価格の上昇と共に、輸出国(ロシアなど)は国内価格を低く抑えるために、輸出を規制し始めました。それを受けて輸入国はパニックに陥り、自国用の食料を生産するために、他国で土地購入や借地に走りました」

「その結果、新しい食料の地政学が生まれ、土地と水をめぐる競争が激化し、各国は自力で奮闘しています」

先週発表されたオックスファムのレポートはブラウン氏の主張を支持するものだ。その計算によると、過去10年間に富裕国あるいは投機家に売却あるいは賃貸された土地は、世界で今日、栄養不良状態にある人々の数にほぼ等しい10億人分以上の食料を作ってまだあまりある。だが、オックスファムのレポートによると、過去10年間に取引された世界の土地のうち、約60%ではバイオ燃料専用の作物が栽培されていた

ブラウン氏によると、次の危険信号は食料価格の上昇に見られる。過去10年間においては、世界の人口の急速な増加と共に食料需要が増加し、また数百万人もの人々が動物性の食事(より多くの穀物と土地を必要とする)をとるようになったため、食料価格は2倍になった。

ほとんどの穀物価格は今年、ウクライナ、オーストラリア、米国をはじめとする穀倉地帯が干ばつと熱波に見舞われたために、10%から25%上昇している。国連によると、価格は現在、2008年の危機レベルに近い。家畜や家禽用の飼料が高くなると、肉類や乳製品の価格も来年には大幅に上がるだろう。ブラウン氏は言う。「食費が収入に占める割合が9%にしかすぎない米国人にとっては、痛くも痒くもないでしょう」

「しかし、世界の経済階層の下の方にいる人たちは、どうすればいいのでしょうか? 彼らはすでに収入の50~70%を食費に充てています。多くの人が、今回の価格上昇以前に、すでに1日1食しかとれなくなっています。これからまた価格が上昇するなら、どういうことが起こるでしょうか?」

先週のオックスファムのレポートによると、小麦や米などの主食の価格は今後20年でさらに2倍になり、貧困層に壊滅的な打撃を与えるだろうとのことだ。

しかし、ブラウン氏は、「食料供給が危機にあることを示す最も確かな兆候は、各国が備蓄している、あるいは前年度から『持ち越している』余剰食料の量に見られます」と言う。

「農業が始まって以来、穀物の持ち越し貯蔵量は、 食料保障の最も基本的な指標でした。1986年から2001年まで、世界の穀物の年間持ち越し貯蔵量は平均107日分ありました。その後、世界の消費は生産を上回り、2002年から2011年の平均はわずか74日分です」。先週、国連が発表した概算によると、米国のトウモロコシ備蓄量は史上最低になり、 推定消費量のわずか6.3%、すなわち3週間分しかないとのことだ。世界全体の持ち越し備蓄量は長らく平均30%を超えていたが、先週は20%だった。

理論上は、まだ誰もが食べられるだけの食料があるのだが、世界規模で見た今年の供給量は2.6%減少している。これは、米だけが横ばいだったのを除いて、小麦などの穀物が5.2%減少したためである。

ブラウン氏は、世界がこれまで長年やってきたように、生産を増やし続けられる保障はないと言う。「収穫高は多くの国において頭打ちで、改良された新しい種子が登場しても、ここ数年、めざましい収穫高の伸びにはつながっていません」

「Empires of Food(食料帝国)」の著者で、カナダのオンタリオ州にあるゲルフ大学で地理学の講師を務めるエヴァン・フレイザー氏は次のように語る。「過去11年のうち6年は、世界の消費量が生産量を上回りました。バッファー(余裕在庫、安全在庫)もなければ、備蓄を食いつぶしていくばかりです。貯蔵量は非常に少なく、乾燥した冬がきて、米の収穫量が少なければ、全面的に深刻な食料危機が起こるでしょう」

「たとえ、今年、事態がそこまで悪化しなくても、来年の夏までにはバッファーを使い果たし、世界でも最貧国の消費者は再び、生産に打撃を与えるあらゆる要因の影響にさらされることになるでしょう」

ブラウン氏は次のように語る。「世界の食料保障という前代未聞の時期はすでに終わりました。世界はセーフティクッションを失い、その年その年で暮らさなければならなくなっています。食料不足に対処するために、新しい政治のあり方が求められています。私たちは新たな食料時代に入ろうとしており、その時代においては各国がそれぞれの道を歩まなければならないのです」

「かつては、種子の改良を行ったり、新たに土地を切り拓いたりして、食料を増産するのは比較的単純なことでした、しかし今では、環境を破壊せずに食料を生産するという課題がますます難しくなっているため、以前のようにはいきません」

「地下水面の低下、穀物収穫高の伸び悩み、気温の上昇などの新たな傾向が土壌浸食や気候変動と相まって、生産を急激に増やすことは、不可能ではなくても、困難になっています」

ブラウン氏によると、4つの緊急のニーズに同時に取り組む必要がある。世界中の人々に食料を行き渡らせるのに必要なのは、種子やトラクターや水をくみ上げるためのポンプを改良することではなく、人口、エネルギーおよび水の問題に新たな政策で立ち向かうことだ。ブラウン氏が特に懸念しているのは水不足の問題である。

「この世界では、半分以上の人々が食料バブルを経験した国に住んでいます。しかし、そもそも、そのようなバブルには、農業従事者が帯水層から水を過剰にくみ上げ、排出したという背景があります。問題は、これらのバブルがはじけるかどうかではなく、いつはじけるかです。帯水層の枯渇によって国規模で食料バブルがはじけると、収拾のつかない食料不足が起こるかもしれません」

「世界の人口増加が目に見えて鈍化でもしないかぎり、水問題により貧困および飢餓に苦しむ人々の数は増え続ける一方でしょう」

ブラウン氏は1950年以降の食料システムの狂乱ぶりに驚いている。昨年、米国では4億トンの穀物が収穫されたが、そのうちの3分の1は燃料のエタノールを製造するために使われた。一方、ブラウン氏の見積もりによると、中国だけで1億3千万人の人々が地下水資源の枯渇が記録的な速度で進む地域に暮らしている。

ブラウン氏は、政治家はなぜ、栽培期間の気温が最適水準から1度上がっただけで、穀物生産高は約10%下がることが理解できないのかと疑問を投げかける。

「しかし、世界が気候問題に対処できなければ、今世紀において、地球の気温はいともたやすく6度上昇し、食料供給に壊滅的な打撃を与えます」

天候に関する非常事態の数は増える一方で、それは、気候変動の影響が実際に表れ始めていること、そしてここ数年、世界で起こっている熱波や干ばつ、豪雨は一時的な異常事象ではなく、新たな現実だということを明確に示している。

「私たちは地球環境の一時停止表示を無視してきました。地下水面の低下に直面して、多くの国がようやく水資源利用の削減に乗り出しました。私たちがどのようなリスクを冒しているかに目覚めなければ、食料経済を蝕む環境変化の傾向を逆転させることができなかった、かつての文明と同じ道をたどることになります」

ブラウン氏に言わせれば、私たちは答えを知っている。その中に含まれるのは、水資源を節約すること、肉食を減らすこと、土壌浸食を止めること、人口を調節すること、エネルギー経済を変革することなどだ。

「しかし、私たちはこれらすべてに同時に取り組まなければなりません。迅速に行動を起こす必要があります。時間が最も乏しい資源です。成功するかどうかは戦時下のように動けるかどうかにかかっています。世界の産業経済の変革、人口の安定、穀物貯蔵の再構築を急いで進めなければなりません」

「私たちは保障の再定義をする必要があります。これまでの定義は前世紀から受け継いできたもので、当時は専ら軍事的な文脈で使われていました。しかし、私たちの未来において最も脅威になるのは、武装した軍隊に侵略されることではありません。今、何にも勝る脅威は気候変動、人口増加、水不足、食料価格の上昇です。課題は、文明そのものを救うことです」

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この記事は2012年10月13日、 guardian.co.ukで発表されたものです。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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著者

ジョン・ヴィダル氏は英紙「ガーディアン」の環境部門の編集者である。フランス通信社(AFP)、ノースウェールズ新聞社、カンバーランド・ニュース新聞社を経て、1995年にガーディアンに入社。「マック名誉毀損:バーガー文化体験 (1998)」の著者であり、湾岸戦争、新たなヨーロッパ、開発などをテーマとする書籍に寄稿している。