「天然の魚資源の開発や養殖魚の選択とその普及を通して私たちが現在目にしているのは、魚資源の驚くべき現状に対して、否定的な心理状態が強まっていることです」アメリカの作家でかつ情熱的な漁師でもあるポール・グリーンバーグ氏は、ニューヨークタイムズ誌のベストセラーリストにも載ったその著書『Four Fish: the Future of the Last Wild Food(4種の魚:最後に残された天然食料資源の未来)』の中で、歯に衣着せぬ意見を述べている。
グリーンバーグ氏は、魚を獲る側にも食べる側にも魚についてこれまでの考えをすべてもう一度考え直すよう促している。もはや、海に大量の魚は残されていないのだ。そして、水産養殖だけが解決の道ではないのだ。また、サケというのは天然のものでも新鮮なものでも持続可能なものでもないのだ。
なぜ4種の魚なのか?
人類は、すでに23万種の海洋生物を分類している。その中には、数が豊富なものもあれば、絶滅の危機に瀕しているものもある。だから、「海の幸を食べる現代人の典型」に持続可能な魚資源について伝えようとすれば、複雑なデータや難しい学名をあげるのに夢中になりやすい。
しかし、グリーンバーグ氏はその代わりに、食べ物を扱う著名な作家で、「ある4つの食事の自然史」を書いたベストセラー『雑食動物のジレンマ』(ラッセル香子訳 東洋経済新報社)の著者、マイケル・ポーラン氏と同じやり方を選んだ。ヒトと魚の関係を代表する4種の魚に焦点を当てたのだ。
グリーンバーグ氏が注意深く選んだのは、養殖の進んだ「魚の王様」サケ、意外な養殖魚で「休日の釣魚」スズキ、産業社会の犠牲者である「いつもの魚」タラ、そして最後に、力強い天然の寿司ネタ、クロマグロだ。グリーンバーグ氏によれば、この4種の魚の共通点は、「エコを基盤にした健全な養殖の条件を満たしていることではなく、気まぐれに移り変わる味の好みを満足させていること」だそうだ。
この4種の魚はそれぞれ、自然の限度内で済ませるよりも、自然から人為的に絞り取ったり、自然を操作したりすることの方を好む人類の犠牲となってきた。そして、数の減少や、ときには個体群全体の崩壊など、自然環境の中でそれぞれが同じ様な運命を辿ってきた。この先、それぞれの種を養殖する(水産養殖)という保守的な行動に走れば、極度に大量の餌が必要となり、そのため、食物連鎖の下位の部分に大きな負担がかかるだろう。
基準値の変化
グリーンバーグ氏は、読者の興味を引き付けるため、「基準値の変化」などの説得力のある学問的な考え方に焦点を当てている。「基準値の変化」とは、「どの世代も、自然にとって何が『標準的』なのかということについて、それぞれ特有の基準値を持っているという発想だ。ある世代が資源の豊かさについて1つの基準値を持っているとすると、次の世代の基準値はそれを下回り、その次の世代ではさらに下回る。それ以降も同様で、最後には豊かさの基準値は悲しいくらい低くなる」というものだ。
グリーンバーグ氏は、変わり続ける消費者の動向を当てにするのではなく、持続可能な魚資源についての科学的知識を信頼し、禁漁海域を維持するよう、私たちを強く促している。
この考えは、フランス生まれの著名な海洋生物学者、ダニエル・ポーリー教授が生み出したものだ。しかしグリーンバーグ氏は、コネチカット州で過ごした幼い日から情熱的に魚を獲り続けてきた者の一人として、ポーリー教授とは違ったタイプの信頼性をこの問題に与えている。その人生を通して、かつては豊富に存在したタラなどの魚が減っていくのを目撃してきたことで、グリーンバーグ氏の乱獲に対する考え方は形作られていった。
グリーンバーグ氏は、自ら漁を愛する一方で、自分の娘にも海の恵みを味わってほしいという思いに強く動かされている。本来なら、(グリーンバーグ氏曰く)「机上の理論的な環境保護論者」から魚を獲る量や食べる量を減らすべきだと提案されると腹を立てる漁業者や消費者も、自分の経験したことや感じたことを分かち合うグリーンバーグ氏には一目置いている。
確かに、たとえ同じ真実でも、自分と同じ立場の人間から伝えられたものの方が受け入れやすいということは多いものだ。だから、グリーンバーグ氏に対する読者の信頼は高まったのだ。グリーンバーグ氏は、変わり続ける消費者の動向を当てにするのではなく、持続可能な魚資源についての科学的知識を信頼し、禁漁海域を維持するよう、私たちを強く促している。
水産養殖の衝撃
人類が集団で悟りを得たりでもしない限り、魚の需要は増加し続け、天然の魚資源は減り続けるだろう。そこでグリーンバーグ氏は、魚資源のこれからについての議論を水産養殖へと向けることを試みた。持続可能な漁業というゲームにおける、偉大なるジョーカーである。グリーンバーグ氏は、水産養殖は海の生き物たちを救うことのできる存在でも、破壊をもたらす存在でもないとしている。それはもちろん、養殖魚の種類や、その管理方法、そしてこれが重要なのだが、飼料の変換効率――すなわち1ポンドの養殖魚のために何ポンドの天然魚が必要とされるのかということ――にかかっているのだ。
環境的観点からも経済的観点からも、水産養殖のモデルが長期にわたって真に持続可能だという自信を100%持っているものは誰もいないように思われる。
代わりに、グリーンバーグ氏が慎重に議論しているのは、上手な水産養殖(飼料の要求割合が低い魚であることを基本とする)と持続可能な天然漁業の間で慎重にバランスを取ることが、将来この世界に魚タンパクを充分に供給するためのただ一つの方法なのではないかということだ。
ハワイからノルウェーにまで至る、世界を股にかける漁業関係の事業家たちも、グリーンバーグ氏のインタビューを受け、世界に食料を提供することは動機となると主張している。しかし、このような人々の多くが水産養殖に対して激しい情熱を持っているにも関わらず、本心では、環境的観点からも経済的観点からも、水産養殖のモデルが長期にわたって真に持続可能だという自信を100%持っているものは誰もいないように思われる。カナダの環境保護論者の象徴であるデイヴィッド・スズキ氏は「おそらく養殖はただ1つの選択肢だ」と最近認めて議論を呼んだが、そんなスズキ氏でさえ確信を持っているわけではないようだ。
グリーンバーグ氏は、もっとも効率的な水産養殖を行ったとしても、地球上の資源を使って作り出す魚の餌がますます増えることで、例えばダイズを育ててアマゾンの雨林が犠牲になるなどというような影響が出てくるだろう、と認めている。この問題を、グリーンバーグ氏はもっと追及することができたはずだ。(ただ公平にいえば、グリーンバーグ氏は、家畜よりも特定の魚を養殖した方が、世界のタンパク質を効率的に生産することができると指摘している)
将来における4種の魚
基準値の変化という概念は、私たちの食卓に上る魚にも当てはまる。もしグリーンバーグ氏の予測を何らかの基準とすれば、明日の4種の魚として、バラマンディ(オーストラリア・東南アジアの淡水に住む大形魚)、チャー(ヴェトナムのナマズの一種)、ティラピア(アフリカ産の淡水魚)、カハラ(ハワイのブリ属の一種)のような、もっと飼料変換効率のよい種をあげることができるかもしれない。
また、グリーンバーグ氏は、成長ホルモンによって成長を促進されたAquaAdvantage salmon(アクアアドヴァンテッジ・サーモン)を先駆けとする遺伝子組み換え魚についても簡単に触れ、将来は標準的な食物になりうるとしている。
また、遺伝子組み換え技術が人類と魚の関係を救う可能性についても、手短に触れている。
「もしサケの大半を最も少ない量の餌で育てることが目標なら、理論的には遺伝子操作が最良の方法ということになるでしょう」
とはいえ、グリーンバーグ氏は、所有が集中したり、技術の急速な進展で思わぬ結果が出たりする危険性に賢明にも気づいている。そして、自分自身が漁師として過ごしてきたことから、地元に密着した持続可能な混合飼育がより安全な方法だという確信を持っている。
「もちろん、サケを主食とする国に住んでいない人々にとって、解決方法は、サケを食べることを完全にやめ、海への影響がもっと少ない、小さい魚を食べることです」 魚を獲る側の人間にとっても、食べる側の人間にとっても、なかでも特に世界の漁業の現在の状況を心理的に否定している者にとっては、『4種の魚』は実に魅力的な必読の書である。
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『Four Fish: The Future of the Last Wild Food(4種の魚:最後に残った天然の食料資源の未来)』ポール・グリーンバーグ著 は、Penguin Press(ペンギン・プレス)により出版されている。本の購入についての詳細は、こちらをご覧ください。
翻訳:山根麻子