排水を資源に:ラテンアメリカにおける資源回収

2020年02月04日

淡水は生態系のバランスを保ち、産業を推進し、農業を支え、人間の健康を維持しますが、地球上の水に占める割合は3%を下回っています。現在、36億人がすでに水不足に苦しんでおり、世界的な水の需要は2050年までに40%上昇すると予測されています。水の消費量が増加するにつれて、排水の量も増加すると考えられますが、これまでのところ、排水の80%が未処理のまま放流されています。

2018年3月に「水の国際行動の10年(Water Action Decade)」 が始動した際、アントニオ・グテーレス国連事務総長はこうした状況にスポットライトを当てて、「私たちはもう水を当たり前のものとみなしたまま、持続可能な開発目標 (SDGs)を達成できると考えることはできません。水の管理方法を改善するための解決策は存在し、新しい技術も開発されています…。しかし、最も必要としている人々にとって、こうした解決策は手が届かないことが多いのです…」と訴えました。

この複雑な問題の解決策を利用しやすいものにするために、国連大学物質フラックス・資源統合管理研究所 (UNU-FLORES)はドイツとラテンアメリカのパートナーと協力して、「Resource Recovery from Wastewater in the Americas — Assessing the Water-Soil-Waste Nexus(アメリカ大陸における排水からの資源回収 — 水と土壌と廃棄物のネクサスを評価)」プロジェ クト(別名「SludgeTec」)に取り組んでいます。

このパートナーシップはグアテマラ・サン・カルロス大 学、メキシコのイダルゴ渓谷環境インフラ基金、ドレスデン工科大学によるもので、国際的な専門家と現地のステークホルダーが集結して、グアテマラとメキシコの 市町村のために持続可能な排水処理・管理システムを共同で設計しました。

 

都市化地域における自治体の課題

8万年前にグアテマラ高地のカルデラにできたアティトラン湖は、世界で最も美しい淡水湖の1つとして有名です。また、中米一の水深を誇り、周辺にある15の自治体の1つであるパナハッチェルの住 民7万人以上の主要な給水源になっています。

パナハッチェルの人口は95%が先住民であり、70%が排水処理や森林伐採、浸食、人口圧力などの資源管理問題によって深刻化 した貧困生活を送っています。湖周辺の地域から未処理または処 理が不十分な状態で排水が放流されているために、水系感染症や皮膚感染症など、住民の健康被害が多数発生しています。

「住民の健康と福祉を保障するために、ラテンアメリカ・カリブ地域の小・中規模の都市には、環境・社会・ 経済的に持続可能な 排水管理策が必要です」タマラ・アヴェラン UNU-FLORESアカデミック・オフィサー

もっと北に位置するメキシコでは、テペヒ近郊のレケナダムが8 万7,000人の住民に飲料水を供給していて、住民の半数近くが貧困層です。この地域も資源管理問題、とりわけ水不足に苦しんでいます。

100年以上の間、テペヒの農家は農業用水の不足を補うために、排水を灌漑に利用してきました。こうした工夫は水不足の緩和と収穫量の向上には役立ってきましたが、処理が不十分な排水の利用は、コレラの発生や土壌への重金属の蓄積など、環境、衛生、 社会に多くの悪影響をもたらしてきました。

これらの2つの自治体が直面している水と土壌と廃棄物が関わる問題は、珍しいものではありません。ラテンアメリカ・カリブ地域全体では人口の50% が、同様の排水問題により住民の健康と 繁栄が悪影響を受けている小・中規模の都市で生活しています。さらに、これらの地域の急速な都市化によって、この割合は上昇を続けています。

 

地域社会とともに、地域社会のために行う研究

ラテンアメリカ・カリブ諸国が SDGs を達成しようとするなら、持続可能で地域に適した排水処理策に早急に投資する必要があります。しかし、過去4年間のSDGsに関する多くの世界的な取り組み同様、基本データと共有知識の不足によって、水問題の初期の進展は妨げられてきました。

「行動のための基盤(Foundations for Action)」の一環として、2018年の「国連水に関するハイレベル・パネル」は、有効な水管理のためには「ステークホルダーが自分たちの水の量、質、分布、消費、リスクについて理解する必要があり、そのためには水関連データとともに、そのデータを共有・分析し、それを元に決定を下すためのシステムに投資する必要がある」ことを強調しました。

SludgeTec のチームは当初からこの必要性を認識しており、参加型の手法を活用して研究者、実務者、自治体の政策決定者、そして地域住民を巻き込み、実践的な知識共有の活動を行いまし た。そうすることで、参加者は文化的背景や職歴、言語能力にかかわらず貢献する機会を得ることができ、これは特に自治体の先 住民に平等な発言権を与えるために非常に重要なことでした。

「持続可能な解決策は、ステークホルダーと地域 住民に能力開発の機会を提供し、アセスメント から実施まで、プロジェクトのあらゆる段階に彼 らを 関与させる参加型プロセス にかかっています」 アンジェラ・ハーン UNU-FLORESリサーチアソシエイト

円卓会議と市町村の枠を越えたワークショップを組み合わせることで、グアテマラとメキシコのステークホルダー同士の活発な交流が促され、自治体はそれぞれ特有の排水問題から学び、共通の知識の蓄積を築くことができました。

排水管理は、水や土壌などの資源の利用可能性と質に直接的な影響を与えます。こうした相互依存性を考慮した解決策を見出すために、SludgeTec の研究者は「ネクサスアプローチ」を採り入れることで、異なる規模で、サイクルの異なる時点間での資源の流れを理解することに重点を置いています。この手法によって、排水管理が 他のセクターや資源、また健康(SDG3)や食料生産(SDG2)など関連するSDGsに与える潜在的な利益と影響が明らかになっています。

ネクサスアプローチでは、個々の資源を調査するだけではなく、複合的なシステムの生態学的、経済的、社会的側面の機能、生産性、管理を考察します。

 

持続可能な解決策のための枠組み

15カ月間にわたる地域住民との協力によって、SludgeTec のチー ムは学際的な手法の枠組みを開発・適用しました。そこから得られる提言によって、現地のステークホルダーは問題解決のプロセスを主導し、処理プラントの技術的問題を修正することができる ようになるでしょう。そうすれば、メキシコのステークホルダーが提案したように、地域ベースの監視システムのための観測施設や、定期的かつ公開された地域の意見交換会などを設置することで、 持続可能ではない排水の状況を打開する革新的な解決策につげることができます。

グアテマラ・サン・カルロス大学機械工学部気候変動および 持続可能性研究ユニットのホルヘ・イバン・シフエンテスは、「私たちは2016年以来、このプロジェクトで UNU-FLORESと協力し、衛生状態、廃棄物処理、排水処理技術の向上と、アティトラン湖周辺の持続可能な汚染源管理の改善に取り組んできました。SludgeTec だけでアティトラン湖の問題を解決することはできま せんが、湖を保全し、湖の資源に依存する約30万人の住民の健康 状態を改善するために、SludgeTec は欠くことができない存在で す」と話しています。

「資源回収は排水管理のための持続可能な解決 策の1つであり、処理済み排水の灌漑への利用 や、安定化処理したスラッジを 土壌改良材として使用すること などがその例です」 セレナ・カウッチ UNU-FLORESリサーチ・アソシエイト

処理プラントの環境面での実績の向上から、データ収集の改善方法、パートナーシップの強化とガバナンス戦略の改良まで、 SludgeTec の枠組みを利用して、対象とするシステムの持続可能性に向けて地方自治体を導くことができます。

処理プラントの敷地での固形廃棄物の埋立てを中止したり、水と排水の問題について地域住民に情報を提供するページをフェイ スブックに開設したりするような簡単なものも、改善策になります。もっと複雑な解決策には、プラント労働者の安全衛生対策への投資を計画したり、重要なステークホルダーと、これまで関与することが少なかった先住民コミュニティの組織といったステークホル ダーとの間に、意見交換や意思決定のための定期的な会議を確立したりするといったものがあります。

多くの点で、SDGs を実現するために核となるのは相互の関わり合いです。水、土壌、廃棄物などの環境資源が気候変動や人口動態の変動、社会経済的圧力の影響にますます脅かされるようになっているため、私たちはこうした相互の関わり合いを考慮しない、時代遅れの資源管理アプローチの先を見なければなりません。

国連大学は SludgeTec プロジェクトなどの先駆的研究を通じて、その取り組みを行っています。ネクサスアプローチを含む革新的な手法を活用することで、環境資源の管理における開発途上国と新興国の経済のニーズに対応し、世界の脆弱な地域が持続可能な開発を実現するための知識と能力をよりよく備えられるように しています。

 

この記事は、国連大学2018年次報告書に掲載されています。