福島原発事故から地熱発電へ

昨年の東日本大震災が起きるまでは、福島の土湯温泉には何万人もの観光客が訪れていた。

福島第一原子力発電所の原発事故から18か月が過ぎた頃には、この温泉地は、日本が推し進める代替エネルギーの第一線の場へと変わろうとしていた。

2014年の春までには、福島から9マイル(15km)離れ、山脈に囲まれた土湯の地熱発電所は、地域の使用電力の4分の1に相当する250キロワットの電力を作り出すようになるのだ。

環境省が近年、保護地域での開発規制を緩和したことにより、賛否の分かれる国立公園内での発電施設建設が初めて可能になった。

全てが計画通りに行けば、このプロジェクトは地域の電力自給を促進するだけでなく、長引く放射能の風評被害で遠のいた観光客の客足を伸ばす役割を果たすかもしれない。これまで温泉経営者たちは、日本の膨大な地下資源である火山水を利用する地熱エネルギーには猛反対していた。

なぜなら地中深くから源泉を汲み上げ、それを冷まして温泉湯として使ってきた温泉経営者の多くは、地熱発電所により源泉の湯量や泉質が損なわれることを恐れていたからだ。

しかし、未だに地震の影響で6軒もの温泉旅館が営業を再開できていない土湯の温泉経営者たちは、今や地熱発電の最大の支持者となっている。土湯温泉観光協会・事務局長の池田和也氏は「発電所が泉質や水温に影響することはないでしょう」と語る。「市の世論調査を行いましたが、反対する人は1人もいませんでした」

岩手県・松川地熱発電所 撮影:ジェイソン・ヒル

岩手県・松川地熱発電所 撮影:ジェイソン・ヒル


地熱発電の開発によって、経済的恩恵も期待できる。7月に再生可能エネルギーの全量・固定価格買取制度が始まり、電力会社は地熱により生み出された電力1キロワットに対し42円を支払うことが義務付けられたのだ。

「発電所はとても小さく目立たない物になるので、固定価格買取制度により、7年程度で初期費用を回収できる見込みです」と同氏は述べる。

3億円(250万ポンド)のこの施設では、地下から汲み上げられた温泉の熱で、アンモニアのような低沸点媒体を沸騰させタービンを回す仕組みを採用する。

地熱発電への抵抗感に加え、福島原発事故以前だったことも相まって、それまで日本はエネルギー問題の専門家が大きな将来性を見込む資源の開発を行ってこなかった。経済産業省によると、18か所ある地熱発電所が作り出す電力量は全体の0.2%にすぎず、この10年間、新規の地熱発電所は建設されていないのだ。

固定価格買取制度、実現可能性調査や試掘への新たな助成金、また原子力発電の全盛期が終わりを迎えたという世間の認識により、地熱エネルギー分野のシェアが飛躍的に伸びると科学者たちは考えている。

日本の地熱発電量は現在55万キロワットに満たないが、その潜在的な生産能力はアメリカ、インドネシアに次ぐ2,400万キロワットに上るという推定もある。土湯が地熱発電を受け入れる理由はこれだけではない。第一に福島原発事故以降の観光客の激減が挙げられる。そして復興が進み、放射線レベルも健康に被害を及ぼさないレベルを示しているのにもかかわらず、依然、放射能に対する恐怖が存続していることもその理由である。

この冒険的事業の収益は、地震で破壊された3軒の旅館の修理と、別の3軒の再建に充てられる。

日本の将来のエネルギーミックスにおける原子力の割合については、専門家の議論も割れるところだが、長期的には土湯が、安定したクリーンエネルギーの確保に苦戦する地域のモデルタウンになると池田氏は信じている。

このプロジェクトが成功すれば、日本中の無数の温泉地の経営者が抱える、命の源泉への被害に対する不安を和らげてくれるだろう。

同氏によれば、ゆくゆくは土湯の地熱発電所は1,000キロワットの電力を生み出すようになる。これは、福島第一原子力発電所の故障した原子炉一基が作り出す電力のごく一部を担うにすぎない。しかし、今後揺らぐことはないであろう原発再稼働への反対がある以上、土湯に残された道は、代替手段に取り掛かる以外に無いのだと池田氏は語る。

「もしあの時、原子力災害が起きなかったら、私たちがこのプロジェクトを見直すことは絶対に無かったでしょう」

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これは2012年8月9日に電子版ガーディアン紙に掲載された記事である。

翻訳:上杉 牧

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