実質的に崩壊した排出権取引

世界で唯一のグローバルシステム、温室効果ガス排出権取引は、貧しい国々にグリーンテクノロジーを広めることがそもそもの目的だったが、崩壊したに等しい。これによって途上国の資金供給の流れも危機にさらされている。

国際連合による貧しい国々で温室効果ガス削減のためのプロジェクト(風力発電プラントやソーラーパネル設置など)を行うシステムを通して、ここ7年間で何十億ドルもの資金が集まった。しかし各国政府はこのシステムを今年以降も継続するという確固たる意思表明をしておらず、今後も存続できるのか深刻な懸念が広がっている。

国連が召集した作業部会は、9月3日バンコクの会議でクリーン開発メカニズム(CDM)として知られるシステムは早急な救済策が必要だと報告した。そしてCDMを崩壊させてしまえば将来的に途上国の炭素削減への資金集めがより困難になると警告した。

元イギリス上級官僚、ハイレベル部会の副議長を務めるジョーン・マックノートン氏はガーディアンに対し、次のように話した。「炭素市場は非常にぜい弱で、CDMはほぼ崩壊したに等しいのです。各政府がこのことをあまり深刻に捉えていないことが非常に気になります」。

作業部会は、各国政府はこの市場に何百億ドルをつぎ込んだ投資家たちにこのシステムの継続を約束し、炭素排出削減の目標を厳しくしてこの市場を強化し、自らも炭素クレジットを購入するなどして安心してもらう必要があると述べた。

各政府にとって今年12月にカタールで開かれる気候変動会議が、このシステムへの信頼を回復する最後のチャンスだ。 しかし2020年の排出目標を厳しくすることに同意する参加国はほとんどないと思われ、その件は議題にもほとんど載っていないのだ。それより政府は2015年末までに新たな気候変動に関する条約を採択することに注力している。それには2020年以降の排出削減が明記される。

CDMの元では、途上国で炭素排出削減のプロジェクトを開発すれば、そのプロジェクトにより削減できた二酸化炭素1トン分ごとに対して国連が発行する炭素クレジットが与えられる。この活動には様々なものが含まれ、新しい風力発電所やソーラーパネルの建設から効率のよい調理用コンロや照明の販売、工場におけるある種の産業ガスの放出を防ぐテクノロジーを設置することなど多岐にわたる。

このシステムは1997年の京都議定書に基づき、何年もの話し合いの末に作られたものだが、実際に炭素クレジットが発行されたのは、条約が発効された2005年のことだった。それ以来10億を超えるCDMクレジットが発行されてきた。

これら炭素クレジットは、理論上では、京都議定書で炭素削減の義務を負う政府が目標を達成するために購入することになっている。ところが実際はアメリカが京都議定書から離脱し、中国、インド、メキシコなど大排出国には排出削減義務がないことを思えば、そこそこの大きさの市場といえばヨーロッパしかない。EUには独自のキャップ・アンド・トレードの制度があり、その制度の下では重工業は排出する炭素の排出枠が割り当てられ、さらにCDMクレジットで排出枠を買うことも可能だ。

しかし不況とユーロ圏の危機により、この市場はヨーロッパを頼るわけにはいかなくなった。産業活動が減少したことや、当初の排出枠が緩かったことが原因で排出枠を追加して買う必要のある国はほとんどない。さらに困ったことに京都議定書の期限は今年で切れ、継続の意志を表明しているのは世界の主な経済国のうちヨーロッパのみである。

これらの要因が重なり、CDMクレジットの価格は金融危機前の20ドル(12.50ポンド)から現在は3ドル以下にまで暴落した。このレートでは多くの潜在プロジェクトは商業的に実現不可能だ。投資家やプロジェクト開発者は一気に市場から手を引いた。

マックノートン氏は、この市場は排出削減のために十分に機能していないと批判する人々に対し、同市場が崩壊したらそれを嘆くことになるだろうと警告している。この市場を作るには時間がかかり、そう簡単に複製できるものではないからだ。「これはしっかりした枠組みです。機能しているメカニズム、基準や法的手順など市場に必要なものがそろっているのです。人は数年後に必要になった時にもこのシステムは存在しているだろうと思い込んでいるようです。でも(行動を起こさない限り)それは無理だと思います」と氏は述べる。仮に各国政府が改訂を決定したとしても、2020年以前に機能することはないと考えらるため、CDMはそれまでの「橋渡し」の役割をすることができる。

Glacier Environmental Funds(グレーシャー環境ファンド)の会長ミッチェル・フェイエスタイン氏はCDMは常に他の、より大きなグリーン投資の機会と比べて影が薄かったという。「炭素市場は今後も存続するでしょうが、現在と同じ形では無理です」と氏は話す。「投資資本は、化石燃料への依存が減る中、エネルギー効率を上げる革新的テクノロジーに流れるでしょう。個人資本は、今のCDMに見られるようなの官僚的な煩雑さのない、他の投資機会に分散すると思います」

しかしCDMに対して楽観的な人もいる。英国のコンサルティング会社アイデアカーボン社のフロラ・ユ氏はこの市場は存続するだろうと述べている。オーストラリア、中国、韓国などは独自のキャップ・アンド・トレード市場を開拓しており、それをグローバルシステムと結び付けたいと考えているからだ。「CDMが既に投入された資金と資源をさらに発展させる可能性はまだあります。消えてなくなってしまうことはないでしょう」

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この記事は2012年9月10日、guardian.co.ukで公表したものです。

翻訳:石原明子

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