里山からの便り

この記事に添えたビデオブリーフは、国連大学メディア・スタジオのブランドかおり氏が制作したものである。ビデオの中で紹介されている2人の事業家は、伝統的知識と科学の進歩の両方を利用し、彼らの生活を支える森林や山の生物多様性を保護している。

大野長一郎氏は、クヌギ林を管理することで父親から引き継いだ製炭工場を維持している。クヌギの木は日本の茶道に使われる伝統的な炭を作るのに使われる。また林業を営む速水亨氏は、ヒノキと並んで生える240種以上の植物が、彼の林と近隣の川や海の生態系の健全さを総合的に維持するのを助けている、と紹介している。

彼らの生活とビジネスは、里山で行われてきた営みが経済的に発展可能であることを示している。

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「里山」は自然と人が調和して存在する場所である。

伝統的な日本の里山の景観(里山的ランドスケープ)は、その中で暮らし、農業・林業・漁業を営む人々によって形づくられてきた。

その結果、モザイク状の土地利用システムが出来上がっている。水田では米が、畑では農作物が栽培され、薪を集め木炭を作るために森林では定期的に伐採が行われ、草地では飼料や肥料や藁が作られる。

「里山」はもともと日本語の「里」と「山」から作られた言葉であるが、里山やそれと類似の景観を持った地域は、何千年もの間、多数の人々の暮らしを支えてきた。

ところが、過去1世紀の間、そしてとりわけ過去50年の間に重大な変化があった。他の多くの先進工業国と同様に、日本は近代化と都市化の過程をたどったのだ。この抗しがたい時代の流れの中で、それまで人々が持続的に食料・水・住まいのよりどころとしてきた、伝統的な生態系管理システムは衰退し、時には放棄されてしまった。

しかしながら、里山的ランドスケープで培われてきた知識と生態学的回復力は、生物多様性の保全、CO2排出量削減、そしてエネルギー及び食料安全保障といった21世紀の課題の、解決の糸口になり得るであろう。

SATOYAMAイニシアティブ

里山や類似した景観における社会生態学的な生産システムが、人間の暮らしをより豊かにし、生物多様性の保全につながるという認識のもと、今年7月、「SATOYAMAイニシアティブ」が発足した。

この地球規模の取り組みは、土地と自然資源の最適化された管理を通じて自然環境の持続可能な利用を促進することを目的に、日本の環境省国連大学高等研究所の主導のもと行われている。

イニシアティブの主要な構成要素は、以下の3点である。自然資源の持続可能な利用・再利用・リサイクルのための英知の結集、生態学的な伝統の知識と現代科学との融合、そして「新たなコモンズ」の創造、つまり土地と自然資源の共同管理の導入または安定化だ。

当イニシアティブでは、国連大学メディアスタジオ制作のビデオを利用して、里山に関する視覚的な理解を高めることも行っている。この記事で取り上げられているビデオ「樹と共に生きる」では、例えば何種類もの樹種を隣り合って植えるといった方法など、生物多様性を守り維持していくのに役立つ持続的森林管理の実例が紹介されている。

ローカルに行動し、グローバルに考える

里山の中で提供されている幅広い哲学と生態系サービスは、日本固有のものではない。里山とそれに類似した景観は、古くから世界中の人々を支えてきた。SATOYAMAイニシアティブが、他のアジア、オセアニア、ヨーロッパ、そしてアフリカ諸国の似たような景観管理の経験に関する情報を共有することにも焦点をあてているのは以上のような理由からである。

最近では、マレーシアのペナンに、アジア・太平洋諸国の政府関係者や専門家の他、国際機関、学術機関、研究機関、NGOが集まり、「SATOYAMAイニシアティブに関するアジア太平洋地域ワークショップ」が開催された。当ワークショップの目的は、アジア・太平洋地域における里山とそれに類似したランドスケープに見られる管理機能を再考し、将来の行動計画を議論することであった。

また、これまで里山ポータルサイトにアクセスした人は、インドネシア、フィリピン、タイにおけるケーススタディからも知識を得られるようになっている。このサイトを通じた情報の共有は始まったばかりだが、今後数年でさらにグローバルなものに発展するであろう。

もうひとつのCOP

里山的ランドスケープの最も重要な特徴として、生物多様性の保全の能力が元来備わっているという点がある。里山のシステムは、環境的、経済的、文化的、社会的つながりの純粋な融合、つまり生態系サービスと人間の福利のつながりを象徴している。水源、農作物やその他の植物、動物、人間といったすべてのものが、他のあらゆるものと関わりながら存在し、そのためすべてのものが、この哲学を念頭に保護されている。

しかしながら地球は、現在いわゆる「6度目の絶滅」の危機を経験している。2001年より国連の提唱によって行われた大規模なミレニアムエコシステム評価によって、以下のことが明らかになった。

「これまでの人類史上におけるどの期間と比べても、今ほど人類が急速かつ大規模に生態系を変えてしまった時はない。それは主に、食糧、新鮮な水、木材、繊維、燃料への急速な需要の高まりを満たすためであった。そしてこれが、地球上の生物多様性の、大規模かつほぼ不可逆的な破壊をもたらした。」

このような、かつてない課題に応えて、国連は2010年を「国際生物多様性年」と定めた。それに加え、2010年は生物多様性条約(CBD)第10回締約国会議(COP10)が開催される年でもある。COP10は2010年10月に日本4番目の大都市、愛知県名古屋市で開催予定だ。

SATOYAMAイニシアティブは、特に「生物多様性の保全」と「生物多様性の持続可能な利用」の側面において、CBDの目的の達成に貢献できるはずだ。このようにCOP10のタイミングと開催場所に恵まれたことが、SATOYAMAイニシアティブが最大限の影響力をグローバルにもたらすことにつながればいいと思う。

これが成功するためには、COP10が広く良く知られる必要がある。気候変動に関する同様の締約国会議COP15に関しては、その重要性は今月コペンハーゲンにおいて余すことなく報道された。同様の重要性をもつCOP10にもそれに匹敵する認知が望まれる。

どこに行こうとしているのかを知るためには……

人類の文明は正しい方向に進んではいないという主張に対し賛否両論があってはならない。生物多様性の減少、侵入生物種、気候変動、土壌・水・森林の生態系汚染の増加といった複雑な問題に対する不安があまりに大きすぎ、その答えを見つけるのは難しく感じられる。

よく言われるように、どこに行こうとしているかを知るためには、まずはどこに居たかを知るべきである。

人類がいかに自然環境と関わるかという関係性においてほど、この言葉が真実味を持つことはない。里山の古くからの概念を復活させ理解を深めることは、人類とその環境との持続可能な相互関係を社会が再構築する一助になるであろう。

東京大学の同僚であり、上のビデオブリーフにも登場する鷲谷いづみ教授によると:

「里山の資源を利用すれば、その管理にもつながります。だから、私たちは資源の伝統的利用を後押しすると同時に、新しい利用をうながしていくべきです。」

「手遅れということは決してありません。自然と調和したコミュニティにしていく方法は見つかるはずです。」

環境と社会の悪化の問題は、伝統的なランドスケープの中で暮らす地域コミュニティだけでなく、あらゆる人が取り組んでいくべきものだ。国家レベル、地域レベルの政府機関、研究機関、学術機関などが、景観管理システムについての議論を促進するよう、より一層努力するべきだ。SATOYAMAイニシアティブは、正しい方向への、小さいながらも重要な一歩と言えるであろう。

翻訳:金関いな

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著者

武内和彦教授は、2008年6月1日に国連大学副学長に就任した。過去30年にわたって、東京都立大学(1977-1985年)、東京大学(1985年-)で研究教育活動に従事してきた。武内教授は、1997年から東京大学大学院農学生命科学研究科緑地創成学研究室の教授を務めている。また2005年からは、東京大学総長特任補佐(国際連携本部長)、サステイナビリティ学連携研究機構副機構長、2007年には国際連携担当総長特任補佐(副学長)に就任した。