パミール高原のエネルギー危機

世界で最も高い山々がそびえるタジキスタンのパミール高原は、ペルシャ語で「世界の屋根」と呼ばれる。東パミールは平均標高が3500mで、冬は長く厳しく、気温はマイナス50度まで下がる。ここに生える小さな潅木、テレスケンは半乾燥地帯の環境に順応した数少ない植物の1つである。

ここ20年以上、テレスケンは薪用に刈り取られてきた。ソ連時代が終わって、燃料の供給が少なくなり、輸入燃料の値段が高騰する中、東パミールに暮らす14000人にとってテレスケンは暖房や調理の主な燃料となっている。

この地域の中心地ムルガブ周辺は人口の半分が集中しているが、外周70‐80キロほどの地域には植物が全く生えていない。家畜の飼育が主な収入源である田舎の地域では、テレスケンに加え、動物の糞を乾燥させたものを燃料として使い、9月から5月、ときには6月までにもおよぶ寒い季節を耐えしのんでいる。

「住民はテレスケンに関する問題を認識しており、自分たちの生活がテレスケンなしでは成り立たないことも理解している」

エネルギーの政治史

東パミールの人々が燃料にこれほど苦労している理由は何なのか。

19世紀後半にロシア人がやってくる前には、この地方に永住している者はなかった。遊牧民族キルギス人は、牧草を食べる家畜の世話をし、天然の燃料を使用していた。それは今日も変わらない。しかし当時の人口は少なく、季節ごとに山脈を移動する複雑な生活様式のおかげで、土地への人工的な負担は大きくはなかった。

旧ソ連にとって、パミールはアフガニスタンと中国との戦略的緩衝地帯だった。ソ連は軍隊を派遣し、その活動を支えるために道路を作り電話線をひき、電力化をもたらした。軍隊や道路建設のキャンプができれば有給の労働や、地元の農産物の売買もできるようになる。このことと定住を促進する国家政策の効果があいまって、人口は飛躍的に増加することになった。

この地域の水力発電やディーゼル発電によって多様化した経済に火がつき、助成金で得られる石炭のおかげで、新たに建てられた家々では冬も暖かく過ごすことができていた。

1990年初頭、ソ連の政治と経済構造は崩壊。数ヶ月後も経たないうちに国内の就業率はそれまでの100%から、学校、医療施設、政府施設のわずかの職だけに激減してしまった。東パミールには耕地はほとんどなく、民営化の際に手に入れた家畜のみが食料や収入の糧となることも多かった。石炭とディーゼルの輸入はほぼ停止され、たとえ手に入ったとしても高価なマーケットに限られ、購入できる人々はほとんどいなかった。

こうして人口の大多数が薪としてテレスケンを使うようになったのである。ビデオブリーフで見られるとおり、冬に備えて十分な燃料を手に入れるためには、親戚や友人が金を出し合いトラックを借り、山の奥へ奥へとテレスケンを求めていかねばならない。

家畜を持つ者はまだ恵まれた方で、足りないテレスケンの分、家畜の糞を燃やして調理や暖房に使う。とはいえ、100匹の動物を飼う裕福な家でさえ、糞だけでは必要なエネルギーの半分にしかならない。そして、一般的な家庭には、せいぜい10匹のヤギと羊がいるだけなのである。

影響と余波

このようにテレスケンを長期にわたって大々的に伐採し続けた結果、この地域の生態系には深刻な影響が出ている。そしてこの生態系が、人々や野生動物、ひいては国際社会にもたらす産物や生態系サービスも同様に影響を受けている。

ホログにあるPamir Biological Institute(パミール生物学研究所)のKhudodod Aknazarov(フドド・アクナザロフ)教授は過去数十年にわたって1000種類以上の植物をテストし、東パミールで家畜用作物として使用できないかを研究してきた。その結果、テレスケンは東パミールに植生する植物の中で、ここの環境条件にぴったり適合するわずか2種類のうちのひとつであるということがわかった。

気候観測の結果、1960年代と比べ、現在の夏の気温は低くなっている。そもそも植生の時期は短いのだが、自然な種子栽培でいくつかの代替になる家畜用作物を育てようとしても、気温の低下が悪影響をおよぼしている。

テレスケン自体の成長は遅く、繁殖できる大きさになるには数年かかる。条件がそろわなければ、その種子は最長で20年もの間、土の下で発芽の時期を待つ。テレスケンは、この地域特有の気候環境に他のどの植物よりも適応しているというわけだ。

東パミールの広大な地域で植生が減り、これによって土壌は太陽、風雨に直接さらされ(家畜にも踏み潰され)、取り返しのつかないほどいためられている。さらに山の生態系の潜在的生産力が落ち、それは直接的に生活や健康への影響をもたらす。

これらの状況は砂漠化や生態系の多様性の損失、植物や土壌に保存されている炭素の排出につながり、地球環境にも影響する。

東パミールのエネルギー問題解決には技術的解決は不可欠だが、持続可能な変革にはそれだけでは足りない」

問題に立ち向かう

住民はテレスケンに関する問題を認識しており、自分たちの生活がテレスケンなしでは成り立たないことも理解している。 テレスケンを刈る人々は、今ではこの潅木が再生するように種を土の中に残しておくようになった。彼らが出来ることは、この他にほんの少ししかないのだが、それでは不十分だ。

技術的なオプション

緊急な対処が必要なのは家々の断熱と、例えばより効率的な調理用コンロなどの省エネ技術である。地元のNGOやパミールで働く援助機関はさまざまな解決策を打ち出している。この地域での生産ラインを確立し、省エネ技術を市場ベースで分配できるメカニズムができれば、生活は大幅に改善されるだろう。

太陽光、風力などの代替エネルギーは、まだまだ大きな可能性を秘めている。隣国中国からの安価なソーラーパネルは地元市場に入り込み、裕福な家庭で使用されている。その一方で貧困を緩和するため最貧家庭に対し無料でソーラーパネルを配布する努力も続けられている。それにより生活水準が上がり快適さも増すだろう。とはいえ燃料としてのテレスケンの過剰使用による問題が直接解決されるわけではない。それどころか、太陽エネルギーは主に照明やテレビに使われ、テレスケンの代わりになるわけではないため、逆に暖房が必要な時間を夜遅くまで引き延ばすだけかもしれない。

より大規模な太陽や風力エネルギー使用は、公共事業や民間企業にとって有益だが、より小規模なものですら、まだ手が届かない。この地域での水力発電の可能性は非常に高いが、貧困が問題であり、人口が少なくまばらなことを考えると、新しい水力発電所の建設も、ムルガブにあるソ連時代の発電所を再建することも経済的に意義があるとはいえない。

パミール高原のあちこちには温泉が湧き出ており、温泉場、暖房、植生、温室用に使われている。このエネルギー源がより効率的に使われれば、より多くの家庭に暖房や新鮮な食料が届けられる。新たな収入源の模索も考えられるだろう。もちろんそのためには必要な投資がなされなければならないが。また、温泉は開発中の地熱利用の可能性も秘めている。

「テレスケンを全滅させれば、砂漠化が起こる」(アクナラゾフ教授)

統合的な対応

東パミールのエネルギー問題解決には技術的解決は不可欠だが、持続可能な変革にはそれだけでは足りない。広範囲に及ぶ貧困は山あいにある地域での大きな問題だ。貧困対策を同時に行わない限り、代替エネルギー源は、今後何十年も大多数の人々にとって手に届かないままだろう。

東パミールの主な収入源は家畜飼育である。住民のために家畜の命を守るには、ここ独自の山の生態系を守らなければならない。現在はテレスケンの過剰な伐採だけでなく、あちこちで見られる過放牧によって、ここの生態系が持つ生産的、そして保護的な役割が果たせなくなっている。

キルギスとタジキスタン政府による国境を越えたイニシアティブは地域レベルで国連大学が調整を行っており、現在パミール・アライ山脈における貧困と土地の劣化という2つの絡み合った問題に対し、統合的なアプローチで対策を立てている。地球環境ファシリティーと15の国内外の団体が支援するPALM project (PALM[パミール・アライ山脈]プロジェクト)は、この地域の統治レベルで、持続可能な土地管理を妨げている原因を取り除くため働いている。

PALMのフレームワークでは、国内の作業グループは持続可能な土地活用に向けて地域や国家戦略、政策環境を強化するよう努めている。それと平行して、研究・諮問機関が地域社会の致命的な土地使用と管理問題に対処するのを助けるため、より目標を絞った様々なアプローチを作成中である。

同時に、問題となっている地域自身も独自の土地活用と管理計画を作成し、PALMプロジェクトのサポートを受けながら、持続可能な土地管理マイクロプロジェクトを導入しつつある。様々な活動が行われることで、住民は変わりつつある「世界の屋根」の生活条件に適応することが出来るだろう。

プロジェクトが成功するか否かは、多数の関係者たちがいかに全力を傾けて努力するかにかかっている。既存の考え方の枠を超えて行動し、現在の役割を見直し、定着したやり方を変えてみることだ。乗り越える壁は高いが、地域社会にとっても、地球環境にとっても、何もしないことの危険性もまた高いのだから。

翻訳:石原明子

Creative Commons License
パミール高原のエネルギー危機 by ニベリーナ パコーバ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

パコーバ氏は国際大学で国際開発の修士号を取得、専門は環境経済である。国連大内でのInnovative Land Use and Management Sub-Programme(革新的土地活用と管理のサブプログラム)設立の働きかけを行っている。特に、地球環境ファシリティー(GEF)/国連環境計画プロジェクト(UNEP)の中の、中央アジア パミール・アライ山脈での持続可能な土地管理 (PALM)に深く関わっている。その他、科学と政策のインターフェイスにある革新的かつ持続可能な資源活用に関わるイニシアティブの創設と開発にも関わっている。

フェルスター氏は国連大学環境・人間安全保障研究所(UNU-EHS)のEnvironmental Vulnerability and Energy Security SectionにAssociate Academic Officerとして勤務する。物理学者でもある彼女はエネルギー安全保障の研究をしており、特にバイオエネルギー分野に重点を置いている。バイオ燃料と食糧安全保障の問題や、伝統的バイオマスと途上国の土地管理の関係に関心がある。

ファブリス・ルノー博士は、2004年より国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)に勤務し、2007年よりEnvironmental Vulnerability and Energy Security Section(環境脆弱性と生態系サービスセクション)の長を務めている。2009年8月から2011年5月までUNU-EHS所長臨時代理を務めた。農学、特に農薬(とりわけ殺虫剤)による環境汚染を専門分野とする。UNU-EHSに入る前は、ナミビア、タイ、米国、英国の国際機関や学術機関に勤務。

2002年より国連大学メディアスタジオに勤務。環境問題に関するビデオドキュメンタリーやオンラインメディアの制作を担当している。