ダニエル・ワグナー
Country Risk Solutionsダニエル・ワグナー氏は、 Country Risk Solutions(カントリー・リスク・ソリューションズ) のCEOであり、 書籍『AI Supremacy(AIの優位性)』の共同執筆者である。
多くの個人、会社、政府がAI(人工知能)やML(機械学習:人間の学習能力と同様の機能をコンピュータで実現しようとする技術・手法)を受け入れ始め、それによる効率性と生産性の向上が世界経済のある特定分野の飛躍的な成長を可能にしている。一方で、AIやMLの恩恵を受ける、または受けない分野や企業の間における効率性と生産性の差も大幅に拡大している。これには、底辺にいるものはさらに後れ、先頭集団に追いつくチャンスがさらに減るというリスクが伴う。
ほとんどの国々が自国におけるAIの展望について真剣に考え始めた段階であり、多くの先進諸国は2017年や2018年にようやく国のAIイニシアティブを発表した。
これらの先進諸国以外の国々は、十分な資金、AIを指向する優秀な人材、AIの優位性を獲得するために豊富な国家資源を投入できる少数の先進諸国に、技術や経済、軍事の優位性を支配される未来を想定しなければいけない。
将来、一部の国が最先端のAIを支配する意味合いは深刻だ。一方で、技術が進んだ一部の国は、AIの事実上の保護者として長期的に多くの資源をAIの開発に充てることができる。さらに、その国の大企業が世界経済の舞台でより目覚ましい優位性を獲得・維持し、競争力を獲得することも確実である。このような国の軍隊は、ほぼ間違いなく、未来のAI技術の受益者となるだろう。そして、世界に優れた自律型武器の開発競争を促し、危険で新しい戦争手段をあおるだろう。
経済的支柱、主要なテクノロジー、主流のガバナンスシステムは単一であるとする従来の経済モデルは、少しずつ多極化へ移行している。企業は、大量のパラダイム、テクノロジー、ガバナンスルールへの対応を迫られるようになっており、データハイウェイ(高速にデータ通信を行うための通信回線)は、新たな輸送路になりつつある。クラウド型ストレージは、輸送コンテナや倉庫の立ち位置を徐々に奪いつつある。同じように、分散化とデジタル化が従来のコミュニケーションやトランザクション(業務上の処理、データ処理など)の手段に取って代わろうとしている。
シリコン半導体技術の飛躍的な進化に牽引される新しい世界経済の潮流は、既に世界各国で大規模な崩壊を引き起こしており、オンラインプラットフォームの重要性は、物理的な製品よりも高まっている。
例えば 、世界最大の通貨の貯蔵庫を駆動するのは仮想通貨であり、そこに建物や物理的な金庫はない。すべては、自動化によって獲得された知識とプロセスを基本にしたソフトウェアによって動いている。
世界的に最適化されたバリューチェーン(グローバル化の現段階において慣れ親しんでいる機能)は、デジタル技術を旧式の低コスト技術と融合したバリューチェーンに移行し、製品やサービスの統合強化を可能にし、モノやサービスを交換するための独立した世界的プラットフォームの成長を推進するだろう。
MLの時代に我々が直面する最大の課題は、いかに(従来型の製造方法と化石燃料によって牽引される)現在の経済モデルを、つい最近までは単なるSFの領域にすぎなかった技術力によって牽引される新たな経済モデルに移行するか、というものだ。
我々はどのように、実体のある物理的なものを扱うという従来の快適なレベルから、必ずしも目に見えず、感じることができないものが支配する世界へと移行するのだろうか。我々は既にサイバー世界に足を踏み入れている。バーチャルリアリティ(仮想現実)は近づいてくるだけでなく、我々から追い求めもする。この冒険的世界に我々が惹きつけられる理由は、その可能性に魅了されているためだ。我々を待ち構えているAIの世界も、同じように我々を魅了するだろう。
従来AIは、高い柔軟性や創造性、問題解決能力の高い専門技能を持つ労働者の利益になり続けるとみなされている。しかし、AI駆動型ロボットが、高度な教育を受け特殊技術を持つ、医師、建築士、コンピュータープログラマーなどの専門家の立ち位置を奪っていくことはあり得る。むしろ、その可能性が高い。
技術革命、高齢化や移民といった人口構成の変化、気候変動、持続可能な開発など、その他の重要な世界情勢との関連性を検討するには、さらに多くの検討・研究が必要である。これらのテーマの多くは、国際的なフォーラムの場で取り上げられることはない、または有意義な議論のテーマとして取り上げられ始めたばかりである。
AIが複雑な問題の自律的解決能力を高めていくと、経済や社会は根本から変わる。しかし、AIが多くの課題に与える影響は、今後も長年にわたり不明なままだろう。答えが見えたような気がしても、つねに変形するアメーバのように、AIは永遠にその形を変え続け、周囲に適応していく。
AI革命が世界秩序に与える影響に関する検討は始まったばかりだが、今以上に権力、リソース、技術の集中が進む世界になるだろう。
未来の戦争は、単に土地、天然資源、人口にとどまらず、人類の行く末を決定づけるかもしれない。AI優位の未来は、世界の格差を解消するよりむしろ、未だかつて無いリソースと権力の集中をもたらす可能性が高い。
世界は、自然の成り行きに任せることも、各国の政府や企業にとって都合がいいからとAIに関するガバナンス、規則、法の支配に伴う重要な課題への取り組みを当事者任せにすることもできない。新しい世界経済の先行きのかじ取りを支援するうえで、多国間の枠組みが果たす役割は重大だ。それゆえに、対話の推進、リソースの割り当て、そして行動により、人類全体にとってのAIの未来を最適に構築・管理する方法を検討する責任が国際機関にはある。
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AIに起因する国際的な政策課題の探究を目的として研究者、政策立案者、企業およびオピニオンリーダーのために設立された包括的プラットフォーム、「AIとグローバルガバナンス」に本記事を寄稿したのは、ダニエル・ワグナー氏である。なお、記事内で述べられた意見は各寄稿者の意見であり、必ずしも国連大学の意見を反映するものではない。