グリーン経済から目をそらす指導者たち

ティム・ジャクソン教授は言葉を斟酌する気分ではなかった。リオ+20は人類に新たな希望をもたらすことができなかった。それどころか、最終文書に署名をした190人の国家元首や大臣はグリーン経済のビジョンすら放棄した。反響を呼んだ「成長なき繁栄」の著者である同教授の目には、リオ+20の結果はそう映っている。

既存の経済モデルは環境にも社会にも災いをもたらしている。ところが、政治家は勇気を出して、それに疑問を呈するどころか、不安にかられるままに、すでに破綻した思想になおも身を任せようとしている。最終文書はそれをよく示しているとジャクソン教授は思わずにはいられないのだ。

サリー大学で教鞭をとるジャクソン教授がリオに出向いたのは、独自モデルを発表するためだった。そのモデルは初期段階ながら、革新的なグリーン投資が牽引する経済システムが実現可能なことを示すものだ。だが、彼は次のように語る。「私が愕然とした言葉のすり替えは、グリーン経済が『持続的な経済成長』と同等視されていたことです」

「この言葉は15回にわたって触れられ、『包括的な』という言葉がしばしば、また『公平な』という言葉が1回か2回、修飾語に使われていました。でも、『持続可能な』でもなく『持続的な』です」

「これは、どんなによく言っても、『偏った考えから繰り返される犯罪』です。私たちはもはや『グリーン成長』、『持続可能な成長』という言葉さえ使いません。新たな経済モデルを開発するのは最富裕国の責任ですが、こういった言葉を使うと、その責任を受け入れるどころか、現在のモデルに疑問を持とうとしてきた努力を10年逆戻りさせてしまうのです。しかし、破綻寸前の金融危機を引き起こし、甚大な消費の不公正を永続化させ、急速に環境を崩壊させているのは、まさにそのようなモデルなのです」

「落胆したというだけではすまされません。唖然とするほどの責任放棄です。私はあまりにも強いフラストレーションを感じたので、NGOのFuture We Don’t Want(私たちが求めない未来)に署名をしました。これからはさらに何倍も努力して、別の形の経済が実現可能であることを示していかなければなりません」

従来の考え方は破滅を招く

リオ+20においては、国内総生産(GDP)だけを成功の尺度とするのではなく、それを超えるものが必要だという点で認識が一致した。しかし、ジャクソン教授によれば、それは必要とされる変革から目をそらしているだけだ。

「私は過去20年間、かなりの時間をかけて、GDPの代わりになる測定基準を考えてきました。しかし、それを議論するのも、ある意味では気分を紛らわせているだけだと思うようになりました」

「経済学者は、より適した測定基準に関する議論のテーブルに遅ればせながらやってきても、従来のモデルに疑問も持たず、物事が一向に進みません。もしかしたら、頓挫してしまうかもしれません。そういった経済学者が何年議論しても、適切な測定基準について意見が一致することはないでしょう」

政治家が勇気を持てない理由は単純だとジャクソン教授は言う。私たちの富や安定性の元になっている ポンジースキーム(ねずみ構)を続けなければ、西側の世界はすべてギリシャのようになり、支配力を維持する土台を失ってしまうのだ。

しかし、ポンジースキームのご多分にもれず、見せかけは永遠には続かない。ジャクソン教授は、従来の考え方では生態学的災害はさらに加速し、ゲームは本当に終りになってしまうと警告する。

「グリーン成長」は「はだかの王様」

ジャクソン教授は、言葉の力を認識することが重要だと言う。「政治家、経済界のリーダー、学者が経済を語る時に『成長』という言葉を持ち出したら、その力は絶大です。プレゼンテーションでも記事でも声明でも、『成長』という言葉が含まれていたら、それは聖典を見るようなものです」

「『成長』は信条であり、その概念には強い忠誠心が捧げられています。『成長』は安定の基礎であり、雇用を意味すると思われています。このような力を言葉は持っているのです」

「『成長』という言葉を入れたら、それは成長に基づく既存モデルを即座に意味します。しかし、経済について語る時は、もっと幅広い会話ができるはずです」

「『成長』は、システムを変えないことを意味します。私たちがとらわれている欧米型の消費と同義語です。『グリーン成長』は『はだかの王様』で、中身のないコンセプトです。期待されていることを別とすれば、そこには何もありません。成長に基づく経済を資源の点でより効率的にするというモデル作りは、曖昧ながら多少は中身があります。しかし、最貧国を欧米のレベルまで引き上げて、二酸化炭素排出目標を達成させつつ、持続的な成長を示せるモデルなど、最富裕国においても絶対にありません」

不安感

ジャクソン教授は、英国のキャロライン・スペルマン環境大臣が最近、「成長とグリーンであることは矛盾しない」と述べたことについて、次のように指摘した。「狂信者の盲目的な発言です。見識ある政治家の言葉とは思えません。もっとも政治家を一概に非難しているわけではありません。経済の崩壊や社会の混乱に対する彼らの恐れは切実だからです」

ギリシャではそれがまさに現実になった。経済が停滞すると、人々は高価な商品を買わなくなり、モノに対する需要が下がる。生産量が減り、失業者が増え、支出がさらに減る。政府にとっては、税収が少なくなる一方で、福祉のための公共支出が増える。債務は増え、通貨は不安定になり、場合によっては役に立たなくなる。

ジャクソン教授は語る。「つまり、彼らはギリシャのように経済による支えを求める弱い立場にあり、そのためにこのような不安感が広がっているのです」

このシナリオでは、政治家は成長を持続することが公的な義務だと見なしている。それに関してジャクソン教授は「経済の目的は社会の安定を維持すること」というケインズの言葉を挙げた。

ジャクソン教授は、かつては自らも委員を務めた英国政府の独立顧問機関で2、現在は解散した「持続可能な発展委員会」が、持続可能性と成長の関係について疑問を公に示し、国民を洞窟生活に送り返すつもりかと非難されたことを振り返った。

消費者社会の先に目を向ける

では、私たちがこの新たな経済パラダイムに到達するためのロードマップはどのようなものだろうか? ジャクソン教授は語る。「まず、成長と雇用はイコールではなく、所得が繁栄を意味するわけではないことを受け入れるのです」

「ここでは数学的にイコールではないという意味と、より哲学的な意味があります。哲学的な側面は、私たちの幸福は所得の増加に基づくものではないということです。英雄記で語られる智恵というだけでなく、普通の人の感覚でも同じです。繁栄はもっと社会的で心理的です。帰属意識、親和欲求、社会参加、目的意識が絡んでいます」

「数学的な側面では、消費者社会より、さらに高い次元で、ニーズを満たしながら、人間として栄える社会を築くことが原理的には可能です。ただし、モノによらない方法で、繁栄の機会に適切な投資をすることが条件です」

「まず、労働生産性を疑うことです。ずいぶん筋の通らないことを言っているように見えるかもしれません。特に、労働生産性こそ、手作業でコンクリートを混ぜるとか、畑を耕すといった骨折り仕事の労苦から私たちを救い出したもので、またそれが物理的な生産性の基盤だと思っている人にとってはなおさらです」

「しかし、この時点で、とりわけ先進国において、私たちがどのような経済を求めているかといえば、私たちの暮らし、たとえば健康、教育、社会介護、娯楽、文化、工芸などを良くするサービスの拡大が重要です」

「これにより十分な雇用が生まれ、生活の質が向上します。工業生産を行うより二酸化炭素の排出量は少なくなります。労働集約型ですから、労働生産性の伸びは期待できません」

「医療従事者の価値は、患者と過ごす時間の長さに関わる部分が大きくなります。教師の価値は生徒と過ごす時間次第、音楽家の価値は練習やリハーサル、それに演奏にかける時間次第です。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団にベートーベンの交響曲第九番を年々早いテンポで演奏させても意味がありません」

ジャクソン教授は現在、トロントはヨーク大学のピーター・ヴィクター教授と共に研究を行っている。カギとなるのは、代替となる投資ルートの方が資本市場よりも勝ることを示せるかどうかだ。

実体経済と貨幣経済の断絶

ジャクソン教授の言葉を借りれば、多くの人たちが犯している過ちは、背後に潜んでいる大きな力を認識せずに、実体経済を変える方法を見つけようとしていることだ。

「現在の考え方では、貨幣経済がどのような仕組みになっているかが示されることはありません。市場の均衡を消費成長から投資に移行させることができるかも考えられていません。その状況で雇用、公共支出、公債、家庭の正味資産に何が起こるかにも目が向けられたことはありません」

「興味深いのは、私たちが実体経済と貨幣経済を結びつけてこなかったことです。今日の経済および金融危機で何が起こったかというと、バランスシートがゆっくり水面下に沈んでいっているのに、政治家たちはGDPと雇用ばかりを見て、貨幣経済の指標を見ていなかったのです」

「また、同時にグリーン経済の可能性を探る研究の多くでも、同じ間違いが見られます。実体経済を見ながらも、資金と投資のゲームのルールであるバランスシート、資金移転、国民経済計算の周辺のパラメータを無視しています」

ジャクソン教授とヴィクター教授は、実質的な影響と環境に対する影響を結びつけ、貨幣経済モデルと並べて示すシミュレーションツールを構築しているところだ。このツールにより、どのようにすれば十分な投資を得て低炭素社会に移行することができるか、それが家計、国債、企業の存続可能性、銀行のバランスシートにどのような影響を及ぼすかがわかる。

では、その結果はどうなっているだろうか? ジャクソン教授は次のように話した。「結論を出すにはまだ早いのですが、私たちの研究では、障害になるのはほとんどがイデオロギーに関するものだということがわかっています。貨幣がどのように創出されているのかについて思い込みがある人は、貨幣の97%は民間銀行が作り出していて、社会投資のためであってもそれは変わらないという、市場への忠誠心を持っているのかもしれません。しかし、このような位置から、社会的公正を創出し、環境への影響を限界内にとどめ、しかも持続不可能なほどの公的債務を引き起こさないために必要な社会投資をするというレベルにはまず到達できません」

「示唆されていることについては、証明はされていませんが、可能性は高いです。資金を活用する構造的な仕組みを変え、特に社会や環境に投資を行っているところに回せれば、より柔軟かつ公平に資金を配分することができます。今の金融システムがやっているようなこと、つまり損失を貧しい者たちに分け、利益を最も豊かな者たちで分けるようなことはなくなります。そして、バランスシートを不安定にすることなく、必要な投資に資金を提供することができるようになります」

代替となる道があることを証明する

ティム・ジャクソン教授は代替となる経済モデルの追求に胸を躍らせているが、同時に肩に世界の重さも感じている。他の道が可能だと示せなければ、前に進む道があると信じている人たちの役に立てないからだ。

多くのNGOやサステイナビリティの専門家が希望を捨てつつあり、歴史的な大惨事が起こらないかぎり、世界は変わらないと思い始めているところで、事態はますます急を要している。

ジャクソン教授は次のように語った。「代わりになるものはないと、これまでずっと聞かされてきました。しかし、私たちは他の世界があると言っています。私たちは立ち上がり、欧米型の持続的成長は不公正で不適切で不安定な状態を招くおそれがあるものだと言いました。そう言ってから、政府がなぜ、そのようにするのかを理解しました。私たちには、他の筋書きもあることを示し、目指すところにたどり着くのに必要な構造改革を明確にする責任があります」

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この記事は2012年6月25日に guardian.co.uk で公表されたものです。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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著者

ジョー・コンフィーノ氏はガーディアン紙のエグゼクティブ・エディターおよびガーディアン・サスティナブル・ビジネスのチェアマン兼エディトリアル・ディレクターを務める。ガーディアン・ニュース、ガーディアン・メディア、ガーディアン・メディア・グループにサステイナビリティ戦略に関するアドバイスも行っている。