農家が自力で収穫高を劇的に伸ばす農法

水稲栽培の収穫高で世界記録を持つのは、農業研究施設でも米国の大規模農家でもなく、インド北部のビハール州の1人の農家、スマント・クマール氏である。ダルヴェシュプラ村に2ヘクタールばかりの農地を持つスマール氏は、1エーカーの土地から1ヘクタールあたり22.4トンという収穫記録を樹立した。この快挙を可能にしたのはSRI(System of Rice Intensification:稲集約栽培法)と呼ばれるものである。この記録がいかに突出しているかは、世界の水稲栽培の収穫高が1ヘクタールあたり平均4トン程度であることを考えれば明らかだ。化学肥料を使用しても、平均収穫高が8トンを超えることはまずない。

スマント・クマール氏の成功はまぐれではない。近隣の4人の生産者も、SRI農法を新たに取り入れた結果、過去に中国で打ち立てられた1ヘクタールあたり19トンという世界記録に匹敵するか、または上回る成果を上げた。さらに言えば、彼らは無機質肥料をごく控えめに用いただけで、農作物保護のための化学薬品は必要としなかった。

SRIの成立と原則

SRIは1960年代、マダガスカルにおいてフランス人のアンリ・デ・ロラニエ・S・J神父が始めた経験則的な農法である。SRIはその後、世界中の様々な条件下で、小規模農家がコメの生産性を上げるのにおおいに役に立ってきた。インドネシアの熱帯雨林地域からアフガニスタン北東部の山岳地帯、さらにはインドやパキスタンの肥沃な河川流域からサハラ砂漠の端にあるマリのティンブクトゥの乾燥地帯まで、SRI農法は実に幅広い農業生態条件下で適合することを示してきた。

SRIで管理を行うと、水稲栽培による収穫高は通常でも50~100%増加するが、時にはスマント・クマール氏の場合のように、驚くほどの成果が上がることもある。種子の必要量は大幅に減少し(80~90%減)、灌漑用水の必要量も減少する(25~50%減)。土に十分な有機物を与えることができれば、無機性肥料はほとんど、あるいはまったく必要なく、農作物保護のための化学肥料は、必要だったとしても、とるに足りない程度だ。SRIで育成された農作物は概してより壮健で、干ばつ、極端な気温、洪水、暴風雨被害などの逆境に対する耐性も高い。

SRIを用いると稲体と根の生育が劇的に良くなることが多い(左はSRI米、右は通常米)。写真提供:アムリク・シン氏

SRIを用いると稲体と根の生育が劇的に良くなることが多い(左はSRI米、右は通常米)。写真提供:アムリク・シン氏

SRI農法は主に4つの原則に基づいており、それらは相互に作用して相乗効果を上げる。

これらの原則を実践する灌漑水稲栽培の方法は数多くあるが、典型的には次のようにする。
若い苗を一本ずつ丁寧に、十分に間隔をあけながら、一般的には碁盤目状に植え、稲体と根が十分に伸びることができるようにする。

根と有益な土壌微生物の生育のために十分に水を与えるが、やりすぎてそれらのいずれの呼吸も妨げないようにする。水を与える時期と与えない時期を交互に繰り返す、あるいは少量の水を常時与えることで、適切な状態を維持する。

堆肥、根おおい、その他の有機物質を土にできるだけたくさん与え、「土に栄養を与える」ことによって「作物に栄養を与える」

機械的な方法で雑草の生育を制御するが、雑草は、地表を割って出てくることで根の周辺の通気性を良くすることにおおいに役立つので、この点では雑草を土作りに利用する。

これらを合わせて実践することにより、どのような種類の遺伝子(遺伝子型)からでも、生産性が高く、より健康な作物(表現型)を育てることができる。

SRI農法を用いることで、多くの国の小規模農家が自らの土地、労働力、種子、水、資金で、収穫高と生産性を高め始めている。SRI農法で作られたコメは気候変動による厳しい条件にさらされても回復が速い。だが、このような生産性の向上がどのように達成されたかというと、単純に植物、土、水、栄養の管理の方法を変えただけなのである。

それにより、50ヵ国以上で、既存の遺伝子のコメから、より生産性が高く回復力がある形質が引き出されてきた。その理由がすべて明らかになっているわけではないが、文献は次第に増えてきており、SRIによるコメ栽培で収穫高が伸び、作物が健康になる理由は徐々にわかってきている。

SRIの考え方と実践は今や、他の様々な農作物の生産性向上にも広く応用されている。外部からの投入物を少なくして出来高を増やすことは不可能に思われるかもしれないが、それを可能にするのは重点の移行だ。つまり、植物育種によって遺伝子的に植物の潜在力を高めることではなく、作物の生育に最適な環境を与えることを考える。

SRIの経験と原則を他の作物に応用することは、一般にSCI(System of Crop Intensification:作物集約栽培法)と称されるが、その中にはSWI(麦集約栽培法)、SMI(メイズ集約栽培法)、SFMI(シコクビエ集約栽培法)、SSI(サトウキビ集約栽培法)、麦とは別のSMI(マスタード集約栽培法)、STI(テフ集約栽培法)などがある。その他、キマメ、レンズマメ、大豆などの豆類、トマト、トウガラシ、ナスなどの野菜まで、応用範囲は実に広い。

以下に示す実例については、許可を得たうえで、ノーマン・アップホフ博士の2012年のレポートの内容を多く引き合いに出させていただいている。同レポートは、SRIを他の作物に応用することについて書かれたもので、2012年10月10日、ワシントンの世界銀行で同博士のプレゼンテーション「稲集約栽培法(SRI)とその応用:気候変動対応として(The System of Rice Intensification (SRI) and Beyond: Coping with Climate Change)」を行った際に同時に提供されたものであった。

SRIを他の作物に応用することの有益性については、科学者と実践者を納得させられるだけの調査研究と評価をさらに行う必要がある。しかし、このレポートからは、農業知識と実践にどのような進歩が表れつつあるかの概要がわかる。これは研究報告書ではない。レポートにおいて比較されている数値は実験場のデータではなく、アジアとアフリカの生産者の農地で得られた結果である。報告されている収穫高の測定にも許容誤差があるだろう。しかし、ここで見られる差は非常に大きく、また何度も繰り返されているので、作物学的には間違いなく重要な意味を持つはずだ。

 SRIを実践している生産者は通常、この写真に見られる除草機のような様々な単純な機器を使用もしくは自作、改善している。こういった機器は多くの場合、安価で容易に手に入る素材を用いて、現地で生産されている。写真提供: SRI-Rice/Pascal Gbenou


SRIを実践している生産者は通常、この写真に見られる除草機のような様々な単純な機器を使用もしくは自作、改善している。こういった機器は多くの場合、安価で容易に手に入る素材を用いて、現地で生産されている。写真提供: SRI-Rice/Pascal Gbenou

稲集約栽培法から作物集約栽培法へ

生産者は、いったんSRIの原則を理解し、それに基づく稲作の実践を習得すると、その考え方や手法を他の作物にも使うようになった。NGOや一部の科学者もこの展開に興味を持ち、支援するようになって、新たなイノベーションのプロセスが始まった。このプロセスの結果の一部を以下に要約する。

麦(Triticum)

コメに次いで重要な穀物である麦へのSRI実践の応用は、インド、エチオピア、マリ、ネパールの生産者や研究者がかなり早くから手掛けていた。SWI(麦集約栽培法)を最初に試したのはPeople’s Science Institute (ピープルズ・サイエンス・インスティテュート:PSI)で、ヒマーチャル・プラデーシュ州およびウッタラーカンド州の生産者と協力して2008年にテスト栽培を行った。推定収穫高は、非灌漑SWIの場合は通常の天水栽培の91%増、灌漑SWIの場合は82%増だった。この結果により、これらの2つの州ではSWIの利用拡大が積極的に進められた。

最も急速かつ劇的な結果が得られたのはインドのビハール州においてだった。同州のガヤ地区では、女性が大半を占める415人の生産者が2008年から2009年にかけてSWI農法を導入し、通常の手法では1ヘクタールあたり平均1.6トンの収穫高だったところから、1ヘクタールあたり平均3.6トンの収穫を上げた。翌年は1万5,808人の生産者がSWIを用いて、1ヘクタールあたり平均4.6トンの収穫を上げた。昨年、つまり2011年から2012年にかけては、ビハール州では18万3,063ヘクタールでSRIが行われたと報告されており、1ヘクタールあたり平均5.1トンの収穫を上げた。SWI管理手法を用いると収穫高が伸びる一方でコストは下がり、1エーカーあたりの純利益は、NGOのPRADANの算出によれば、 6,984インドルピーから17,581インドルピーに上昇した。

ほぼ同じ頃、エチオピア北部の生産者は、オックスファム・アメリカの補助金と Institute for Sustainable Development (持続可能な開発研究所:ISD)の協力を得て、SWIの実地テストを開始した。2009年には7人の生産者が1ヘクタールあたり最大で10トン、平均5.45トンの収穫を上げた。2010年にはサウス・ウェロでさらに大規模な実地テストが行われ、そこでは堆肥を用いて1ヘクタールあたり平均4.7トンの収穫があった。通常の条件では1ヘクタールあたりの平均収穫量が1.8トンだった。

マスタード(Brassica)

インドのビハール州の生産者は最近、マスタード(ナタネまたはセイヨウアブラナとしても知られている)の栽培にSRI農法を採用した。2010年から2011年にかけては、SMI(マスタード集約栽培法)を実践した283人の女性生産者が1ヘクタールあたり平均3.25トンの収穫を上げた。2011年から2012年にかけては、1,636人の生産者が参加し、1ヘクタールあたり平均3.5トンの収穫を上げた。推奨された実践のすべてを取り入れた生産者は1ヘクタール当たり平均4トンの収穫を上げ、ある生産者の収穫高は、政府の技術者の計測によると、1ヘクタールあたり4.92トンに達していた。SMIを導入したことにより生産コストが約半分に減ったため、SMIは結局、収穫高の上昇とともに収入の増加ももたらした。

サトウキビ(Saccarum officinarum)

インドのアーンドラ・プラデーシュ州ではSRI農法を取り入れてから間もなく、これらの考え方や実践をサトウキビの生産にも用いるようになった。生産者の中には植え付ける苗を80~90%も減らしながら、収穫高を3倍に増やした人もいた。

2009年までには、これら初段階の実践のテスト、実証、調整が十分に行われたため、WWFとハイデラバードの国際半乾燥地熱帯作物研究所が共同で設立したDialogue Project on Food, Water and Environment(食料・水・環境に関する対話プロジェクト)は、「持続可能なサトウキビ・イニシアチブ」(SSI)を開始した。

対話プロジェクトのディレクターを務めるビクシャム・グジャ博士は、SRIおよびSSI(サトウキビ集約栽培法)を共同で進めてきた人たちと一緒に2010年、環境に負荷を与えないこれらのイノベーションの知識と実践をインドなどの国々の生産者の間で広めるためにプロボノ事業体、AgSRIを創設した。SSIのテストは現在キューバで行われており、滑り出しは好調である。

シコクビエ ( Eleusine coracana)

バンガロールを拠点とするNGOのGreen Foundation(グリーン・ファウンデーション)は2000年代の初期、カルナータカ州のハヴェリ地域の生産者がグリ・ヴィドハナ(正方形栽培)という栽培システムを考案したと知った。1ヘクタールあたりの収穫高が1.25~2トン、肥料を投入しても3.25トン止まりだった従来の方法とは対照的に、グリ・ヴィドハナ方式では1ヘクタールあたりの収穫高が4.5~5トン、最大では6.25トンにもなった。

インドのジャールカンド州では2005年、生産者がNGOのPRADANと協力して、シコクビエの天水栽培にSRI農法を取り入れる実験を開始した。種子を一面にばらまいていた従来の方法によると、通常の収穫高は1ヘクタールあたり750kg~1トンだった。だが、SFMI(シコクビエ集約栽培法)を取り入れると、収穫高は1ヘクタールあたり3~4トンになった。1キログラムあたりの穀物生産コストはSFMI管理手法により60%減り、34インドルピーから13.50インドルピーになった。

テフ ( Eragrostis tef)

エチオピアにおけるSRIの導入は2008年から2009年、タレク・ベルへ博士の指導のもとで始まった。一様に種子を散布する従来の手法では、収穫高は1ヘクタールあたり約1トンだった。しかし、ベルへ博士は1本の若い苗を20cm四方内におさめて、間隔をあけながら移植すると、1ヘクタールあたりの収穫高が3~5トンに増加することを明らかにした。微量栄養素を少し調整することにより、この収穫高はさらに2倍になると考えられている。

2010年、オックスファム・アメリカの補助金を得て、ベルへ博士はエチオピアの大規模農業研究センターで実証実験を行った。そこで良好な結果が上げられたために、新たな実践を受け入れる人が増えた。今年度は7,000人の生産者がSTI(テフ集約栽培法)を用いて拡大実証実験に参加している。他に12万人の生産者が、「集約性」は低い方法ながら、同じSRI原則に基づいて直播きを行っている。

エチオピアのティグレ州でテフ集約栽培法(STI)によって育成されたテフ。写真提供: SRI-Rice/Tareke Berhe

エチオピアのティグレ州でテフ集約栽培法(STI)によって育成されたテフ。写真提供: SRI-Rice/Tareke Berhe

豆類: キマメ(Cajanus cajan)、レンズマメ(Vigna mungo)、緑豆( Vigna radiata)、大豆( Glycine max)、インゲン豆 (Phaseolus vulgaris)、エンドウ豆(Pisum sativum)

SRIの原則と手法がコメ以外の単子葉植物に応用できることは、それほど驚くことではなかったが、双子葉植物のマスタードがSRIの管理実践にこれほどよくなじむとは予想外だった。今ではSRIの経験を活かした実践が多くの マメ科作物の栽培にも役立てられている。これらの成功例については、2012年のアップホフ博士のレポートにまとめられている。生産者が自らSRIの手法を野菜に適用して成功した例も同じ冊子に収められている。

パラダイム・シフトなのか?

哲学的には、SRIは植物主体農業の統合システムとして理解できる。SRIを構成する各活動が目標とするのは、空間、光、空気、水、栄養物など、何であろうと植物が必要とするものを最大限提供することだ。そこで、SRIは私たちに次のような質問を投げかける。「もし、あらゆる点で、植物が成長するのに最善の環境を可能な限り与えられたなら、どれほど良好な結果や相乗効果を目にすることになるだろうか?」

すでに、世界中で約400~500万人の生産者がSRI農法を稲作に用いている。SRI農法の成功の裏には多くの要因がある。SRI農法は高リスクに見えるかもしれないが、実際には作物損失のリスクを下げている。生産者にとっては、なじみがない技術に手を出す必要がない。多くの投入物の費用を削減できる一方で、収穫高が増えるので収入も上がる。最も重要なのは、生産者が自ら、すぐに効果を目にできる点だ。

このプロセスがどこで終わるかは誰にもわからない。SRIのコンセプトと実践は、これまではほとんど常に収穫高の増加につながっているが、その中には他の人たちよりも突出した成果を上げる生産者もいて、その理由は完全には明らかではない。植物のミクロビオーム(微生物群の全ゲノム)が影響していることを示す観察結果も増えているが、栽培環境最適化のこの戦略はまだ緒についたばかりだということ指摘されている。

本記事のオリジナル版(本記事より長文)は Independent Science News(インディペンデント・サイエンス・ニュース)に掲載されました。SRIについてさらに詳しくはSRI International Network and Resources Center (SRI国際ネットワーク・リソースセンター:SRI-Rice)をご覧ください。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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農家が自力で収穫高を劇的に伸ばす農法 by ジョナサン・ レイサム is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.
Based on a work at http://independentsciencenews.org/un-sustainable-farming/how-millions-of-farmers-are-advancing-agriculture-for-themselves/.

著者

ジョナサン・レイサム博士は Bioscience Resource Project(バイオサイエンス・リソース・プロジェクト)の設立メンバーの一人で事務局長を務めているほか、Independent Science News(インディペンデント・サイエンス・ニュース)の編集委員でもある。レイサム博士はウイスコンシン大学マディソン校で学び、作物遺伝学で修士号、ウイルス学で博士号を取得した。バイオサイエンス・リソース・プロジェクトの立ち上げ以前においては、植物生態学、植物ウイルス学、遺伝学などの幅広い領域で科学論文を執筆している。また、バイオサイエンス・リソース・プロジェクトが出版した論文をレイサム博士が科学会議で定期的に発表しており、21世紀トラストのフェローも務めている。