国連憲章冒頭の「われら(略)人民」という表現は国連が誰に奉仕する組織であるかをよく表している。地理情報システム(GIS)などの最近の技術発展によって、国連は「われら(略)人民」とこれまでにないほど直接的に繋がることができるようになった。そしてそのことは、開発、危機対応、人権保護の分野において極めて大きな可能性をもたらすとともに、極めて深刻な課題に直面することをも意味している。
国連では既にGISを使って、 食料安全保障の管理、地域毎の気候変動に対する脆弱性の把握のほか、野生生物の不正取引との闘いといった活動を展開しているが、GISには極めて広い分野への応用が期待される。
しかし、地図の作成というのは基本的に政治的活動である。自分が世界のどの場所に位置しているかを特定することは、社会的な意味で世界のいずれの部分に自分が帰属するかを理解するうえで最も重要な情報である。地図によって私たちは、人々の関係、自身の「帰属」、また自分達に関わり合いのある政治権力について把握することが可能になる。
地図の書き換えとはすなわち、政治的アイデンティティの書き換えを意味し、それが故に極めて深刻な問題を伴うことになる。
すなわち、地図の書き換えを望まない政治勢力も存在するのである。スリランカ内戦中の2009年、国連が新たなマッピング技術を使って非戦闘地域における国内避難民の存在を追跡調査した際には、政府の干渉を受けない独立した証拠ベースが示されることになったが、予想通りスリランカ政府はこれに対して異議を唱えた。
リビアとシリアで人道と安全保障上の危機が発生した際の同様のマッピング技術の応用においても、議論を生じさせることになった。また、東アフリカやフィリピンで見られるように、国の後押しによる開発プロジェクトの進展について、情報通信技術(ICT)のおかげで市民による監視が益々可能になっていることから、同様の問題は開発の分野においても懸念される。一部には、開発の「総動員」(mobilization of development)を訴える専門家も存在している。
国連独自の諜報能力の開発に対しては、長い間各国から抵抗があったが、それはまさに国家主権を侵されたくないという理由からであった。結局のところ、国連憲章は「われら(略)人民」によって採択されたものであり、国連とは国家の連合として活動を行うものなのである。
国連内の有力な関係者からは、国連の開発、平和、安全保障の取組に新たなマッピング技術を取り入れることに支持が示されているが、なお残る問題としては、各国がそうした動きをどのように受けとめるか、ということである。国連の情報通信技術能力の強化に対する投資を確実にするためには、ある種の政策議論、恐らくは国連の情報通信技術強化のための投資に関する国連総会で継続中の審議を踏まえた議論が、必要であろう。
ICTの利用は、開発成果に大きな影響を及ぼしているように思われるが、それというのも理由の1つとして、まさに説明責任の強化につながるということがあるためである。しかしこれにより、各国に対してだけでなく、国連に対する期待もより高いものとなっている。国連人道問題調整事務所(OCHA)による最近のレポート「ネットワーク時代の人道主義」では、ハイチ地震発生2週間後から、OCHAには1分毎に情報を伝える電子メールが届いていたと報告している。
このことは、果たしてその様に大量のデータを安全に取り扱える体制を国連は整備できているか、という難しい問題を提起している。最も重要な点は、国連が「負の影響を与えない(do no harm)」という原則を守れるかということである。
地理位置情報データが悪意のある人々によって、あるいは誤った方法で使用されるとしたら、人々を支援する場合と何ら変わらない方法で、人々に危害を加えるという目的のために使用することも容易にできるのである。近年、国際原子力機関(IAEA)、国連開発計画(UNDP)、国連環境計画(UNEP)、さらに国連事務局のサーバーから盗んだデータをハッカーらが公表したという事件があったが、そうしたデータを報告した民間人に対して非国家武装集団が武力攻撃をしかける際に、国連の開発したGISデータが使用されたという疑惑もある。そうした疑惑が事実であるなら、国連にとって極めて深刻な問題が生じることになる。
OCHAのレポートが指摘しているように、「データ安全保障の確保、インフォームドコンセントのための確固たるガイドラインの策定、オープンデータに伴う倫理的問題への対処」は、必要不可欠な取組課題である。同レポートでは、2015年末までに憲章や行動規範の導入が求められている。1つの選択肢として、新たなプロテクション専門機関による赤十字国際委員会プロテクション・スタンダード2013年版について、人道問題に関する機関間常設委員会において検討することがあげられ、同基準では以上のような問題が明確に考慮されている。
しかし同様の問題について、国連の開発業務というより広い視点から検討する必要もある。各国政府や企業は現在、人権問題とICTの関係について詳細な議論を行っている。実際のところその多くは、ビジネスと人権に関する指導原則という形での国連のガイダンスに厳格に沿ったものである。
国連の活動や調達に人権保護の観点をさらに取り入れるためにはどうしたらよいかということだけでなく、より一貫性のある政策の方向付けのためにも、国連の各機関はより直接的にこうした議論に関与すべきである。そうした政策議論の基盤としては、例えば、1990年に国連総会で採択された「電子計算機処理に係わる個人データファイルに関するガイドライン」などが考えられる。
逆説的ではあるが、「われら(略)人民」によるチェックが強まるにつれて、経済開発における国連の直接的役割は根本から変化しつつある。ブルース・ジェンクス、ブルース・ジョーンズ両氏による最近の論文「United Nations Development at a Crossroads(岐路に立つ国連の開発)」において指摘されているように、開発支援そのものの途上国への資本移転の源泉としての存在感が、外国直接投資の増加によって益々薄くなってきている。
ICTの出現もまた、開発プロセスに変化を生じさせている。インターネットやツイッターなどのデジタルプラットフォームを通じて知識や影響力が拡散される傾向が強まるなか、開発の成果は益々、垂直的展開ではなく水平的連携によってもたらされるようになるだろう。
このようにネットワーク化が進む時代において、国連が果たすべき役割とは何であろうか。これまでの国連は、国家間の連携を目的とする中立的で信頼性の高いプラットフォームとして機能してきた。しかし今後は、より幅広い利害関係者にとって中立的で信頼性の高いプラットフォームとして機能するためにどうすべきか、という課題に対する答えを見つけ出す必要があるだろう。
デジタルという意味では、文字通り信頼性の高い公式データのための権威あるクラウドベースのプラットフォームの確立ということになるであろうが、それはちょうど、現在、国連が信頼性の高い公式統計やマップを提供し、また民間航空からグローバルヘルスに至るまでさまざまな分野で世界協力のためのプラットフォームとして機能しているのと同じである。
国連が取り組むべき課題としては、以下があげられる。
• 関連する人権と保護の実務に即した、国連データの保護と安全保障を目的とした国連組織全体を視野に入れた政策枠組みの策定
• ICT開発の目標および進捗モニタリング枠組みにおける目標として、ICT目標をポスト2015年開発アジェンダに盛り込む
• 国連全体でのクラウドベースのデータ検証システムの開発についての検討
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この記事は、2013年10月16日水曜日にガーディアン・プロフェッショナルで発表したものを
許可を得て掲載しています。
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