都市のコケ植物多様性

コケ植物(蘚苔類)を研究しているというと、「なぜ、コケ植物を研究しているのですか?」と聞かれることが少なくない。このような疑問が湧くのは、多くの人にとって、コケ植物は役に立たないものと思われているためであろう。しかし実際は、コケ植物は生態系の中で重要な役割を果たしており、環境指標生物としての有用性も高く評価されている。

多くの陸上維管束植物の資源利用様式と異なり、コケ植物は体表全体で物質交換を行うため、外部環境の変化に極めて敏感に反応することが知られている。この高い環境指標性から、コケ植物は生態系の構成要素の中でも環境変動の影響を真っ先に受ける分類群の一つとされている。そのため、コケ植物の環境応答や生態系における役割を明らかにしていくことは、人間活動や地球的な環境変動が生態系に与える影響を予測・評価する上で極めて重要である。また、コケ植物の多様性を他の生物群の多様性と比較することによって、個々の生物群からの考察では得られなかった健全な生態系を維持・管理するための重要な知見を得ることもできる。

都市のコケ植物研究

近年、人間活動等の影響が大きい都市域をはじめとしてコケ植物の環境応答や多様性保全に関する研究が注目されている。都市域のコケ植物に関する一連の研究結果からは、コケ植物の生育分布には緑地の面積や管理手法、土地の履歴、微環境多様性等が強く影響することが報告されている。興味深いことに、今回の研究から、様々なタイプの都市緑地の中で、特に日本庭園でコケ植物多様性が高く維持されていることも明らかになった。

日本庭園のコケ植物多様性

それでは、なぜ、日本庭園では高いコケ植物多様性が維持されているのだろうか?これには、庭園のデザインと管理手法が関連していると考えられる。日本庭園のデザインの一つとして、小山や池、滝などを造って、自然の風景の縮小版を作りだす技法(縮景)がある。コケ植物は環境の影響を非常に受けやすいため、日本庭園の変化に富んだ環境はコケ植物の生育環境の多様化につながっていると考えられる。

次に、管理手法に目を向けると、日本庭園では、除草や落ち葉掃除などのきめ細やかな管理が行われ、庭園の植物を保護するために来訪者の立ち入り制限区域も多く設けられている。コケ植物は植物体が小さいため、草本や落ち葉による被覆による日照不足や、踏みつけに対して極めて脆弱である。これらのコケ植物の生態を考えると、庭園の管理手法は、コケ植物多様性の保全にとって適したものだと推察される。

以上の結果から、都市のコケ植物多様性が急速に失われている中で、日本庭園は都市のコケ植物の避難地(レフュージア)になっていると考えられる。この成果は、伝統文化と生物多様性との関連性を考える上で興味深い事例の一つであるとともに、日本庭園を活かした実用的なコケ植物多様性保全計画の提案にもつながると期待される。

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都市のコケ植物多様性 by 大石 善隆 is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

大石善隆氏は信州大学の教員で、主にコケ植物に着目して生物多様性や生態系の保全に関する研究を行っている。コケ植物多様性の保全研究により、博士号(農学)を京都大学にて取得した。「コケ植物だからこそわかることは何か?」という想いのもと、独創的な研究を展開しており、これまでに複数の学会賞を受賞している。