「世界リスク報告2011」に学ぶ教訓

3月11日に日本を襲った悲惨な「三重苦の災害」は、沿岸地域に壊滅的被害を及ぼし、2万人以上の死亡者や行方不明者を生んだ。その日から6カ月目を迎えた先日、ブリュッセルで『世界リスク報告2011(WorldRiskReport 2011)』の英語版が発表された。日本が復興への長い道のりを歩み続ける中、同報告書から得られる教訓や政策に関する洞察をじっくりと検討するのは時宜を得たことだ。

地理的多様性、様々な自然環境と極端な天候条件、さらに新たな市場の存在や急増する人口を特徴とするアジアは、自然現象や災害にさらされる「ホットスポット」である。インドネシアやパプアニューギニアといった国々は、特にリスクが高く、極めて脆弱であることが明らかになった。

しかし、今年3月11日に日本で起きた3重の災害(特に福島の原子力事故)が示したように、災害に対する国の脆弱性は、工業諸国の「人工的なイノベーション」によるリスクと合体し(そして一体化して)、自然災害以上の被害をもたらす可能性がある。

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国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS) と共同で、アライアンス・デベロプメント・ワークス が制作した『世界リスク報告2011』(WRR)は、6月にドイツ語版、9月に英語版が発表され、災害管理者と政策立案者の双方にとって非常に有益な情報を提供している。WRRは、災害リスクと自然災害の可能性 と社会的脆弱性の相関関係を検証するために比較指数を用いている。事例研究と災害による犠牲者数の量的分析に基づき、WRRは幾つかの指標に焦点を絞り、「なぜある国は他の国と比べて自然災害によりよい対処ができるのはなぜか?」という疑問に答えを見いだそうとしている。

WRRによると、リスクとは「自然災害と、その影響下にある社会の脆弱性の相互作用」である。この定義が示唆するのは、災害は気象的あるいは地質的現象のみに起因するのではなく、社会の構造や脆弱性やプロセスによっても決定づけられるということだ。

災害の予防、脆弱なグループの保護、リスク管理という点に焦点を絞ることで、『世界リスク報告2011』は文献や理論でよく見る災害の「短期的な」とらえ方とは一線を画している。したがって災害の理解と対処法に対する「発展的アプローチ」を支持している。

世界リスク指標(WRI)はWRRの中心的要素であり、国または地域が災害や危機に見舞われる可能性を表す。次の4つの中心要素を元に、総計173カ国がランクづけされた。

ⅰ. 自然災害にさらされる可能性

ⅱ. 被害の受けやすさ/被害を受ける可能性

ⅲ. 対処能力、すなわち極端な現象による悪影響に社会が効率よく対処する機能としての能力

ⅳ. 適応能力、すなわち極端な現象と共生するために社会が変化する能力

同報告書は、「対処」と「適応」を区別することが重要であると強調している。対処とは、極端な現象や災害に対する緊急行動として位置づけられている。一方、適応は、社会が変化する環境条件と共生するために、生活、教育、労働市場における変化と関連した長期的な戦略において重要視される。

したがって日本のような工業国は、通常、リスクに対して高い適応力がある。例えば3月11日の地震と津波がフィリピンやインドネシアで起こったとしたら、より多くの犠牲者を出した可能性が高い。2011年の東日本大震災と2010年のハイチ地震という特定の例を挙げて比較すれば、対処と適応における両国の違いは明らかである。

日本は災害対策の総合的なレベルが高いにもかかわらず、自然災害の可能性を示す指標では、アジアのランキングでフィリピンに次いで2位となった。世界全体では、173カ国中35位という結果だ。

日本は自然災害や気候変動の影響を最も受けやすい国の1つ(地震や津波、台風、さらに海面レベルの上昇などの影響を受けやすい)であるだけではない。3月11日の災害は、「連鎖的」脅威に対する日本の弱さを考えさせられる出来事だった。

「連鎖的脅威あるいは効果」とは、危機の「雪だるま式効果」とも言えるコンセプトで、危機の影響が蓄積することで災害を引き起こすことがある。例えば、被災した福島第1原子力発電所から放出される放射能の汚染に起因して今でも続く「連鎖的な損害」のように、最初の災害が次々と二次的災害を引き起こすことだ。

主要なインフラと災害:福島から学ぶ教訓?

WRRは現在、自然災害と気候変動と社会的脆弱性の接点や適応策に焦点を絞っている。その視点は、「人が作り出した」災害と脆弱性の関係や、災害リスクの低減策を強化する重要性について考えるきっかけを与えてくれる。一般的に言って、非常に中央集権化された主要なインフラのシステム(例えば電力網など)は、地方分権化されたシステムに比べ、より大きな連鎖的効果を引き起こし、複数の地域やセクターに被害を与える可能性が高い。しかし難しいのは、その影響を正確に把握し、適した指標を開発することである。

こうした分野では、多くの調査や研究が今後行われる必要がある。この種のリスクを地球規模で把握する適切な指標を考案するのは難しい。なぜなら多くの連鎖的効果は、特定の地域的条件に大きく左右されるからだ。

再生可能エネルギーと災害

3月の災害の結果として、4月と5月に東京で停電が起きると、日本の中央集権化されたエネルギーシステムと原子力エネルギーへの高い依存性にも注目が集まった。

8月に国会で成立した日本の新しい再生可能エネルギー促進法 は、再生可能エネルギーの生産拡大を目指したものだ。しかし、再生可能エネルギーに関する政策が災害リスクと潜在的な連鎖的効果に与える影響を評価するのは難しい。さらに、再生可能エネルギー戦略の環境的なメリットは確かにあるが、新たな、または既存のリスクをさらに高めたり、強化したりしかねない戦略もある。例えば、バイオ燃料用の作物と食料安全保障の関連性は広く記録されている(食料用の作物からバイオ燃料用の作物に転作されることで、食料安全保障が損なわれる)。しかし一般的に、再生可能エネルギーに関連するリスクは、原子力エネルギーのリスクよりも長期的な影響は少ない。

災害、ガバナンス、市民社会

自然現象が災害になるかどうかは、社会的影響の受けやすさや、社会の対処能力、適応能力に決定的に左右される。対処能力における重要な要因はガバナンスだ。

危機的な状況において、豊富でオープンな情報を提供することは、災害の二次的被害を少なくする可能性があり、一方、閉鎖的なコミュニケーションは二次的および連鎖的影響を拡大する可能性がある。

こうした要因は、危機や有害事象が起こった時に被災者を救援する政府の能力に影響を与える。ガバナンスの失策がいかに危機的状況を悪化させるかという一例は、ソマリアでの干ばつによる災害の調査結果が示している。

現在のところ、社会的ネットワークの役割に関する情報が少ない。そのため、社会的ネットワークは重要な役割を担っているものの、世界リスク指標に取り入れるのは難しい。アジアは人口が多く、経済や社会は多様であるため、アジアにおける社会的指標の計測は特に困難である。中国とインドの人口は急増中だが、それとは対照的に日本は、人口の高齢化により、社会的ネットワークの絶え間ない変化にさらされている。

弱いガバナンスは対処能力を損なう可能性があるため、脆弱性を評価する際にはこうした社会的要因やガバナンスの要因を考慮に入れるべきである。

農村地域の脆弱性

WRRは諸国間での比較に焦点を置いているため、1つの国や地域での農村地域と都市部のの違いは分析していない。災害時に大都市から避難することは特に困難であるが、農村地域は別の意味で脆弱である。

日本は世界に先駆けて非常に高度な津波予報システムを採用した。しかし、3月の津波の強度、速度、緊急性は、あらゆる予測を超えたものだった。多くの人々は単純に、高い場所まで逃げ切ることができなかったのだ。

3月の災害から学ぶのなら、水平方向に避難する現在の戦略に加えて、垂直方向に避難するシステムの有効性を検討するのは有益かもしれない。そのような検討は、被災地の復興や都市計画に影響を与えるだろう。例えば沿岸に近い町(津波が届く範囲にある町)は、人口の多い地域に避難場所として強固で高い建造物を建てることを検討したらどうか。しかしそのような建造物は24時間いつでも簡単にアクセスできるものでなくてはならない。

さらに、高度の低い沿岸地域に住宅を再建するかどうかを決定する前に、慎重な検討を重ねるべきだ。漁船は沿岸になければならないが、今後津波が来た時に備えて、沿岸から十分に離れた安全な場所に住居を移転する方がいいかもしれない。

農村地域での適応戦略には、伝統的知識も役立つかもしれない。例えば、姉吉(岩手県) には600年以上も前から石碑が沿岸近くに設置されており、標識と伝統的な津波警報システムとして機能している。つまり、住宅をどの辺りに、どのように建てるべきか、そして自然災害が襲ってきた時にどう行動すべきかを、その石碑が教えてくれるのだ。

このように地域のコミュニティーと、地方分権的ガバナンスの構造と、全国的な調査ではなく地方単位での評価に焦点を絞れば、リスクをより量的に評価することが可能になる。しかし、伝統的知識の妥当性は慎重に検討しなければならず、世界的なデータベースが欠如しているため、世界リスク指標に伝統的知識を取り入れるのは困難だ。

『世界リスク報告2011』は、世界中でリスクにさらされている国々の様々な脆弱性について、洞察に満ちた総合的概観を描き出している。インドネシアのような発展途上諸国のリスクの局所的または地域的指標の評価によって、事例に基づいた詳細な結果が導かれている。工業化された地域や国に関しても同じように詳細な研究を行えば、災害の連鎖的効果を考慮に入れた新たなリスク指標の開発に役立つかもしれない。そのような研究の結果は 、WRRの新版で「学んだ教訓」という1章になるかもしれない。

日本のような先進諸国と発展途上諸国の双方の災害管理者や実務者、(そして特に)政策立案者にとってWRRとWRIは、災害リスクの複雑性や、災害前に対処能力と適応能力の強化に着手する必要性を伝える有益な手段となるかもしれない。同様に、実際の体験を研究し、日本からの教訓を学ぶことは、災害の連鎖的影響だけでなく、人間が作った、あるいは強化したリスクと社会的脆弱性の接点も捉える新たな指標の開発に役立つかもしれない。

日本で3月に起きた壊滅的災害から6カ月が経過し、さらに長い復興への道のりを前にした今、そのような研究は行われてしかるべきだ。

翻訳:髙﨑文子

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「世界リスク報告2011」に学ぶ教訓 by ヘザー・ チャイ and ヨルン ビルクマン is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

ヘザー・チャイは国際連合大学のウェブサイト編集チームのライター兼編集者である。彼女はラオスで外交官を務めた経歴を持つ 。シドニー工科大学で国際関係学の修士号を修得し、ディーキン大学で国際開発学の大学院短期過程 を修了した。

ヨルン・ビルクマン博士は、ドルトムント大学で空間設計学の博士号を修得し、ボン大学地理学科 で地理学(大学教員資格)の後期博士課程を修了した。脆弱性、持続可能な開発、環境評価といった分野で広い見識があり、社会経済的傾向と環境劣化の評価方法の開発を専門としている。彼は現在、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の『気候変動への適応促進のための極端現象と災害管理に関する特別報告書』 で筆頭執筆者を務めるほか、インドネシアとベトナムの沿岸地域および洪水多発地域の脆弱性評価にも携わっている。