「誰も取り残さない」社会的対話の試み —日本のコミュニティでLGBTを取り巻く課題をSDGsから考えるー

2017年10月に訪日したアミーナ・J・モハメッド国連副事務総長は、持続可能な開発目標(SDGs)の達成を推進するためには「あらゆる国でローカルレベルでの社会的対話が必要だ」と述べた。この言葉はSDGsの特徴である17の目標の相互関連性、誰も取り残さないという包摂性、そしてSDGsは誰のためか、ということを端的に捉えている。

SDGsが、途上国のための目標であったMDGsと大きく異なる点は、この目標を採択した193カ国のうち、先進国にも自国内での各目標達成を2030年に向けて求めている点である。いわばSDGsのもとではこれらの国すべてが「持続可能な開発途上国」なのだ。

採択から2年余りが経過し、目標達成に向けて具体的な議論が様々なセクターで始まっている。そして日本においても、自治体がSDGsの達成を推進するうえで重要な役割を担うことは、日本政府が2016 年12月に打ち出したSDGs実施指針にもうたわれている。

国連大学が石川県および金沢市と共同で設立した「いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット」(UNU-IAS OUIK)は同県の生物多様性、里山里海の保全を目的として、国連プロセスに対し地域の実践から直接働きかけを行なっているユニークな組織である。また2015年9月にSDGsが採択されて以降、UNU-IAS OUIKは地方に所在する国連機関の役割として、SDGsの概念や関連する動きを石川県で紹介するとともに、地域の様々な主体と連携を開始している。そして2017年11月には、SDGsを地域で推進するための社会的対話の試みとして、「第1回『LGBTと教育フォーラム』 〜 SDGs 「誰も置き去りにしない」 から考える、地域コミュニティにできること〜」を開催した。

目標が17項目ある中で、しかもSDGsには明示的に言及のないLGBTを議題に選んだのは、地域の意欲的なパートナー団体に恵まれたことに加えて 、日本の地方にとって一番チャレンジングな題材の一つであったからだ。つまりSDGsの「誰も取り残さない」という包摂性は 、大都市圏ではない、比較的保守的な北陸地方においてどの程度受け入れられるのか、あえて万人が賛成する議題ではないものを選ぶことで、現状を見定める試金石となると考えたからだ。

フォーラムでは、LGBTの子ども達の半数以上が小学校入学前から性別違和を自覚しており、学校ではいじめや暴力の対象になりやすいことが紹介され、教育現場におけるLGBTの子ども達への配慮、LGBTに関する教育、先生のための研修、 保護者からの理解が必要不可欠であることが、現役の教師らから指摘された。また北陸は全国平均と比較してもLGBTに対して不寛容であることが意識調査の数値にも表れている。当事者がカミングアウトしにくい環境で、どのように性の多様性や性的マイノリティに対する差別をなくすことを啓発していくかが、課題として挙げられた。その一方で、自らの体験をウェブサイトやYouTubeで、広く楽しく発信する北陸出身の若い登壇者らの取り組みでは、 アップした動画が数日で50万回再生されるなど、 LGBTに関する社会的な関心の高まりを示す事象としても注目された。

フォーラムにはLGBT当事者だけでなく、地元教育関係者や企業関係者も多く参加し、 アンケートからは「自分の学校でも勉強会を開催したい」「企業経営の参考としたい」「ビジネスチャンスと捉えている」など前向きなコメントが目立った。またメディアの関心も非常に高いものだった。

フォーラムの参加者は潜在的関心の高いグループであり、彼らの反応のみをもって地域全体が変わりつつあるとするのは早計である。しかし地域の教育現場では、性的多様性に対する理解へのニーズが認識され、 社会的関心も高まってきたのは確実と言える。これらのニーズは、まだしっかりとは可視化されておらず、精査を経て地域で共有されることが重要だ。そして自治体への政策提言や制度構築につなげていくことが 肝要である。今後も地域でLGBTに関する対話を重ねていくことで、相互理解の促進や制度構築につなげ、さらにはSDGsの達成目標年である2030年には性の多様性をめぐってどのような地域になっていたいか、 共通目標を数値やビジョンで共有することができれば先進的なモデルとなる。国際目標であるSDGsを対話のプラットフォームとして利用することで、この動きを確実に後押しすることができるのではないだろうか。

最後に、フォーラムでの質疑応答での質問を紹介したい。地域で1、2を争う進学校でグローバル教育を担当する高校の先生によるものだ。

「私たちの地域でLGBT教育を行うことが、SDGsというグローバルな課題解決へどう貢献するのか、生徒にどのように説明すればよいでしょうか」

LGBTの人たちがありのままで生きやすい地域は、多様性を許容する地域である。「多様な住民が生きやすい地域をつくること」はグローバルな価値の創出ではないだろうか。地域での社会的対話こそが、その始まりなのだ。そしてSDGsはその共通言語となるだろう。

著者

国連大学サステイナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(OUIK)事務局長。JICAモンゴル事務所企画調査員、国連大学グローバル環境情報センター(GEIC)でコミュニティの適応策研究、JICA-JST水分野の気 候変動適応策立案・実施支援システム構築プロジェクトコーディネーター(タイ)など一貫して、環境分野での国際協力業務に従事。2014年より国連大学サステナイビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティングユニットにて研究と政策の統合を軸に事務局長として全体のマネージメントに携わる。