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災害多発地域のリスクマネジメント戦略は、事前対策および事後対応戦略、またリスクを制御するための構造的な施策に大きく依存しがちである。こうした状況は、大災害の直後により顕著となる。災害後の分析では往々にして、事前の早期警戒や避難に対する過信、とくに物理的インフラへの妄信が表面化する一方で、脆弱性の回避と削減にはわずかな注意しか向けられていないことが明らかとなる。
米国のホワイトハウスによる「The Federal Response to Hurricane Katrina: Lessons Learned(ハリケーン・カトリーナに対する連邦政府の対応:得られた教訓)」をはじめ、さまざまな政府機関が作成した報告書のタイトルは、そうした研究の目的をよく表している。これらの報告書の後に続くのは、多くの場合、最新のテクノロジーを使い、より費用をかけたインフラの開発、ならびに、広報活動や「次は大丈夫であろう」と請け合う当局の言葉である。
しかしこのような状況においては、物理的インフラだけでは安全性の問題を完全に解消することはできない。このことを明白に裏付ける2つの事例が近年発生している。1つは、日本の東北地方の海辺の町で過去の津波の後に建造された防潮堤や防波堤が、2011年の東日本大震災とそれにともなう津波によってひどい損傷を受け、さらには破壊された事例である。もう1つは、ニューオーリンズの堤防と防水壁のシステムが、2005年のハリケーン・カトリーナに起因する洪水を軽減できなかったという事例である。
物理的かつ構造的なやり方が公共政策の中心を占め、一般の認識に浸透する一方で、被害緩和に関する伝統的な知識や施策が衰退している。科学的情報への依存が進むとともに、ローカル・ナレッジや住民参加が軽視されつつある。その結果、現地の環境情報に基づく土地利用とリスク削減に向けた一般市民のエンパワーメントにつながり得る、参加型プロセスによる市民の関与には、ほとんど関心が向けられなくなっている。
科学的情報への依存が進むとともに、ローカル・ナレッジが軽視されつつあるため、将来の災害に耐えるインフラの技術への過信が生まれている。
こうした状況がギャップを生み、将来の災害に耐える新たなインフラの技術を過信する考えにつながっている。過去に同様の事象が発生していても、その経験から得られたローカル・ナレッジが土地利用計画にうまく組み込まれていない。また、技術的情報が豊富にあっても、土地利用計画プロセスへの参加における社会的均衡が欠如しているせいで、高リスク地域の開発が阻止されることはない。さらには、たとえ参加が行われていても、原子力発電所の立地など最も重要な決定に関しては、地元住民の参加がほとんど、あるいは全くない場合もある。
ローカル・ナレッジとリスク
その土地にふさわしいソリューションを見出すためには、こうしたギャップを埋めることが不可欠である。例えば、1995年に神戸で発生した阪神大震災後の復興の初期段階では、復興プロセスにおける市民の関与が組み込まれておらず、批判を招いた。これを受けて、地方自治体は市民参加プロセスを立ち上げ、専門家には思いつかなかった画期的なソリューションが生まれた。
コミュニティの生活(そして時に存在そのもの)の基盤となるローカル・ナレッジは、何世代にもわたって蓄積され、精緻化され、伝達される。ここで言うローカル・ナレッジとは、何世代にもわたって受け継がれてきた、地域環境の観察を通じて生まれる個々の交流により適応プロセスの上に築き上げられた、情報、技術、慣行、信念の集合体を意味する。
社会の中で構築されたこれら知識は、環境プロセスを理解することによって精緻化され、大災害を経験した末に得られる、 有形ないしは無形遺産における歴史的出来事として、口伝される。コミュニティは長きにわたり、天災に起因するさまざまな規模の災害の影響に対処してきたが、頻発する(そしてあまり深刻でない)事象だけがコミュニティに根深い影響を与え、強い印象を残しているように見受けられる。これは主に、個人の記憶も集団の記憶も、収集した情報を選択・修正する傾向があるためである。
リスクガバナンス
リスクガバナンスは、リスクマネジメントよりも幅広い枠組みのもとで、リスクの社会的側面、とくに意思決定に関わる社会的・政治的プロセスを検証する。リスクガバナンスにより、リスクシナリオの作成および社会と変わりゆく環境との相互作用に関与する人間システムの主体、プロセス、相互作用の包括的な理解を深めることができる。リスクガバナンスは、リスクマネジメントの技術的側面の枠を越え、法的・制度的側面を包含し、災害前後の計画・管理段階にステークホルダーを関与させる。
土地利用計画への参加が促進されれば、リスクに直接さらされる現地コミュニティのエンパワーメントと、意思決定プロセスへのローカル・ナレッジの組み込みにより、リスクガバナンスを改善することができる。
リスク特定における一般市民の関与は、リスク計画やリスク削減などのリスクガバナンスプロセス全体を通じて継続性を持つ。土地利用計画への市民参加が促進されれば、リスクに直接さらされる現地コミュニティのエンパワーメントと、意思決定プロセスへのローカル・ナレッジの組み込みにより、リスクガバナンスを強化することができる。リスクガバナンスシステムは、透明性、説明責任、市民参加なくしては、または汚職が蔓延している環境下では、災害リスク低減という主要目的の達成に向けて適切に機能しない可能性がある。コミュニティや社会における強く一貫した社会的絆は、災害前には見られないような自己組織を災害直後に生み出すため、対応・復旧段階で大きな効果をもたらす。
東北の三重災害から得られた教訓
2011年3月11日に東北地方で発生した大地震、そしてそれに伴う津波と原発事故は、日本史上最大規模の自然災害となった。この災害からの復興の歩みは、1995年の阪神大震災などと比べてかなり遅い。その原因は、原発危機だけでなく、500kmを超える海岸線と多くの遠隔地を含む被災地の広さと場所にもある。多くの町で過疎化が進み、経済規模も比較的小さいこの地域にとって、復興の経済的コストは莫大である。これに加えて、日本全体が経済的・政治的危機のさなかにあることから、復興は日本の当局や一般市民にとって優先事項であるにもかかわらず、非常に大きな課題となっている。
私たちは、土地利用に関する主な市民参加のギャップを3つ特定した。もし取り組みがなされればリスクガバナンスの改善につながるであろう。
変換の過程で失われるローカル・ナレッジ
過去のデータとローカル・ナレッジを収集し、とくにリスク分析、災害管理、復興に関する意思決定に組み込む必要がある。集団の記憶は、写真、郷土史資料、個人の日記、災害資料館という形で、または過去の津波災害を受けて現地に建てられた多くの石碑(犠牲者にささげられたものや、共同墓地として建てられたもの)という形で残されている。石碑は、過去の出来事についての知識を何世代にもわたって伝承し、集団の経験は、コミュニティが土地利用計画を通じてリスクにより適切に対処するために役立つ可能性がある。
例えば、岩手県重茂半島の姉吉地区には、海抜約60メートル、海岸線から内陸500メートルの所に、1933年の昭和三陸津波の後で建てられた石碑がある。この石碑は、この地点より下に家を建てないよう警告している。この情報は何世代にもわたって伝えられ、土地利用の決定に影響を与えてきた。その結果、2011年3月11日の津波では、重茂半島で史上まれに見る38.9メートルの津波が記録されたにもかかわらず、1人も犠牲者が出なかった。
しかし姉吉地区の歴史は、学習と忘却、そして新たな学習というよく見られるサイクルを示す事例でもある。なぜなら、石碑建立のきっかけとなった1933年の津波の後で村は高台に移転したが、以前にも同様の出来事があったのだ。1896年に明治三陸大津波が発生し、この村の生存者はわずか2人だけだった。しかしその後、姉吉地区に再び人が住み着き、数年後には海岸沿いに戻った。その結果、1933年の津波で、生存者わずか4人という壊滅的な被害を再び受けることとなった。
過去の記憶は文化の重要な構成要素であり、土地の概念と意識の構築において重要な役割を果たす。災害記念碑やリスク緩和インフラなどの新たな資産もそのままローカル・ナレッジとなり、その土地の構成要素として受け入れられるが、世代が変わって記憶が薄れるにつれて、短期的な利益や優先事項がコミュニティの利益よりも重視されるようになる。過去のデータやローカル・ナレッジを正式な慣行に変換する方法を見つけることによって、この重要な情報をより適切に保持して、脆弱性を削減することができる。
土地利用計画の決定における科学的情報の軽視
ハザードマップは、過去の事象と津波浸水区域のモデルシナリオに関する空間情報を表示した現代の石碑である。ハザードマップには、過去の津波到着ラインと避難経路の標識が書き込まれている。しかしこのような情報は、土地利用計画の策定においても、その実施においても、有効に使用されてはいない。
科学的知識は、リスク分析やリスク計画においては合理的に利用されているようだが、空間計画においては見過ごされることもあり、東北地方では政治的決定に影響を及ぼしたとは思われない。予想を超える大きさの津波が発生することを示す証拠は、福島原子力発電所の安全保護措置が策定された際に考慮されなかった。869年の貞観三陸津波は、「外れ値とみなされるためハザードモデルやハザードマップに含まれなかった」。これが津波リスクの過小評価につながった。科学的情報が一般市民に広く公開され、計画策定プロセスにおいて一般市民に発言権が与えられていたなら、科学的データの意味と価値は少数の専門家や意思決定者だけのものではなくなり、土地利用計画はおそらく違ったものになっていただろう。
リスクに関する重要決定における透明性、市民参加、公平な代表の欠如
日本は、市民参加に関してアジアで最も進歩的な法律を有している。しかし、多くのプロセスで参加が認められているものの、原子力発電所の立地など、重要な決定のいくつかは例外である。
さらに、政策決定プロセスにおける透明性の欠如は、災害前だけでなく、災害後にも生じている。民間企業、および民間セクターと緊密なつながりを持つ国家政府による伝達ミスや誤報が次々と明らかになり、安全規制当局や原子力産業に対する一般市民の不信が高まった。
技術専門家に加えて、政治的敵対勢力、市民社会団体、一般市民が関与することで、決定の正当性が増し、情報プロセスの信ぴょう性が高まり、ひいては意思決定者に対する信頼も深まる。
しかし原子力に関しては、日本だけでなく世界中で「public depolicisation(市民の非政治家)」なる動きが見られ、「関係産業や政府当局からは、市民参加は一般的に不必要かつ実現不可能なもの、さらには望ましくないものだとすら考えられている」。それでも2011年以降、日本では原子力に関して一連の変化が生じており、原子力規制委員会が設立され、地方自治体と市民との協議が増加した。
より良い社会を目指す復興
災害が旧知の問題に新たな教訓をもたらすにつれて、リスクガバナンスは絶えず変化する。リスクに対処するための土地利用計画において、技術的なアプローチが依然として政策決定の主流となっている。そのため事前対策や、自然を基盤としたソリューション、社会政治的プロセスへの組み込み、また参加型プロセスを通し、史実やローカル・ナレッジをリスクマネジメント慣行に組み込むといったことが妨げられる。継続的な市民参加メカニズムの構築は、コミュニティの記憶をよみがえらせ、意識を高め、都市や地域の土地利用計画に影響を与えるうえで役立つ。
市民と意思決定者の両方のリスク認識を高めるプログラムは必要不可欠であり、日本はこの面で、おそらくほかのどの国よりも大きな進歩を遂げている。しかし、知識をさまざまな分野に伝達し、実行に移すのに、この程度の進歩ではまだ足りない。設計・実施プロセスにおける情報伝達の失敗により、予防対策・事後対応への信頼が損なわれている。また、災害リスクのさまざまな側面がきちんと伝達されなかったために、意思決定者への不信が続き、市民の参加意欲の低下や当局に対するあからさまな敵意を招いている。
計画策定プロセスへの参加は、リスクガバナンスを改善するための強力な手段である。自然保護や土地利用の規制に貢献するだけでなく、緩和計画を適切に促進することができる。より良い社会を目指す災害復興は、広範囲に及ぶ議論と協議の一連の過程であり、これを単なる理論にとどめず、実行に移すことが望まれる。市民参加を通じてリスクガバナンスを改善して先述した3つのギャップを解消し、1992年の「環境と開発に関するリオ宣言」の中で定められた、情報へのアクセスと市民参加に関する以下の第10原則を実現することが不可欠である。
「環境問題は、それぞれのレベルにおいて関心のある全ての市民が参加することで、最大限に対応できる。国内レベルでは、有害な物質の情報や地域における活動を含め、公共機関が保有する環境関連情報を各個人が入手したり、意志決定過程に参加する機会を有しなくてはならない。各国は、情報を広く行き渡らせることにより、国民への啓発と参加の促進をするべきである。そして賠償、救済を含む司法及び行政手続きへの事実上のアクセスが与えられるべきであろう」
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この記事は、『Land Use Policy』(エルゼビア社)に掲載された学術論文「Lost in Participation: How Local Knowledge Was Overlooked in Land Use Planning and Risk Governance in Tōhoku, Japan(失われた参加:東北地方の土地利用計画とリスクガバナンスにおいて見落とされたローカル・ナレッジ)」に基づいている。記事の全文は、ScienceDirect(サイエンスダイレクト)のウェブサイト で、 無料で一時的に閲覧できる。