人類の5分の1にあたる13億人以上の主に開発途上国の人々が、熱帯海域に隣接する沿岸地域社会で暮らしている。これらの水域は幅広い豊かな生態系を育んでいるが、その生態系はさまざまに異なる伝統、信仰、技能、統治形式をもつ社会による、同様に広範な人為的影響にさらされている。これらの地域社会の多くは、沿岸生態系に大きく依存して食料と生計手段を確保している。
今、これらの生態系が地域社会の必要とする非常に重要な資源とサービスを継続して供給できるかどうか、先が見えない状況になっている。沿岸海域を苦しめる問題としては、魚の乱獲や汚染といった地域的なストレス要因だけでなく、現在では二酸化炭素をはじめとしたわれわれの温室効果ガス排出に直接関係する温暖化、海洋酸性化、壊滅的な天候事象も加わった。急速な成長をとげつつある沿岸地域社会では海洋から得られる資源とサービスの需要がますます増える一方で、現在から2050年までの間の気候変動およびそれに関連する影響は、熱帯海域へのストレスを悪化させていくだろう。
持続可能な形で管理された沿岸海域には明らかな利点があるにもかかわらず、沿岸管理改善の広範囲にわたる目標の実現は、細分化されたうえに断続的で成功しないアプローチと実践のほか、多くの場所では管理の構造変革を伴わない単純で技術的な「解決策」を信じることで、妨げられたままになっている。今後、これまでと同じタイプの介入と短期的な開発支援を推し進めても、直ちに成功するという結果は得られないだろう。
沿岸水産養殖の継続的成長によって、沿岸生態系の管理改善に対する圧力は減ったようにみえるかもしれないが、水産養殖から利益を得ているのはそうした沿岸地域の人々ではない(また、広範な個人に利益が行き渡っているわけでもない)。そのため、食料安全保障はいまだ緊急課題のままである。現在、多くの水産養殖事業が自然の生息地と生態学的プロセスを悪化させていることから、沿岸の地域社会および経済は、漁業生産高、海岸線の安定化、危険緩和、汚染濾過の喪失に伴うリスクにさらされている。沿岸人口の急増、海産物の国際取引の増加、気候変動によって、現在の管理アプローチの効果がますます低下することは確実になってきている。
東南アジアにある漁業村 Photo: © Yvonne Sadovy de Mitcheson.
前進するための新たな方法
世界的な努力によって温室効果ガス排出の影響が減少し、社会経済的地位の向上によって人口増加には歯止めがかかるかもしれないが、2050年に熱帯の国々が持続可能な沿岸生態系に隣接しているか、大幅に劣化した生態系に隣接しているかは、地域管理の効果によって決まることになるだろう。これは、同僚との共同により、 Marine Pollution Bulletin(海洋汚染紀要)で発表した私たちの最近の研究での結論である。
一部に例外的な地域があるものの、ほとんどの場合、開発、生息環境悪化、汚染、水産資源の乱獲に対する現在の管理は非常に不適切なものである。そしてこの管理が改善されなければ、以下のことが現実のものになると確信している。
- ほとんどの沿岸漁業は慢性的な乱獲状態になる
- 岩礁の生息環境が失われて、漁業生産能力が低下し、食料安全保障はさらに緊迫する
- 陸上由来の汚染が増加して、低酸素状態および有害藻類の発生が日常的に起こるようになる
- 沿岸開発の圧力が海面上昇やより激しい暴風と組み合わさることで、自然海岸線への侵入と浸食がさらに進み、マングローブ、塩性湿地、海草生息環境が著しく減少する
- これらの影響に対処する費用が沿岸経済にとってさらに大きな負担となり、熱帯沿岸に暮らす人々が迎える2050年という将来の状況は、現在よりもはるかに暗澹たるものになると思われる
管理(沿岸開発、生息環境、水質、生物多様性、または漁業の管理)には、人間活動を変え、影響を減らすための地域集中型の介入が必須であり、そのすべてが、生態学的に適切な空間規模全体にわたって調整されなければならない。
フィジーにて、漁師と舟 Photo: © Yvonne Sadovy de Mitcheson.
これまでの管理の取り組みの大部分は、資源採取禁止区域(no-take marine reserves)およびその他の海洋保護区(MPA)の利用を中心としていた。適切な場所と規模を備えたMPAは、多魚種漁業の持続に役立つとともに、漁業による生態系への影響が大きな問題となる場所ではそのような影響をより広い範囲で減らすことができるものの、汚染、不適切な沿岸開発、その他の多くの問題に対処するには、MPAは効果的なツールといえない。さらに、一部のMPAは生物多様性の減少を食い止め、魚類個体群を維持し、生息環境を物理的に手つかずの状態に保つ点で効果を発揮することが証明されているが、世界中のMPAのほとんどは、その利用を管理運営する規制の適用失敗と規制遵守の不足によって、期待されたほどの効果をあげていない。
MPAは、おそらくこれまでに最も広く実施された空間管理対策であり、MPAまたはMPAネットワークの設計とゾーニングにおける経験は、沿岸海域の利用が増大するにつれて必要となる、広範囲にわたる空間ガバナンスの発展に大きな推進力をもたらす可能性がある。ただし、より広い範囲にわたる人間の影響に対応できる一方で、適切な利用を促進するようなより幅広く体系的な空間計画と海洋ゾーニングにMPAを組み込まない限り、ただ単にMPAの指定を増やすだけでは、より効果的な管理に必要な政策転換は実現しないだろう。MPAの地域規模の確立と、海洋生物多様性の保護を目指す国家または国際規模の政策および協定との間に不一致があり、これに行政機関の視野が狭いという自然な傾向が組み合わされば、取り組みは断片的なものになる。
統合沿岸管理(ICM)は、現在では生態系に基づく管理(EBM)の一部に組み込まれているもので、沿岸生態系のシームレスで分野横断的な地域規模の保護管理に必要なことを調整する、状況に即した一連の設計原理である。しかし、ICMはすでに20年以上にわたって議論されてきたものであるにもかかわらず効果的な実施の例はほとんどなく、その理由の一端としては管理機関および行政区の間で効果的な意思の疎通が欠けていたことがあげられる。
同様に、管理は生態学的に適正な規模で(64の大規模海洋生態系(LME)を確認する枠組みを通すことも含めて)行うべきであるという認識がますます高まるなか、大規模での管理の取り組みにおいては、成功において必須であり非常に重要な意味を持つ地元地域社会と利害関係者による賛同(積極的な支援)を得ることを、怠る場合が多い。
必要であると思われるのは、地域規模で沿岸水域を管理する試みにはつきものの、機関、利害関係者、目標の多彩さが存在したとしても、管理に対してマルチスケールの視点と強力な総合的アプローチを実行できる技術的にシンプルな一連の手順である。私たちは、異なる活動に沿岸水域を割り当てる枠組みとして海洋空間計画(MSP)およびゾーニングの利用を拡大するとともに、マルチターゲットおよびマルチスケールのアプローチを採用し、合意された生態学的、経済的、社会的目標を達成することを提案する。
海洋空間計画とゾーニングの明るい見通し
海洋空間計画(MSP)は、競合する利用の間で海洋空間を客観的に区切るツールである。これまで主に先進国で保全計画に使用されてきた。多種多様な沿岸水域の利用法に優先順位をつける際、MSPの適用はほとんど注目されてこなかったが、現在ではそのような空間計画が必要となるほど私たちの沿岸水域利用は集約的なものになっている。
熱帯の開発途上国で効果的に沿岸を管理するには、政治的弱者である貧しい地域社会が食料としての魚の利用に広く依存していることを認識する必要がある。このような零細漁業への依存に対する認識が、食料安全保障と生物多様性保全の大きく分け隔てられた課題を調和させるための軸となる。MSPは沿岸水域での沿岸漁業と水産養殖の両方に対応できると同時に、これら両者と他の合法的沿岸水域利用の間のアクセスの対立を調整する。
MSPは食料安全保障の課題に対応するだけでなく、次のいくつかの方法により、熱帯沿岸水域の管理者が直面する課題への対応に役立つものと期待されている。
- 生態学的に重要な区域を保護して健全な生態系を機能させる
- 対立する利用を分離する
- 資源とそれを利用できる者を境界によって区切ることにより、持続可能で権利に基づく統治形態の実現を促す
- 資源の利用者が、その資源を維持または拡張するために行う投資から容易に利益を得られるようにする
- 不適切に定義された境界によって生じた管理の失敗に対処する
私たちはMSPの利用拡大を提案するにあたって、空間計画がこれまでの沿岸管理の致命的な失敗に対する手っ取り早い解決策であると言っているわけではない。私たちが提案しているのは管理の実質的な再活性化であり、必要とされている管理と政策の変化に活を入れるトロイの木馬として、MSPを使用しようというものである。しかし、それが簡単に成功すると考えるのは甘い。実際、成功させるのは容易ではない。
長期にわたる比較研究によって、万能薬は存在しないことが実証されてきた。管理を成功させるためには、適切な専門知識を状況に即した方法で適用し、所有権とコンプライアンスを確立する必要がある。幸いなことに現在では、具体的な管理アプローチを使用するための詳細なガイドが存在するとともに、特定の実施例の成功評価に基づく管理のベストプラクティスについてコンセンサスが高まりつつある。
私たちが研究の中で説明している一般原則は、あらゆる管理ツールと枠組みにおいて有用な情報となりうるものである。これらを適用することは非常に難しい。明確なビジョンと、成功に向けた強固な取り組みが必要となる。新たな管理体制を確立するには、既存の持続可能な実践を土台として地元でのボトムアップ型の取り組みを数多く育てる一方、それらを生態学的にも社会的にも正当化できる方法によって広範囲に統合していくという形で徐々に積み重ねていく方法が最適であると考えられる。
このためには長期的な見通しと適応計画のプロセスが必須であり、それらを社会的監視と生態学的監視の双方に直接連関させる必要がある。このプロセスの主導者は、より幅広い地域的、国家的、またはLME規模の目標を維持しなければならず、個々の地域社会における短期的改善を達成しただけで満足してはならない。初期の成功がまさにこのような地域社会での小規模な(多くの場合は短期的な)改善であったとしても、同様である。これまでのところ、このような成功が周囲に伝わって拡大していく効果はごくわずかであり、地域レベルでしか感じられていない。それでは効率が悪い。
私たちが提案するMSPのアプローチは、主導者がより戦略的で体系的な、地域全体にわたる持続可能性改善へと一気に躍進できるよう支援するものである。人間による影響を空間的に集積した指標に基づいてMSPに再び焦点をあわせれば、熱帯沿岸の利用に対する複数の要求を調和させる手段が見つかり、開発途上国は漁業、水産養殖、産業、貿易、観光、保護のニーズと願望を満たすことができるようになる。
広範なMSPに基づき、長期にわたって社会的に受け入れられる熱帯沿岸海域の持続可能性を実現するには、地元の社会、文化、統治の伝統に効果的に適応する政策が必要とされるとともに、すべての地域社会グループの効果的かつ持続的な参加、地域および国家の強力な政治リーダーシップ、開発パートナーとNGOによる積極的支援も欠かすことができない。さらに、温室効果ガスの排出を削減する緊急の世界的取り組みも必要である。
人類は、沿岸管理を大幅に改善する力をもっている。熱帯沿岸で暮らす数百万人の貧しい人々の未来は、その課題に力を合わせて立ち向かう私たちにかかっている。
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論文全文は、Marine Pollution Bulletin(海洋汚染紀要)の中にある「Transforming management of tropical coastal seas to cope with challenges of the 21st century(21世紀の課題に対応するための熱帯沿岸海域管理の転換)」で読むことができます。
その他の最新の刊行物については、UNU-INWEHのウェブサイトもしくはセール教授のブログをご覧ください。
翻訳:日本コンベンションサービス