ヴィクトリア・ダニロワ氏は現在、バルセロナの国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(国連大学移住ネットワークに所属)でインターンシップを行っている。彼女はInstitut Barcelona d’Estudis Internacionals(バルセロナ国際関係学研究所)の修士課程に在籍し、国際関係学で学位修得を目指している。ビクトリアはマスメディアで働いた経験があり、とくにグローバリゼーションの文脈における移住とメディアの関連や文化の多様性に関心を持つ。
最近行われた欧州議会選挙のほとぼりが冷め、イギリス、フランス、ギリシャ、オーストリア、ドイツでは極右ポピュリスト政党が歴史的勝利を収める結果となった。解説者らはこうした転換を生んだ原因の一端を、ヨーロッパにおける反移民感情の高まりと関連付けた。とくに不況の時代には、人々は自分たちの雇用と住居を「盗んだ」として、移住者をスケープゴートにし非難する手段に訴える傾向があるのだ。こうした状況が生じる原因は、多くの場合、人々が移住者に関する情報をあまり知らされておらず、極右派の政治家による人騒がせな言説に容易に操られてしまうためである。その結果、自国内でますます広がる多様性を認識せず、また、その多様性が社会を豊かにする可能性にも気づかないまま、人々は移住者を「他人」と見なし、既存の社会秩序に対する脅威として捉えるのだ。
明白なことだが、一般大衆の態度はメディアによってのみ形成されるわけではない。しかし、グローバリゼーションの時代において、メディアは非つねに強力な道具であり、世論の主要な決定因子の1つである。メディアの種類や、その背後にある目的次第で、メディアは犯罪と結びつけられた移住者のイメージを強化し、反移民の言説を強調することもできれば、移住者の統合をさらに促進し、移住者の体験談を伝える真の伝達者として機能することで、結果的に誤解を解き、恐怖を和らげることもできる。移住者の人権を確保し、文化間の理解(多様性をポジティブな現象として見なす状況)を築くために、国際社会はメディアの力と、メディアが移住に関する大衆の会話に及ぼす影響に注意を向ける必要がある。
移住者に関するニュースを報道する際に主流メディアで用いられる言葉は、移住者を「他人」と見なす既存の語り口を鮮明に映し出すと同時に、その語り口を具体化する。恐らく、反移民感情が最も明確に示された表現はイギリスの新聞に見つけることができる。2010年から2012年までに掲載された4300万ワード(イギリスの大衆向けの新聞20紙に掲載された移住者に関する記事)を調査した、オックスフォード大学の移民観測所による2013年の報告書 によれば、「移住者」に関連して最もよく用いられた単語は「違法」だった。「ヨーロッパへの違法移住者の数が8倍に増加」という大見出しが典型的な例だ。また、「失敗した」という言葉は「亡命希望者」に対して最もよく用いられる表現であることが分かった。一方で、安全保障の懸念や、移住の合法性という側面を表現するために、「テロリスト」「偽の」といった単語が最もよく用いられていた。このような言葉遣いが、危うい状況でしばしば国境を越える移住者に犯罪のイメージを植え付けるのだ。
これらの言葉は、データによる立証を経ないまま多用されることが多い。その一方でメディアは、移住に関することとなると客観性から遠く離れ、選ぶ言葉によって立場を公言する。この傾向は極めて警戒すべきである。なぜなら、主流メディアは今でも市民の主な情報源である場合が多く、そのメッセージは読者の意識に伝達され、彼らが暮らす多文化社会との関係に影響を及ぼすからだ。
メディアの報道と移住者への意識の間に正の相関関係があるという事が、幾つかの研究により証明されている。つまり、大規模な報道によってポピュリストの巧みな言葉遣いは功を奏し、反移民感情が高まるのだ。実際に、欧州議会選挙の後、フランスの新聞は国民戦線に関して甘すぎたとして非難された。国民戦線の基本方針や党のマニフェストに焦点を合わせて疑問を投げ掛けるのではなく、党に集まった市民の支持の多さに注目し、ポピュリズムの台頭に貢献する役割を果たしたと非難されたのだ。
同時に、議論をもう一度立て直そうと試みる人々もいる。さまざまなメディアが、移住者を危険視する固定観念を打ち破り、移住者が受け入れ国の活力にもたらす貢献を捉えようとしている。イギリスの無料紙「Migrant Voice(移住者の声)」は移住者が率いるメディアである。そのため、移住者の意見を一般大衆に積極的に届けると同時に、受け入れ国に新たにやって来た人々の体験談や未来への抱負や計画を読者に紹介している。同紙は、移住に関する政策や、そうした政策がイギリス経済などに及ぼす影響に注目する。その主な目的は、一般市民の意識を変えるために、より包摂的な議論を築き、言説を変えていくことだ。フランスのあるグループが運営する独立系のウェブサイト、Migrant Solidarity in Calais(カレー移住者連合)は、フランス警察による避難民への日常的な虐待を記録する一方で、避難民に法律相談や権利に関する情報も提供している。オンラインメディアを通じて、彼らは避難民が直面する劣悪な状況に関する正確な情報を一般市民と共有しようとしている。
多くの場合、必要とされるのは、移住者の日常的な体験に関する意識を高めることだけであり、写真はその目的にとって完璧な道具だ。2014年の世界報道写真アワード の受賞作品は、月の光に照らされた移住者たちの写真だった。彼らはよりよい暮らしを求めてヨーロッパへ向かう途中、家族に電話を掛けるために携帯電話を掲げて電波を拾おうとしている。またヨーロッパ各地で開催されている写真の展覧会は一種のレンズとして機能し、地域住民は移住者の体験の多様性を知り、移住者に関する先入観を直視することができる。例えばベルファストで開催された移住者の写真展「Belonging(帰属・所有物)」では、移住者の生活を垣間見ることができる。芸術とセミナーを統合し、非常に必要とされる対話に地域住民を参加させるイベントだ。移住者のポートレートには、被写体となった移住者の体験談や個人的体験が録音された音声が添えられている。もう1つの例が世界的な写真プロジェクトである「Moving Walls(動く壁)」だ。このプロジェクトは、報道されることが少ないさまざまな社会問題を描き出す移住者や避難民の写真を展示する。
話題は再び欧州議会の選挙に戻るが、なぜ極右政党は反移民という切り札を使って大衆の支持を得ることができたのか?本質的に言えば、既存の社会秩序を変えることは不可能だという認識が広く存在していたために、「他人」のせいにすることが唯一の選択肢のように見えたからだ。この問題に答えを見いだすには、すべての人を包容する議論の場としての包摂的な公共の場を創造しなくてはならない。そこでは、意見が共有され、形作られ、移住者も発言することができる。実際のところ、インターネットやソーシャルメディアは、この機能を発揮することが可能だ。昨今のサイバー・レイシズムの台頭はともかくとして、すべてのレベルにおける一般大衆の参加と建設的な対話のためのプラットホームとして役立つ可能性がある。
国際社会は、移住者に関する世論とメディアの関係を認め、それに対処するための対策を講じてきた。2013年10月に開催された第2回国際移住と開発に関するハイレベル対話の会期中、移住は国際開発の議題の中核として認められ、「移住を活用しよう:検討すべき8つの行動項目」が発表された。そのうちの1点は、外国人嫌悪や移住者に対する不寛容に取り組む手段として、メディアの重要性を強調している。とりわけ、移住者の生活、彼らが直面する課題、受け入れ国と母国の双方への移住者の貢献に関して、メディアは一般大衆の意識を高めることができる。一方、市民社会は追跡的な5カ年行動計画を提案した。この計画はポスト2015開発アジェンダにおける移住を含んでおり、市民社会は同計画を、貧困の削減と開発促進のための道具として捉えている。
一方、学術界と政策決定者の間でさらなる対話を促進するイニシアチブが存在する。例えば国連大学移住ネットワークである。世界の開発に関する論考の中心的特徴として、これほど明白に移住問題に注目することによって、移住の人間的な側面にスポットライトを当てることが明らかに可能だ。また、移住者に関する大衆の認識をよりよい方向に変え、貢献方法を探している個人として移住者を描くことが可能だ。さらに、世界各国がメディアと移住に関して熟考すれば、移住者の人権を守る取り組みや、一般大衆の認識を形成するうえでメディアが担う責任を強調する取り組みが強化されると同時に、迷信やうわさ話が移住者の生活にマイナスの影響を及ぼすことのないように対処できる。
翻訳:髙﨑文子
移住者への大衆の態度意識形成におけるメディアの役割 by ビヴィクトリア・ダニロヴァワ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.