加盟国は不平等を解消し、移住がもたらす利益を生かせ

5月、国連加盟各国の代表がニューヨークに集まり、国際移住レビューフォーラム(IMRF)が開催された。4日間にわたるこのイベントの目的は、「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト(GCM)」実施の進捗状況を確認することであった。2018年に164カ国が参加して採択されたGCMは、移住における包括的な国際協力のための非拘束的な枠組みである。

GCMについてはさまざまなことが言われてきた。「安全で秩序ある正規」移住との言い回しが、あるべき移住の姿について特定の見方を反映していると指摘する者もいる。GCMの概念的な枠組みが、合法的な方法での移住を追求する際などに移住者がしばしば直面する不平等に目をつぶり、特定のやり方で行動するよう責任を移住者に押し付けるものであるとの指摘もある。

また、GCMと、姉妹関係にある「難民に関するグローバル・コンパクト」とが異なる道をたどってきたことに着目し、概念的、政策的な移住の分類方法と、移住者が実際に体験する移住の現実とが乖離していることを指摘する者もいる。この指摘を裏付けるように、ロシアによる侵攻の影響から逃れるウクライナ難民の状況について、IMRFではほとんど取り上げられなかった。

IMRFでは、不平等について多くの議論が交わされたが、移住に付随する不平等を解消するにはどのような政策介入が必要かについては、ほとんど検討されなかった。

IMRFで私が一番強く感じたのは、移住に付随する不平等を解消するために、加盟国によるさらなる取り組みが必要だということだ。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)と行った私たちのサイドイベントでも、多くのスピーカーが同じ見解を述べた。

IMRFでは、不平等について多くの議論が交わされたが、移住に付随する不平等を解消するにはどのような政策介入が必要かについては、ほとんど検討されなかった。さまざまなサイドイベントのスピーカーたちが、移住を促す要因として、また、女性移住者を待ち受ける状況を左右するものとして、ジェンダーに関連した不平等を取り上げた。

例えば、カナダ政府が主催したイベントのスピーカーは、Gender and Migration Hub(ジェンダーと移住に関するハブ)の活動を紹介した。同ハブは、移住政策やそれに関連する政策が、ジェンダー・レスポンシブ(ジェンダーに敏感)かつGCMの指導原則に沿ったものになるよう、政府や市民社会などのステークホルダーを支援する組織である。国際移住機関(IOM)事務局長のアントニオ・ヴィトリーノを始めとする他のスピーカーは、これまでも存在した移住に付随する不平等が、新型コロナウイルス感染症の蔓延により、いかに深刻化したかを明らかにした。

これらの不平等は、MIDEQ(開発と平等のための移住)ハブにおける私たちの研究でも明らかになっている。コロナ禍において、一部の国では滞在資格のない移民が、国の支援や医療を受けられない状況に陥った。また、一部の国では移住者が一夜にして職を失ったり、ウイルス拡散の責めを負わされスケープゴートにされたりした。MIDEQの研究成果に基づき最近制作されたアニメーション映画では、ネパールなどの国々に「残された」家族にとって、これらの不平等がどう影響するかを描いている。

ディーセントワークに就けない状況では、人々は移住せざるを得ない。他に選択肢が無ければ、たとえ「正規」な方法でなくとも移住するだろう。

GCMが成功して有効に機能するためには、移住に付随する不平等解消の重要性を、加盟各国が認識する必要がある。同時に、現場に変化をもたらし得る政策対応を特定しなければならない。

まず、移住に付随するさまざま構造的不平等は、特定のグループが抱える問題の範囲を大きく超え、そうした各種の不平等はしばしば交差する。例えば、所得や機会の世界的不平等がどのようにして移住体験や移住後の状況を左右するかについては、ほとんど議論されていない。端的に言えば、裕福な人々は性別や人種にかかわらず、貧しい人々が移住に際して直面するような障壁を経験することはないし、移住後もほとんど常に、貧しい人々よりも良い状況を得ている。

世界的、地域的、国家的な所得の不平等は、職を求める人々の移住を促し、それらの人々の多くが、その後、安価な労働力(さらには天然資源や土地)を求める企業により、企業の利益の最大化のため、搾取される。資本主義的生産と移住との間の関係性を認め、それに取り組むことがカギとなる。ディーセントワークに就けない状況では、人々は移住せざるを得ない。他に選択肢が無ければ、たとえ「正規」な方法でなくとも移住するだろう。

次に、加盟国同士は長年の経済的、政治的関係によって深く結び付いているが、こうした関係は、不平等を増幅し、GCMが解決しようとしている「危険で無秩序な非正規的」移住の一因ともなりかねない。私たちのサイドイベントに登壇したINUREDのルイ・ハーンズ・マーセリン(Louis Herns Marcelin)は、ハイチの例をあげ、世界的不平等と地域ごとの不平等が絡み合って移住体験や移住後の状況を形作っていることを強調した。マーセリン氏によれば、相互に関連した複数の危機が起きた際、ハイチと他の国々との関係性が、大規模な国外移住を生み出す背景になったのである。経済的、政治的不平等などの構造的不平等が、各国の安定性を損ない、移住を促している。問題の根底にあるこれらの不平等を解消しなければ、GCMが根本的原因を解決できる見込みはない。

今取り組むべき課題は、コミットメントを政策改善に転換して、SDGs達成への移住の貢献を活用すること、そして移住者やその家族が移住後に経験する状況を改善することである。

第三に、移住のガバナンスに関しては権利に基づいたアプローチが繰り返し求められているにもかかわらず、移住者の権利追求に関しては、さまざまな重大な不平等が今なお存在している。そうした不平等の多くは、IMRFでも明らかにされた。GCMの実施にあたって、人権は極めて重要だ。それは、移住に付随する不平等を軽減する重要な「てこ」になる。私たちのサイドイベントのスピーカー、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のピア・オベロイ(Pia Oberoi)は、アジア太平洋地域における新しい研究成果に基づき、人道主義的なアプローチと労働をベースにしたアプローチの相互補完性について触れた。一部の国では、人権や人道主義など労働以外の経路により、移住者が自らのステータスを正規化し、権利へのアクセスを確保できている。加盟各国に求められるのは、これを実現しようとする政治的意志である。現実には、正規の移住ルートが移住者に開かれていないにもかかわらず、正規ルートから入国しないせいで罰せられることが多くある。

最後に、移住は、より広範な経済的、社会的、政治的プロセスに深く組み込まれており、既存の不平等や不公平と絡み合っているが、その実態は未だ十分には把握されていない。GCMは「全社会的アプローチ」を求めているが、現実には、移住政策は多くの場合、移民管理という動機で推進され、他のセクターの関与が排除されている。私たちのサイドイベントのスピーカー、OECD開発センターのジェイソン・ガニョン(Jason Gagnon)は、社会統合やインクルージョンにおける不平等に着目し、社会的保護にアクセスできるか否かなど、移住の領域を超えた不平等を解消するための政策対応の重要性を強調した。移住者やその家族に対しても社会的保護を広げることは、移住に関連した不平等を軽減し、GCMの目標を実現するための重要な対策の一つである。

GCMの重要性を過小評価すべきではない。GCMは、人権や開発、気候変動、労働者保護に関する国際基準を踏まえており、移住とこれらの間の様々な関係性に対応するものである。さらにGCMは、GCMやその実施に対する加盟各国のコミットメントを再確認し、推進宣言の採択に反映された規範的コンセンサスを示すものである。今取り組むべき課題は、こうしたコミットメントを政策改善に転換して、持続可能な開発目標(SDGs)達成への移住の貢献を活用すること、そして移住者やその家族が移住後に経験する状況を改善することである。そのために平等性をGCM実施の中心に置くことが、重要な第一歩となる。

•••

全体会合や円卓会議、政策討論の概要などGCMやIMRFについて詳しい情報は、国連大学移住ネットワークのウェブサイトをご覧ください。

本記事は、国連大学政策研究センターのウェブサイトに掲載されたものを転載したものです。

著者

ヘブン・クローリー教授は、国連大学政策研究センター(UNU-CPR)で公平な開発と移住(Equitable Development and Migration)に関する研究のプログラム・ヘッドを務めています。