ピークオイルを見据えた軍

2011年06月07日 ブレンダン・バレット ロイヤルメルボルン工科大学

世界の軍事支出は、まるで不況知らずのバブル期のようだ。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータによれば、2010年の世界の年間軍事費は1兆6000億USドルに達した。この金額は世界の国内総生産(GDP)の2.6%にあたり、世界の人口1人につき約236ドルの計算となる。

世界の軍事費のうち、アメリカが占める割合は43%(同国のGDPの4.8%)で、次いで中国が7.3%を占める。軍事支出が高い水準にある現状は、現在の外交政策の基本方針や、アルカイダのようなイスラム聖戦士組織によるテロ攻撃を超えた実際の、あるいは予測された脅威を反映している。

出典:SIPRI 2011年軍事費データベース

出典:SIPRI 2011年軍事費データベース

世界の安全保障への数々の脅威については、アメリカ統合戦力軍による2010年の報告書(JOE報告書)に最も詳細に記されている。その脅威の中には食料やエネルギー安全保障、気候変動も含まれる。同報告書はピークオイルについて特筆し、「エネルギー供給が需要に追いつかず、減耗するエネルギー資源を軍事的に確保する必要があると国が考えた場合、将来的に紛争が生じる可能性は高い」と論じている。

さらに2010年の報告書の執筆者たちは、エネルギーのひっ迫が「(世界大恐慌の間に起こったように)防衛費の大幅な削減につながりかねないアメリカの不況」を長引かせるだろうと懸念を示している。「そうなれば統合戦力軍の指揮官たちは、ますます危険性を帯びる任務を遂行しなければならないかもしれない状況において、軍の能力が低下していることに気づくことになる」

こうした条件下において、JOE報告書を信じるとすれば、軍事支出バブルは崩壊し、世界は減耗するエネルギー資源、特に石油をめぐる紛争に翻弄される可能性がある。さらに同報告書は「2012年までに石油の余剰生産能力は完全に消失し、早ければ2015年に生産不足量が10MBD(1000万バレル/日)に達するだろう」と推測している。

2008年以降、中国は世界第2位の軍事費拠出国となり、2003年前後から世界第2位の石油消費国となったのは偶然ではない。中国は減り続けるエネルギー供給をめぐって、アメリカの競争国として大きな存在である。石油は近代経済の原動力だ。安価な石油がなければ、私たちの経済はエンスト寸前となり、不況に陥る。この事実を世界のあらゆる国の軍は当然認識しているに違いない。

出典:BP世界エネルギー統計調査2010年版

出典:BP世界エネルギー統計調査2010年版

ピークオイルについて懸念を寄せる軍部はアメリカ統合戦力軍だけではない。2010年9月、ドイツの軍部のシンクタンク、連邦軍変革センターによる報告書は「2010年前後にピークオイルが生じる可能性」があるとし、「その15~30年後に安全保障への影響が予測される」と記している。同報告書の英語版はOil Drum(オイル・ドラム、エネルギー関連サイト)に掲載された。そこには「軍は石油製品に大きく依存しているため、化石燃料の制限にも著しい影響を受けるだろう」、また「長期的目標は、2100年までにドイツ軍が使用するエネルギーを再生可能エネルギー源に完全に転換することだ」と記されている。

石油価格の高騰が軍の転換を推進する

アメリカの石油への脆弱な依存に関して高まる問題点について、過去10年間、アメリカの軍部と様々な関連シンクタンクが見解を述べてきた。アメリカは地球上で最大の石油消費国であり、軍は国内最大の消費者の1つだ。軍が消費する石油は1日あたり34万バレル、すなわち総使用量の1.5%で、その費用は年間およそ136億USドルである。

2006年、石油価格の高騰を憂慮したアメリカ国防省は、Defense Energy Security Task Force(防衛エネルギー安全保障タスクフォース)を発足し、燃料問題の緊張緩和と戦闘能力の向上を目的として即座に報告書を発表した

それから1年後の2010年9月、「独立系超党派の研究機関」新アメリカ安全保障センター(CNAS)のニール・キング・ジュニア氏は、「Peak Oil ― A Survey of Security Concerns(ピークオイル―安全保障問題の調査)」と題する報告書を執筆した。彼は体系的な石油供給不足という脅威が「ワシントンの官僚の思考に浸透するスピードは驚異的に遅い」と論じた。

その唯一の例外が、石油危機の波に関するシミュレーション演習だ。これは、アメリカの一流企業や軍のリーダーたち(多くは引退者)を集めたSecuring America’s Future Energy(SAFE、アメリカの未来のエネルギーを確保する)という組織によって、2005年から行われている。2005年と2007年のシミュレーションや参加者たちによる非常に率直な議論の模様が収められた映像はYouTubeで見ることができるのだが、これほど重要なトピックにもかかわらず再生回数は驚くほど少ない。

こうした議論に参加した組織は他にもある。中でも国家安全保障、エネルギーおよび気候に関するピュー・プロジェクトは重要な一例だ。なぜなら同プロジェクトは国家安全保障、エネルギーの自給性、経済、そして気候変動をつなぐ関連性を強調しているからだ。こうした研究の多くは、ロバート・ゲーツ現国防長官の「石油価格が1バレルあたり1ドル上昇するたびに、我々にとっては約1億3000万ドルの負担になる」という発言を引用している。石油不足の結果、石油価格が今日の1バレルあたり100USドルから250USドル近くに急騰した場合、莫大な軍事費が予測される。

石油依存のワナから逃れる方法

石油依存のワナは様々な形態で姿を現す。例えば石油を産出する同盟国を守り、石油産出国に悪意を持って対処しなければならなくなったり、エネルギー供給ライン(特に数多くの石油供給チョークポイント)を守らなくてはならなくなる。また高騰する燃料価格と折り合いをつけ、可能な限り早急に軍部の石油利用を転換せざるを得なくなる。

2010年9月のCNASによる報告書、「Fueling the Future Force― Preparing the Department of Defense for a Post-petroleum Era(未来の軍の燃料問題― 国防省をポスト石油時代に備えさせる)は問題の切迫感をとらえており、2010年4月のピュー・プロジェクトによる同様の研究報告「Reenergizing America’s Defense(アメリカの国防を再活性化する)」や、進歩的政策研究所による2010年5月の報告書「Cutting the Tether― Enhancing the US Military’s Energy performance(つなぎ綱を絶ち切る― 米軍のエネルギー性能の強化)」と同じ論調だ。

数々の選択肢があるが、基本的なゴールはできるだけ早急に米軍が化石燃料の使用をやめることだ。『Defense News』誌によれば、「空軍は2016年までに航空燃料の半分をバイオ燃料を混合した燃料に切り替えたいとしている。陸軍はガソリンを燃料とする車両4000台を、2013年までに電気自動車に代替する計画だ。そして海軍は2016年に『Great Green Fleet(グリーン・エネルギー大艦隊)』を配備するため準備中である」

米国陸軍はガソリンを燃料とする車両4000台を、2013年までに電気自動車に代替する計画だ。

このCNAS報告書は国防省に対し、2040年までに全系統を非石油系燃料で稼働可能にすることを求めている。30年は長い年月のように見えるかもしれないが、重要なのは新型の車両、飛行機、あるいは武器体系を開発し配備するには、少なくとも10年かかると認識することだ。

つまり、適切な行動を今すぐ開始するのであれば、ポスト石油時代の軍への移行は何とか可能になる。ピークオイルを論じるコミュニティーは、最もよく知られる2005年のハーシュ報告書を例に挙げ、早急な行動の必要性を何度となく主張してきた。しかし恐らく、言葉を行動に移すことができるのは軍を置いて他にないのかもしれない。

にもかかわらず、政治的リーダーたちはピークオイル問題を取り上げた軍関連のシンクタンク諸団体をそれほど真剣に受け止めていない。例えば先月5月19日のことだが、ピークオイルとエネルギー安全保障に関する英国産業タスクフォースは、数年に及ぶロビー活動を経てやっと担当大臣の合意を取りつけ、ピークオイルの脅威の評価と不測事態への対応計画を整備し始めることになった。

しかし、この問題を歴史的観点から考察したオックスフォード大学のイェルク・フリードリヒ17氏は、私たちはすでにこの状況を経験したことがあると言う。彼は過去のエネルギー不足が社会と政治にもたらした破壊的な影響を考察している

ピークオイルを認識しているほとんどの人は、フリードリヒ氏が「局地的団結の流動化」と表現した状況で国がどのように適応するかという例証として、1990年代に石油の輸入禁止措置を受けたキューバの反応を挙げる。キューバの場合、地域社会の力を駆使して燃料や食料の不足を克服することができた。そして私たちは同様の団結力を2011年3月11日に起こった3重の災害以降の日本でも、ある程度は目撃した。

しかしフリードリヒ氏がより大きな懸念を寄せているのは、エネルギー不足への歴史的反応の他の2例だ。すなわち全体主義的な経費節減(例えばソビエト連邦崩壊後の北朝鮮)、および略奪的軍国主義(例えば米国の制裁措置によって石油の供給を妨害された、第2次世界大戦前の日本)と彼が表現した状況である。

したがって強い軍事力を持つ国々にとってより大きな課題とは、未来のエネルギー危機に対して全体主義的反応あるいは軍国主義的反応を避けることだろう。私たちにはそれができるのか、それとも歴史上の愚行を繰り返すしかないのか、私たち全員が考えなければならない問題である。

翻訳:髙﨑文子

Creative Commons License
ピークオイルを見据えた軍 by ブレンダン・バレット is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

ブレンダン・バレット

ロイヤルメルボルン工科大学

ブレンダン・バレットは、東京にある国連大学サステイナビリティ高等研究所の客員研究員であり、ロイヤルメルボルン工科大学 (RMIT) の特別研究員である。民間部門、大学・研究機関、国際機関での職歴がある。ウェブと情報テクノロジーを駆使し、環境と人間安全保障の問題に関する情報伝達や講義、また研究をおこなっている。RMITに加わる前は、国連機関である国連環境計画と国連大学で、約20年にわたり勤務した。