モンゴルの牧畜業者による新しい試み

地球温暖化によってモンゴルの気温は1940年からセ氏2度ほど上昇したことが、モンゴル気象水文研究所によって明らかになった。

2007年の調査では、モンゴルの牧畜業者たちが現在直面している大きな問題をどのようにとらえているかを調べた。驚くべき結果ではないが、牧畜業者たちは現在も進行中の生態学的な変化が日々の生活や行動を左右していると話し、特に水の利用、降水量の変化、極端な冬の気候を大きな問題として挙げた。

地球の気候は引き続き変化しているため、これらの問題はモンゴルのゴビ地域の乾燥した放牧地で生活する牧畜業者たちをさらに苦しませるだろう。

出典:モンゴル気象水文研究所

この地域では、もちろん冬になれば毎年寒冷な気候に見舞われる。しかし「ゾド」が特に人々を苦しめる。ゾドとは(気候変動によって増長しやすい)複合的な気候事象のことで、家畜の死亡率を大幅に上昇させる原因である。ゾドは下記の条件が2つ以上揃った場合に起こる。

・夏季の干ばつで収穫量が減り、その結果、家畜が冬を越すための干し草や飼料を牧畜業者が十分に備蓄できない、あるいは全く備蓄できない。
・気温上昇が原因で例年よりも冬の降雪量が多い場合、もともと狭い牧草地から家畜が食料を得るのが難しくなり、牧畜業者が少ない飼料を分配しなければならなくなる。
・極度の寒さが地面の雪を凍らせてしまうため、家畜が牧草地の残り少ない草を食べられなくなる。もともと栄養不良であった家畜は、低体温症への抵抗力が極度に弱まってしまう。

昨年の冬(および2001年)は、ゾドの影響で数百万頭の家畜が死亡し、多くの家畜業者たちは経済的な大打撃を受け、地域の失業率は急上昇した。

変化した市場、変化した伝統

牧畜業者たちが直面する気候や生態学的な問題をさらに悪化させているのが、変化を遂げつつあるモンゴルの政治的および社会的な側面だ。

モンゴルの伝統的な牧畜コミュニティーは文化的ランドスケープを維持してきた。彼らの文化的ランドスケープは、季節ごとの牧草地、予備の牧草地、干し草用の土地、神聖な土地から構成されており、四季を通じて移動するという方法で維持されてきた。このように放牧地へのアクセスを規制するからこそ、何世紀もの間、持続可能なシステムが続いてきたのだ。

ソビエト時代には、牧畜業者たちは集産共同体に組み入れられていた。移動の頻度や距離は変化しものの、伝統的な牧草地の利用はほとんど維持されていた。ところが1990年代初頭のソビエト連邦の崩壊と共に、モンゴルの経済構造は統制経済から市場主導型に転換した。

家畜の私有化とカシミヤの市場価格の上昇は、新たに多くの世帯が牧畜業に乗り出す誘因となった。国際自然保護連合(IUCN)、国際環境開発研究所(IIED)、国際連合開発計画(UNDP)の共同報告によると、ヤギの頭数は1990年の510万頭から2007年には1830万頭に増え、牧畜業者の人数は2倍以上に増加した。

さらに、ランドスケープは断片化した結果、多くのコミュニティー(特に最も貧しいコミュニティー)は季節ごとの放牧地を1カ所か、それ以上失ってしまった。

「新規に参入した世帯の多くは牧畜の経験が浅く、効率的に移動しない。つまり、水源や居住地の近くといった牧草資源の牧養力が今では過剰と考えられている場所に彼らは住居を構えた。彼らの半数以上は100頭以下の家畜しか持たず、貧困による危機的状況にある」と報告書では説明している。

東京大学の岡安智生博士によれば、このように移動が減り、牧草地を順番に利用していくことも急減したために家畜業者たちの順応力が弱まったそうだ。

「こうした現象が重なれば、家畜業者が厳しい冬を生き延びることも難しくなるでしょう」と岡安氏は言った。

本記事に掲載のビデオブリーフにも登場する中村洋氏とともに、安岡氏は科学者や経済学者が研究活動をしている地球・人間環境フォーラムに所属し、モンゴルのゴビ地域のような乾燥した放牧地はどうすれば持続可能になるかを調査している。

ビデオからも分かるように、同調査はモンゴルの科学者や政府関係者との共同で行われ、自然の影響や人災の被害を真っ先に被る遊牧民たちからも直接的な協力を得ている。

移動と現代の技術の融合

現在、牧草地の持続可能な利用法についての国際的な研究は、主にアフリカの事例に焦点を当てている。一般的に比較的湿度が高いと考えられるアフリカの放牧地とは対照的に、モンゴルのように乾燥した放牧地は、場所や季節によって降水パターンが様々で、放牧地の中でも全く雨が降らない一画があるのも珍しくない点が特徴である。

そのため、多くの調査に基づいた現行の政策は、モンゴルには最適とは言えないかもしれない。岡安氏は、ゴビ地域での政策の妥当性を検討することは同プロジェクトの目的の1つだと言う。

こうした問題は「移動パラダイム」と呼ばれる理論の一部だ。このパラダイムでは、乾燥した放牧地における様々な現代的問題は、非効率的な政策と、政府や補助機関による介入が原因だと考えられている。さらに、この理論によると、伝統的な放牧システムを復活させれば、牧畜業者たちが抱える問題の多くは解決できるという。すなわち、牧畜業者が過密な地域への定住や、西洋的な集中放牧システムで見られる囲い込みの利用をやめ、家畜をあまり利用されていない放牧地に移動する方法や季節ごとに放牧地を変える方法を復活させるのだ。

その一方「現代化パラダイム」は放牧地の持続可能な利用にとって移動は重要な要素だと認めているが、基本的には農業の強化と、不可避な人口増加に対応するための構造改革を提唱している。さらに、伝統的システムや知識だけでは、家畜の急増といった劇的な環境の変化に対処することは不可能だと考えている。

岡安氏と研究者たちは、牧畜業者3グループと共同で行う活動を通じて上記2つのパラダイムの実際の効果を調べ、それらを複合的に利用する可能性を評価できると考えている。

「伝統的な知識を日本のプロジェクトの技術や科学的な根拠に基づく手法と結びつけ、さらに地元の人々の経験から学習できれば、進歩的なアプローチとなるでしょう」と現地のバトジャルガル・トゥムルトグトク村長は語った。
また有効な解決策を見い出すための共同活動には、土着の知識は明らかに不可欠な要素だと言えるだろう。

このビデオブリーフは、東京大学、地球・人間環境フォーラム、ドントゴビ県サイツァガン郡、第4村の協力を得て、国際連合大学メディアセンターのキット・ウィリアムズが製作しました。

翻訳:髙﨑文子

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著者

マーク・ノタラスは2009年~2012年まで国連大学メディアセンターのOur World 2.0 のライター兼編集者であり、また国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の研究員であった。オーストラリア国立大学とオスロのPeace Research Institute (PRIO) にて国際関係学(平和紛争分野を専攻)の修士号を取得し、2013年にはバンコクのChulalpngkorn 大学にてロータリーの平和フェローシップを修了している。現在彼は東ティモールのNGOでコミュニティーで行う農業や紛争解決のプロジェクトのアドバイザーとして活躍している。