私たちは先日、野生生物の個体数が世界的に減少しているという懸念すべき傾向を詳細に示した『生きている地球レポート』に関する記事 をお届けしたばかりだ。そして著名人たちを起用した新たなキャンペーンが、人々の環境問題への意識を高めようとしている。そのアプローチは、これまで行われてきた多くの手法とは異なり、人々の行動を自然や環境に配慮する方向に変えるためにやんわりと罪悪感を抱かせたり魅了したりはしない。毅然(きぜん)とした挑発的なトーンで、一歩踏み込んだひねりが凝らされている。
「自然は人間を必要とはしていない。人間が自然を必要としているのだ」というスローガンを掲げ、コンサベーション・インターナショナル(CI)は 「Nature Is Speaking(自然は語っている)」 というキャンペーンを開始した。このキャンペーンは、「人間は生き残るために自然が必要だという意識を高めることを目指す」。しかし、美しいキツネザルのような絶滅危惧種に語らせるという方法ではなく、自然そのものを擬人化し(個性を持つ人間のように描き)、地球に対する人間の態度への思いを短編ビデオのシリーズの中で率直に語らせている。
このキャンペーンは、あまりに多くの人々が環境破壊に無関心な理由を、人間が非常に深刻で危険なある症状に陥っているためだと考えているようだ。その症状とは人間中心主義、つまり人類は地球上で最も重要な存在であり、生態学的真実の影響をどういうわけか受けないとする考え方である。
ハリウッドでも有数の大物俳優たちが声優として参加したビデオでは、キャラクターとして擬人化された地球の生態系やエネルギーがそれぞれの考えを語る。例えば母なる自然、海、雨林などが、生態学者たちには「当たり前」かもしれないことを、感情豊かに語るのだ。
「私が繁栄すれば、あなた達も繁栄する。私が衰弱すれば、あなた達も衰弱する。あるいは衰弱だけでは済まないかもしれない……。でも私は何十億年もここに存在してきた。あなた達よりも大きな種に食料を与え、あなた達よりも大きな種を餓死させてきた……。私は進化する準備ができている。あなた達は?」と、ジュリア・ロバーツが声を演じる母なる自然が問いかける。この映像は、キャンペーン開始と共に先日発表されたシリーズの第1作だ。
「どのような形であれ、ここにいるすべての生き物は『私』を必要としている」と、海を演じるハリソン・フォードが語る。「私は生命の源である。生き物たちは私から這い出たのだ。人間?もちろん彼らも同じだ。私は人間に借りなどない。私は与え、彼らは受け取る。ただし私はいつでも奪い返すことができる」と彼は低い声でうなる。
情報の行き交うデジタル時代の今日、大衆の関心をつかむのはますます難しくなっている。コンサベーション・インターナショナルは、広告代理店のTBWA\ Media Arts Lab(TBWA\ メディア・アーツ・ラボ)の1部門であるAudience Behavior Lab(オーディエンス・ビヘイヴィアー・ラボ)と共にキャンペーンを作り上げた。キャンペーンのクリエイティブディレクターを務めたTBWA\ メディア・アーツ・ラボ会長のリー・クロウ氏は、キャンペーン開始に関するプレスリリースで、このアプローチを次のように説明している。
「人間よりも数十億年、長く存在している自然に語らせるというアイデアなら、人間がいてもいなくても地球は進化し続けるのだということを私たち全員にはっきりと伝えられるかもしれないと考えました。私たちの選択が問われているのです」
不安定な人新世(人間の活動が地球の生態系に影響を及ぼし始めた時に始まったとされる提唱された地質時代区分を指す用語)に真っ逆さまに飛び込んでいくように見える私たちをとどまらせるのに十分なスピードで、なぜ環境問題に関する対話が進まないのかについても、このキャンペーンの計画者たちは率直に語ってくれた。
「環境保護運動は、自然について語ることに失敗し続けてきました。なぜなら、自然を人間から離れた何かとして表現しがちだからです」と、CIの戦略・キャンペーン担当エグゼクティブ・バイス・プレジデント兼シニアサイエンティストであるM・サンジャヤン博士が語った。「人間は生き残るために自然を必要としているのだと明確に伝えることで、私たちは対話の方向を逆転させ、環境保護運動を、全く新しい聴衆と結びつけようとしています」
自然をキャラクターとして表現すれば人々の共感を引き起こしやすく、また共感はこの世界に決して余りあるものではないことは理解しやすい。しかし、長年、多くの人々を環境問題への取り組みから遠ざけてきた、よく知られた多くの心理的および社会的障壁を、この戦略が乗り越えられるとは期待しにくい。
前例のない天然資源の減少は、とてつもなく大きな課題です。それはアメリカだけではなく、世界全体の課題です。
にもかかわらず、最近のアメリカの世論調査によれば、キャンペーンは特にタイミングがよく、また必要なことだとCIは語る。悲しいことに、アメリカ心理学会がハイスクールの最終学年と大学の1年生を対象に行った調査によると、アメリカの若者は環境や自然保護活動への関心が過去最低であることが明らかになった。2000年~2009年に調査された若者のうち、環境保護活動への参加に興味を示したのはわずか20%だった。
ところがギャラップ社は、アメリカの世論は方向転換する寸前かもしれないと示唆している。この大手の世論調査企業によると、今年、アメリカの人々は2009年の景気停滞以来、初めて(2010年のBP社の原油流出事故の直後を除く)、経済成長が抑制されるリスクを負ってでも環境を優先させると答えている。
しかし、このキャンペーンはアメリカだけに関連するものではない。その理由は、CIの「Nature is Speaking」のファクトシートの中で、簡潔で正確な言葉で次のように記されている。「前例のない天然資源の減少は、とてつもなく大きな課題です。それはアメリカだけではなく、世界全体の課題です」
そして正直なところ、ハリウッド俳優なら国際的関心を引きつけることができ、また実際に注目される存在である。つまり、スターの力によってCIの戦略が効果を発揮することは極めて可能性が高いのだ。
ちなみに、このビデオシリーズは「Nature is Speaking」公式サイトと、10月に開催されたテキサスで開催されたSXSW Eco(サウス・バイ・サウスウエスト・エコ)で初公開された。SXSW Ecoは、ブルームバーグ・ニュースが「新規事業者、投資家、環境活動家、政治オタクたちが集まる、世界が思い描いたこともない多様な会合の1つ」と銘打ったイベントだ。さらに、「自然と人間の幸福の重要なつながりに関する会話に人々を積極的に参加させる」ために、ビデオを見た人々は#NatureIsSpeakingというハッシュタグや各ビデオのツイッター名を利用して議論に参加するように促されている。
企業スポンサーのヒューレット・パッカード(HP)社は、Twitter、Facebook、Instagram、Google +、Vine、LinkedIn、YouTube、Tumblrで#NatureIsSpeakingが投稿されるたびに、1USドルをコンサベーション・インターナショナルに寄付する(上限100万USドルまで)。さらに同社は、#NatureIsSpeakingの拡散を追跡し、自然に関するネット上での会話をモニタリングできるHP ExploreというテクノロジーをCIに提供した。
このキャンペーンが、CIが期待する勢いを得て、多方面にわたる対話につながることを願う。エコロジカル・リアリズム(動物は生き延びていくためには環境が必要であるが,環境はその存続のために個々の動物を必要としないという論)がこのドラマの助けを借りて「バイラルに」広まっていくことができれば、私たちは到達すべきターニングポイントにたどり着くことができ、誰もが生態系の中での自分の居場所を十分に意識するようになるだろう。
「自然の未来は私たちの未来です」と、コンサベーション・インターナショナルの理事長兼CEOのピーター・セリグマン氏は私たちに語る。「例えば気候変動は、自然が私たちに今ここで語りかけていることを示す1つの重要な表れです。最近、ニューヨークで40万人近いデモ参加者たちが訴えていたように、私たちの対応が私たちの未来を決定づけるのです。私たちが伝えたいのは、次のシンプルなメッセージです。自然は人間を必要としていません。人間が自然を必要としているのです」
翻訳:髙﨑文子